最終話 最上階

 ドラセナが階段を登り切ると、そこは何かの実験室のようだった。様々な実験器機と、合成人間用と思われる培養ポッドが壁際に立ち並んでいる。その部屋の中央には一人の女が倒れていた。白い髪をしていることと、患者衣を着ていること以外は、ドラセナに瓜二つだった。

「モンステラ!」

 ドラセナは思わずモンステラに駆け寄り、その力を失った身体を抱き上げた。すると、ドラセナとモンステラの四方を囲むように、床から四本の柱がせり上がってきた。

 重力場攪乱装置である。螺旋の溝が刻まれたその柱が火花を散らしながら高速回転し、四本の柱の間に紫電が迸り始めた。

 重力場攪乱装置は特殊な重力波を発生させることで、効果範囲内の特異点原動機ブラックホール・エンジンを停止させることができる。これがモンステラが捕らえられた元凶の装置でもあった。重力場攪乱装置を用いた罠に掛かったドラセナを庇い、モンステラは辺境惑星再開発機構F P R Oに囚われたのだ。

 ドラセナの胸に埋め込まれた特異点原動機ブラックホール・エンジンの出力が弱まっていく。

 だが、ドラセナは重力場攪乱装置が生じさせる重力波のパターンを記録していた。特異点原動機ブラックホール・エンジンに組み込まれた局所重力場操作装置を駆使して、重力波のアンチ・パターンを作りだし、重力場攪乱装置に対抗する。

「……だあっ!」

 特異点原動機ブラックホール・エンジンの出力を再確保したドラセナは、右足で床を蹴りつけた。床に大きな蜘蛛の巣状の亀裂が走る。その衝撃は重力場攪乱装置にも伝わり、その繊細な内部構造を破壊した。四本の柱の回転が停まり、電撃がおさまった。

 ドラセナは抱きかかえたモンステラを見た。特に外傷も見当たらない。穏やかなモンステラの面持ちは、まるで眠っているかのようだった。ドラセナはモンステラに状態ステータス確認信号を送った。それは、失われたヒラバヤシ三重公社の標準コード、もはやこの世界に二人だけしか知る者のいない言葉コードだった。

 瞬時に、モンステラから状態ステータスが送られてきた。モンステラは特異点原動機ブラックホール・エンジンの停止によってエネルギー不足に陥り、休眠モードに切り替わっているだけのようだった。

 今のモンステラには特異点原動機ブラックホール・エンジン再起動リブートするだけのエネルギー余剰がない。故に休眠モードのままなのだ。再起動の為には、エネルギーの譲渡を行う必要があった。

 ドラセナは自身の口を大きく開け、モンステラの口を覆う様に密着させて、炉にふいごで空気を送り込むように、エネルギーを吹き込んだ。

 直ちに、モンステラの特異点原動機ブラックホール・エンジン再起動リブートの信号が送られてきた。もうしばらく経てば、モンステラの意識も戻るはずである。ドラセナはひとまず胸をなで下ろした。

 しかし、次の瞬間、何かが天井を突き破って、ドラセナの居る最上階に落下してきた。


 轟音。最上階の天井が崩れ落ち、灰色の粉塵が舞い上がる。ドラセナは降り注ぐ瓦礫から、未だ意識の戻らないモンステラの身体をかばった。

「ハクオウは責務を果たしたな。私の為に十分時間を稼いでくれた」

 粉塵の中から声が聞こえた。男の声だ。

「私がなぜ戦力の逐次投入という愚をあえて犯したのか……。それは、この身体の為だ」

 粉塵がビル風に流されて晴れる。その中から現れたのは、ビジネススーツに身を包む、筋骨隆々の伊達男。辺境惑星再開発機構F P R O最高責任者ジョージ・ネイリング、その人だった。その姿は以前ドラセナが見たものとは違っていた。どちらかと言えば、この本部で見た銅像のものとより似ていた。

