最終話 そして来る日のために

 異世界ディオコスモ。

 人と魔が相争う世界。

 それぞれの勢力が国家を形作り、終わらぬ闘争を繰り広げていた。


 ……とは言っても。

 国が一つ滅びるような大規模な戦いは一度も起こっていない。


 人と魔族の関係が致命的な状況にまで悪化すると、どこからか伝説の王を名乗る存在が現れ、戦いを調停する。

 あるいは戦場は破壊され、戦いそのものを行うことができなくなる。


 従って、繰り返される戦いは比較的小規模のものに限られるようになっていた。



 ダークアイ王国。

 かつては魔族領であったそこは、人と魔族が共存する奇妙な国。

 そのため、人の国、魔族の国からも敵とみなされ、常に戦いの渦中にあった。


「また戦いが始まるが……。できれば我が国の被害は小規模で済ませたいところだ」


 ダークアイにおける、人魔混成の一軍を率いる将。

 ガーベラという名の彼女は、ダークアイ王国始まりの王、ディオースの血を継いでいた。


 ダークアイの東には魔族の国サイクロナス、南方には魔法王国グリフォーザー、西方には騎士とケンタウロスの王国スタリオン。

 様々な国に囲まれたダークアイにとって、この環境は頭が痛いものだった。


「こちらに一軍を送り込み、防衛のために兵力を回し……ううん……」


 ガーベラは頭を抱える。


「本当、勘弁してよ……。同時多発的に紛争が起きるとか、いつものことだけど……頭が痛い……! どこのどいつよ。ダークアイをこんな場所に建国したのは。それに、なんでみんなこうして争い続けているわけ? ああ……一度でいいから、平和な世界になってほしい……。本当、この状況を生み出した責任者は一体どこ!?」


 天を仰ぐガーベラ。

 窓からは、真っ青に晴れた空が見える。


 その時だ。

 空の一面に、奇妙なものが出現した。


 銀色に輝く、立方体である。

 空の一角に、悠然と姿を現し、ぐんぐんと大きくなっていく。


「何、あれ……?」


 ガーベラは一瞬、呆然とした。

 その時である。


 ダークアイの城の一角には、開かずの間と呼ばれる空間がある。

 何人も、そこの扉を開けることはできなかった。

 同時に、開ける試みを行ってはならないと言い伝えられていた。


 その扉が開いた。


「説明しよう」


「は!?」


 現れたのは、漆黒の衣に身を包む男だった。

 ガーベラに異世界の知識があれば、それはスーツにネクタイであると理解したことだろう。


 黒髪に、闇色の瞳をした男が、当たり前のような顔をしてガーベラの隣に並ぶ。


「な、何者だ、お前は!?」


「ダークアイ名誉会長、ルーザックだ」


「ルーザック……!?」


 その名に覚えがあった。

 初代国王ディオースが、言い伝えに残した者の名だ。

 メイヨカイチョウというのが何なのかはよく分からないが、次にルーザックと名乗る物が姿を現した時、世界から戦いが消え、そして戦いが生まれるという。


 意味の分からない言い伝えだと思っていた。

 そして、そんなものは自分に何の関係が無いとも思っていたのだ。


 だが、今、目の前にルーザックと名乗る男がいる。


「ついに、投資家が新たなる侵略者を派遣してきたらしい。だが、彼らのタイムスケールのお陰で、こちらにも準備が出来た」


「どういうことだ……!?」


「君。君はダークアイの現在の社長かね?」


「社長……? 王のことか? それなら私じゃない。王族は今や、政治や戦いの場から離れて象徴的な存在になっている」


「ふむ、実質的に経営に携わらないということか。そういう社長もいる。まさか我が社がそういうスタイルになるとは思っていなかったが。では君が、実質的な経営のトップと見て構わないかね?」


「この国の方針を決定する立場にいることは否定しないわ。だけど、それがなに? お前が言い伝えにあるルーザックだとして、それが今更何をしに来たの?」


「我が社の新たなる作戦行動を開始する時が来た。それが、私が再び現れた理由だ。戦闘訓練は行われているかね? 各国は戦闘経験を積み、戦力を、戦術を磨き上げ、やがて来る戦いのために備えていたかね?」


