第四話 上層階

 ピンという電子音と共にエレベータの扉は開いた。ドラセナの予想に反してエレベータでの待ち伏せはなかった。エレベータから出たその先は、三人の合成人間と戦った場所と同じような部屋だった。ドラセナの真向かいの壁際には階段があり、その前には、一つの人影があった。

「早かったね。いや、まさかアマルガム三兄弟がああも持たんとは……」

 着流しを着た女が言った。その女は階段を塞ぐように立膝で座り、腰には一本の刀を提げていた。刀に対して異様に太いその鞘には、冷却機構が見て取れた。電磁力加速抜刀装置の類だろうと、ドラセナは推測した。

「あんたの姉を解析して造られた最新型だったのに、三人がかりであんたに傷一つ付けられなかった。まあ、流石ヒラバヤシ三重公社の最上級合成人間か。だからこそ、うちのお頭もあんたらを欲しがってる訳だしね」

 女は立ち上がった。

「よっと。そうそう。お頭は辺境統一のためには特異点原動機ブラックホール・エンジンの小型化技術が不可欠だと考えてるらしいよ。艦載するのがやっとのそいつをどうやって人型に収められるほど小型化できるのか、それが知りたいんだってさ。それには、あんたら姉妹二人のデータが必要なんだって。大変だね」

 女は肩をすくめて言った。

「ああ、名乗るのが遅れたね。あたしは、辺境惑星再開発機構F P R O機動警備隊ライオット・ガード薄桜ハクオウ。あんたと同じ合成人間さ……ま、しがない旧式だけどね。まいっちゃうね、どうも。予備倉庫に押し込まれて、仕方ないからふて寝してたってのに、急に叩き起こされてあんたと戦えなんて言われてさ」

 ハクオウは深いため息をついた。

「でもね……戦略分析AIによると、FPROの現存戦力であんたを殺し得るのはあたしをおいて他にないんだってさ。うれしいねえ。役立たずの烙印を押されて、予備品扱いだったあたしに、やっとお鉢が回ってきたよ」

 ハクオウは笑みを見せ、自分の顎を撫でた。

「この階段を登れば、最上階だ。あんたの姉に会えるし、うちのお頭もあんたのことを待っている。ただ、ここを登れるのは、あたしを倒せたらの話だけどね」

 刀の柄頭を撫でるように手を掛けられる。

「来な。ヒラバヤシ三重公社、合成人間ドラセナ。噂どおりか見せてみな」

 ハクオウはそう言って、腰を落とし、順手で刀の柄を握った。居合抜きの体勢である。

 ドラセナはハクオウ目がけて突っ込んだ。一挙に距離を詰め、手刀でハクオウの首を落とさんとした瞬間、ドラセナの背筋に怖気が走った。

 ドラセナは反射的に跳び退いた。

「……!!」

 焼けるような痛み。ドラセナの腹部が彼女のスーツごと、浅く裂かれていた。赤い血が傷口から流れ出した。滅多に感じることのない痛みに、ドラセナは一瞬、慄いた。

「今のを避けるのか。完全にったと思ったのに……」

 ハクオウは抜いた刀を鞘に納め、また居合抜きの体勢をとっていた。追撃するつもりはないようだった。ハクオウの居合抜きは、ドラセナの動体視力をもってしても、抜かれた刃を見ることができない程の速さだった。

 ドラセナはプラズマ銃を抜き、撃った。ハクオウの眼の前に迫ったプラズマ塊が両断される。

「楽しちゃあ、あたしは殺れない。もっと踏み込んできな」

 ハクオウは顎先を使って挑発しつつも、決して居合抜きの体勢を崩さない。


 ドラセナはプラズマ銃を連続放出モードに切り替えた。引き金が引かれると、プラズマ銃の銃口から、プラズマの奔流が龍の吐息ドラゴンブレスの如く迸った。

「無駄だって!」

 モーゼが海を割ったように、ハクオウの居合がプラズマの流れを両断した。ハクオウの居合がプラズマの奔流に間隙をつくり、その間隙が後続のプラズマに飲み込まれる前に、またハクオウの居合がプラズマを引き裂いた。

「無駄、無駄!」

 ハクオウの連撃がプラズマを防ぎきっていた。大量に放出され続けるプラズマは、それでもハクオウの身を焼くことはなかった。

 しかし、ドラセナは無策でこのようなことをしているのではない。

 ドラセナはハクオウの様子を観察していた。ハクオウの神速の居合。攻防一体の神業には、奇妙な点があった。ハクオウは一度か二度、刀を振るった後、必ず鞘に刀を戻している。鞘に加速抜刀機構が付いているとは言え、刀を連続で振るった方が効率的であるはずだ。なのに、なぜ刀をわざわざ定期的に鞘へ戻す必要があるのか?