「お前の戦闘を我々はずっと観察していた。お前の運動データによって、モンステラからは得られなかった最後のピースが埋まった!辺境惑星再開発機構F P R O研究開発部、高速技術開発科の叡智によって、ヒラバヤシ三重公社の秘匿は破られたのだ。お前が悠長にこの本部を登っている間に、我々はお前たちと同等、いやそれ以上のスペックを持つ戦闘用合成人間を完成させた。そして、私自身の精神を転写させた。そうして私はこの神の肉体ボディを手に入れたのだ!このパワー!耐久性!運動性能!実に気分が良い。最高だ」

 ネイリングは瓦礫の中から鉄骨片を掴み、その剛力で捻じ曲げ、蝶々結びにしてしまった。

「これなら、私一人でもこの戦乱に満ちた辺境統一の夢を成し遂げることができるだろう」

 ネイリングは感慨深げに夜空を見上げた。天井が破壊された今、この最上階からは夜空が見えていた。数多の星々と、赤みがかった満月が、ドラセナたちを明るく照らしていた。

「戦車や兵隊など、この身体に比べればゴミクズ同然!しかし、その前に、お前たちと決着をつけなければな」

 ネイリングはファイティングポーズを取った。ネイリングのスーツの裾がビル風に強くはためいた。

「来い、ドラセナ。私たちの因縁に決着を付けよう」

 ネイリングは手のひらを上に向け、手招きするように指先を動かした。


 ドラセナは駆けた。ドラセナが起こした衝撃波ショックウェーブが散乱する瓦礫を砕く。ドラセナは走り込んだその勢いを活かして、ネイリングの頭部目がけて前蹴りを放った。

 衝撃音が響く。ネイリングがクロスアームブロックで前蹴りを防いでいた。

 ドラセナが右足を引き戻し、左足で跳び膝蹴りを打つ。顎を狙った一撃は、ネイリングの右手の甲によって逸らされた。ネイリングは膝蹴りをいなしたその右手で、空中に居るドラセナの腹部を掴んだ。突き立てられたネイリングの指がドラセナのスーツと皮膚を貫通し、腹の人工筋肉に突き刺さった。

 ネイリングがドラセナを床に叩きつけ、腹筋を握り込んでそのままねじり上げた。

「があっ」

 ドラセナが苦痛に呻いた。ドラセナの額が汗に濡れ、赤い髪がへばりついた。

「そんなものか?私の方がパワー、スピード共に上のようだな」

 ネイリングはさらに指先をドラセナの腹に食い込ませ、内臓ごと揉みしだくように動かした。

「……ぁ……ッ!!」

 ドラセナは苦痛のあまり声にならない叫び声を上げた。

「ははは!無様なり、ヒラバヤシ三重公社のドラセ――」

 ネイリングは言い終わる前にドラセナの視界から消えた。その代わり、後方から凄まじい勢いで突っ込んできた白い影が、空中で猫のように身を捻っているのが見えた。

 白い影はドロップキックをネイリングに食らわせた後、空中で一回転し見事に着地していた。白い髪が風になびき、夜空と美しい対比コントラストをつくるのを、ドラセナは見上げた。

「モンステラ……?」

「さあ、立ちなさい。ドラセナ。寝ている暇はありませんよ」

 モンステラは倒れているドラセナに手を差し伸べた。

「モンステラ!」

 ドラセナは素早く立ち上がり、モンステラを抱きしめた。

「無事でよかった。本当に」

 ドラセナは涙を浮かべながら言った。モンステラを抱いた腕が、更に強く彼女を引き寄せた。

 モンステラはドラセナの腕の中で眉を寄せ、ドラセナの顎目がけて頭突きを食らわせた。顎に痛打を受けたドラセナは、右手で顎を抑えた。

「ドラセナ!こんなことしてる場合じゃないでしょう。後になさい!」

 モンステラは怒鳴った。

「あの野郎は、確かに私たちと同等かそれ以上の性能スペックを有しているようです。しかし、こちらは二人。二人でならヤツをれます」

 ドラセナは顎を抑えながら頷いた。

「よろしい。いいですか?もはや、ヒラバヤシ三重公社の生き残りは私とあなたしかいません。私たちの汚辱はヒラバヤシの汚辱、かならず雪がなくては。どんな敵であろうと徹底的に叩き潰す!それが戦闘用合成人間としての誇り。私たちは誇りの為に、誇りの為だけに戦う。やりますよ」