「何を言って……。まるで、この終わらない戦いを自分が仕組んだみたいに……」


 そこでハッとするガーベラ。

 目の前の男の目は真剣だった。


「まさか……お前が……!?」


「これより各国にて、私の協力者たちが実権を取り戻す。用意していた戦いが始まるぞ。そして、私はこの時間を利用して、我々に協力してくれる超越者を探していた」


「何を言って……!?」


 その時、空で煌めきが走る。

 銀の塊の横に、金色の塊が出現した。


 それぞれの塊が、光線を放ち、お互いを攻撃しあい始める。


「何が……! 何が起こっているんだー!!」


 完全に混乱し、叫ぶガーベラ。

 それに対して、ルーザックは何度も頷いた。


「うむ。混乱するのも無理はない。これはこれまでの計画と、そして実行されてきた経緯が記されたレジュメだ。そしてこれが、これから行われる戦いのマニュアルとなる」


「マニュ……アル……!?」


「黄金の側がこちらの協力者。宇宙に存在する超越者の中には、こちらの理念に協力し、助力をしてくれる人々もいるのだ。ダークアイ代表、ガーベラくん! 君に紹介しよう!」


 ルーザックが手を翻すと、そこに光が生まれた。

 そして空間が砕け散り、堂々と入場してくる、黄金のマフラーを巻いた青年。

 黒髪で、世界の酸いも甘いも知り尽くしたような顔をしている。


「時空の破壊者、永世名誉勇者村村長、ショート氏」


「よろしく!」


「宇宙魔王殲滅業、破魔艦隊総提督、オービター氏」


 空の彼方で、黄金の塊が自己紹介するように点滅した。

 それと同時に、放たれるのは極太の輝き。

 それが、銀色の塊を貫通する。


「宇宙からの攻撃は彼らの力を借りて撃退する。だが、戦いとはその規模や力だけが重要なのではない。それぞれの戦場に価値があり、この部分的勝利を積み重ねていくことで最終的な勝利を掴み取る」


 ルーザックは、ぐっとガーベラの手を握る。


「なっ、何を……!」


「積み重ねてきた戦いを、今こそ活かす時! 我が社の鍛え上げられた技術力を示し、侵略という名の敵対的買収を跳ね返す! 君の力を貸してくれ。君が欲しい、ガーベラくん!」


「は、はいっ!?」


 勢いに押されて、思わずガーベラは返事をしてしまった。

 だが、彼女は、自らの中に流れる血が、喜びを感じていることを理解する。


 これは何か。

 魔族の血が、真の主の登場を喜んでいるのか。


「降下部隊が来るぞ。俺はちょっと宇宙を蹴散らしてくる。宇宙時間と地上の時間は違うからな。俺が戻ってきて助力することは不可能だ。その代わり、この降下部隊と奴らの本陣を仕留めればお前らの勝ちだ」


 ショートがそう告げて、飛び上がる。


 突然、何か大きな動きが始まった。

 そう、ガーベラは感じている。

 

 だがそれは違う。

 世界の表側が、戦う力を失わぬよう、互いの牙を打ち合わせて研ぎ澄ませている間に、世界の裏側では次の戦いに勝つための準備を行い続けていたのだ。


「では案内してくれ、ガーベラくん。社員というものはポッと出の名誉会長よりも、馴染みのある上長に従うものだ。つまり、私が準備してきたこの戦いに向けた策を実行するためには、君の協力が絶対に必要になる。私は君とともに歩むものとして、新たな仲間たちに挨拶を行わねばならない」


 ガーベラは唖然として、ルーザックを見つめる。


「この戦いを始めた責任者として、この戦いを終わらせることを約束しよう。安心したまえ。私は一度定めた仕事の約束を破ったことはない」


 かくして、異世界ディオコスモの歴史の表舞台に、黒瞳王が帰還する。

 かの世界は新たなる戦乱に巻き込まれることとなる。


 伝説の王たちが帰還し、あるいは伝承に謳われた上位の魔族たちも姿を表す。


 勝手にスタスタと歩いていくルーザックの背中を見て、ガーベラはため息をついた。


 どうやら、事態の責任者が現れたようだ。

 ならば自分は、この男がその責任を果たすのか、見張ってやらねばなるまい。


「変な男」


 ガーベラはそう呟くと、彼の後を追った。

 だがその心は、次なる戦い……それも今までにない規模のそれに向かうというのに、ひどく晴れやかだった。


 去っていく二人の会話が聞こえてくる。


「ルーザック! 本当に、この状況を解決できると言うの? ただでさえ世界はいがみあい、争い合っているというのに」


「問題ない。それこそが本当の戦いに備えるための研修であったのだよ。そして勝利のためのマニュアルは先程渡した。永き時を鍛え上げ、磨き抜かれた諸君らのマンパワーの上に、完璧なマニュアルを以って、本業務は最高の成果を上げることができるだろうと予言する。さあ、勝ちに行こう。ディオコスモの希望は、諸君ら全てなのだ!」




 ~転生魔王のマニュアル無双~ おわり

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転生魔王のマニュアル無双 あけちともあき @nyankoteacher7

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