 ドラセナはプラズマ銃の出力をさらに上げた。連続放出されるプラズマの量が瞬間的に大きくなる。

 ハクオウの目が驚きで見開かれる。

「なにっ!」

 二度以上振るわれることのなかったハクオウの刀が三度振るわれた。ハクオウの動揺もあってか、三度目の斬撃は速度が明らかに落ちていた。

 ドラセナは見た。三度振るわれた刀が鞘に戻される時、その半透明な桜色の刀身が、千切れ、砕けて散っていたのを。

 

 ハクオウの刀の切れ味の秘密は、その刀身の特異性にあった。その刀身を構成するのは一種のエキゾチック物質であり、この物質はあらゆる原子間結合を断ち切る性質を持つが、生成からほんの二百分の一秒しか存在することができない。そのため、定期的に刀を鞘へ戻し、鞘内で刀身を生成し直す必要があったのだ。

 万物を両断し得るが、不安定で儚い桜色の刀身。それが、薄桜ハクオウの名の由来でもあった。


 ドラセナは引き金を引きっぱなしにしたまま、ハクオウへと駆けた。

 ハクオウが居合を繰り出し、一度、二度、三度、刀が振るわれた。刀身が崩壊する。花びらが散るように、薄い刀身がバラバラに砕けて宙に消えていく。

 ハクオウの居合によって散らされたプラズマ炎の燃え残る花道を、ドラセナが駆け抜ける。ドラセナはハクオウの刀が鞘へと戻るその瞬間に、ハクオウを射程に捉えた。

 

 このままでは次の居合が間に合わない、そう判断したハクオウは今までのような順手ではなく、逆手で柄を握った。これで、射程は短くなるが、居合抜きは速くなる。さらに、電磁力加速抜刀装置を常用制限解除リミット・カットした。刀を加速させる為の超電磁レールに、自壊するほどの電圧が送られる。

 ハクオウはこれがどうにせよ最後の居合になることを悟り、自らと同じ名が銘じられた刀が崩壊していくのを感じながら、全力で抜刀した。


 ハクオウの限界を超えた居合。切り上げた刀がドラセナを一刀両断する――はずだった。ハクオウはあるはずの手応えを感じなかった。突っ込んできたドラセナを真っ二つにしているはずの刀は、無情にも空を切っていたのだ。ハクオウは空振りした刀の勢いをもはや御せず、右腕の人工筋肉がその骨格ごとはじけ飛んでいた。

 ドラセナはハクオウの刀の射程のほんの少し外に居た。ハクオウはドラセナの巧みなフェイントにより、タイミングをずらされていたことを悟った。最初の居合で跳び退いたのともまた違う。加速一辺倒だったドラセナの減速。ハクオウが切ろうとしていたのは、一瞬先行したドラセナの幻影だった。

 

「ああ」

 ハクオウが声を漏らす。ドラセナの貫手がハクオウの胸を貫いていた。

天晴あっぱれ

 ドラセナが右手を引き抜いた。地面にハクオウが崩れ落ちる。ハクオウが仰向けに倒れ、床に赤い人工血液が広がり始めた。

 ドラセナはその姿を見下ろした。事切れたハクオウの顔はどこか満ち足りて、穏やかだった。


 自らの強さに矜持をもつハクオウの姿は、どこか姉のモンステラに似ていた。ドラセナはそう思った。だが……敵である以上、殺し合うより他ない。それが、戦闘用合成人間の宿命でもあった。


 ハクオウに受けたドラセナの腹部の傷とスーツの損傷は、人工血液に含まれる修復ナノマシンの働きで、既に塞がろうとしていた。ドラセナは血に沈んでいくハクオウの死体を残して、階段を登り始めた。

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