 モンステラは灰青色の瞳でドラセナの赤い瞳を見つめた。

「はい。モンステラ」

 ドラセナは強く頷いた。


「……感動の再会は済んだか?」

 粉塵立ち込める瓦礫の中から声が聞こえた。ドラセナとモンステラはそちらへ振り向いた。

「よかったな……二人揃ってここで死ねる!」

 瓦礫の中から立ち上がったネイリングは、巨大な鉄骨を槍のように投げた。モンステラが拳を固く、硬く握り、裏拳で鉄骨を弾いた。

 ドラセナとモンステラが同時に駆けた。二つの風と化した二人が、ネイリングへと同時に襲い掛かった。

 ドラセナの手刀がネイリングの首へと迫る。ネイリングが左手でそれを受ける。

 モンステラの拳がネイリングの顎へと迫る。ネイリングが右手でそれを受ける。

 ドラセナとモンステラがそれぞれの攻撃を引き戻す勢いのまま、同時に回転した。ドラセナが左回転、モンステラが右回転。同時に放たれた後ろ回し蹴りが、同時にネイリングの鳩尾に突き刺さる。

 ネイリングが後ろに仰け反った。

 今度はドラセナが先行し、前蹴りを放つ。ネイリングがクロスアームブロックで受ける。モンステラがドラセナの肩を踏み台にし、跳びあがり、ネイリングの頭を蹴りつけた。

「ぐっ」

 頭部に痛打を喰らったネイリングがよろめく。モンステラはネイリングの後方に着地した。ドラセナは前方から、モンステラは後方から凄まじい連打を仕掛けた。ネイリングは貫手と鉄拳で滅多打ちにされる。

「調子に、乗るな!」

 ネイリングはドラセナに前蹴りを打ち、その反動で戻ってきた足で、モンステラに後ろ蹴りを打った。

 ドラセナとモンステラはネイリングの蹴りを肩で受け、防御した。

「こいつでケリを付けてやる!」

 ネイリングは勢いよく跳びあがった。ネイリングの胸部が開き、プラズマキャノンの砲口が露わになった。

「二人まとめて消し飛ぶがいい!」

 赤い月を背に、ネイリングの胸が光り輝く。

 ドラセナはプラズマ銃を抜き、ネイリングに向けた。すると、プラズマ銃を握るドラセナの右手を包み込むように、モンステラの左手が添えられた。

「二人でなら勝てる」

 モンステラがそういうと、ドラセナは静かに頷いた。ドラセナは左手で、モンステラは右手で、互いの身体を抱き合った。二人の身体が密着し、二つの特異点原動機ブラックホール・エンジンから、プラズマ銃へとエネルギーが送られる。

 プラズマ銃が常用制限解除リミット・カットされ、変形する。大型の放熱フィンは開きっぱなしになり、銃身がまるであぎとのように大きく開いた。

「喰らえ!」

 ネイリングがそう叫んでプラズマ砲を撃つと同時に、ドラセナとモンステラは引き金を引いた。


 燃え立つ辺境惑星再開発機構F P R O本部を背にして、二人の合成人間の姿があった。ドラセナとモンステラ。髪と瞳の色以外は瓜二つの双子。彼女たちを照らす赤い月には新しくできたクレーターがあった。

 彼女たちはこれから『辺境惑星再開発機構F P R Oの悪夢』『月に穴を開けた双子』として、辺境に名を轟かせることになるのだった……。


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ハンドトゥハンド 龍と怪物 デッドコピーたこはち @mizutako8

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