第119話 人魔連合ではなく、ディオコスモ軍
戦いが終わると、世界はしばらくの間、呆けたような空気に包まれた。
誰もが、その気持や力をぶつける先を見失い、呆然と立ち尽くしているような状況である。
ほんの数日間のことだったが、この間、ディオコスモにおいて一切の戦闘行為が停止した。
七王が支配していた、表向き平和とされていた時代にもあり得なかったことである。
この間、戦いの勝利に最も貢献したルーザックはどうしていたのか。
彼もまた、呆然としていた……わけがない。
「では、本日の議題だが。魔神王や魔神はオーバーロードとでも呼ぶべき投資家たちの尖兵でしか無かった事が明らかになった。彼らはまた、新たな侵略者を選抜し、送り込んでくるだろう。なぜなら、このままでは彼らの投資は回収されないことが確定しているからだ」
「ルーザック、てめえ、何を見てきたんだ」
問うのは剣王アレクス。
「宇宙だ」
「宇宙ぅ!? そんなとこに行ったら、あれだろ。空気がねえだろうが」
「この世界の宇宙は真空ではなかった。エーテルに満たされた空間で、さらにこの星の外に世界が広がっていた。そこで、私は投資家と出会ったのだ。気に食わない性格の男だった」
「金で一つの世界の運命をどうこうしようというやつネ? ろくでなしに決まってるヨ」
ふん、と鼻を鳴らす魔導王ツァオドゥ。
スタニックはルーザックの話を聞くと、その先の論を予測し、口にした。
「つまり、我ら人魔連合軍は当分の間、維持し続けるということだな?」
「原則的にはそうなる」
「原則的には?」
「今回の戦いは、諸君ら七王と戦うことで力を磨き上げていた我らダークアイが大きな力となったと自負している。これが、次なる侵略者と戦うための重要な要素だ。即ち、戦いを絶やしてはならない」
「ほう」
「どういうことネ?」
「なんだ、やろうってのか」
「け、喧嘩はやめましょうー。戦争も……!」
最後に法王クラウディアが間抜けな事を口にしたので、一瞬緊張が走っていた七王は皆気が抜けてしまったようだ。
途中で、メイドゴーレムのセーラがコーヒーを入れて持ってきた、
全員がこれを飲み、お茶請けを食べて一息つく。
『美味いのう……。メイドゴーレムは積み重ねられた経験と知識が擬似的に魂を形作っているはずなのだが、このコーヒーと菓子からは魂を感じる……。神は捧げものから込められた魂を吸って糧にしているのでよく分かる……』
神がセーラを褒めるので、あまり表情のないメイドゴーレムが、嬉しそうな雰囲気を纏った。
「お代わりはいつでも持って参りますので」
『よろしくのう』
神はニコニコ微笑みながら手を振った。
「なんかさ、神様フレンドリー過ぎじゃない?」
「敵ではなくなったのだから当然とも言える。今後、どれだけ続くか分からない協力関係だ。これからの敵となる投資家たちのタイムスケールを考えると……ほぼ永遠とも言えるだろう」
アリーシャの疑問に応じるルーザック。
彼の言葉には根拠があった。
魔神がこの世界に目を付け、投資家たちから投資を募って侵略を開始してから数百年という時が流れている。
そして魔神が起死回生の一手である、初代の復活を行ってきた時、初めて投資家たちが現場に姿を現した。
「地球で言う、二、三年くらいの感覚が、この世界の数百年と言う時間だろう。投資家からしておよそ十年というスパンで攻めてくると予測すれば、千年を越える戦いになるだろう」
「千年!!」
七王たちが目を剥いた。
「これまでの諸君ら人間側は、魔神による攻勢をばらばらに凌いでいれば対応ができた。それまでの状況が、間延びしていなかったと言えるかね? だからこそ、鋼鉄王国は人民を軽視してゴーレムに全てを注ぎ込み、狂気王国は人をないがしろにした。そこに私が現れ、初めて諸君は危機を覚えた。惰性で、ゆっくりと腐敗していく国家を維持するだけでは、我らダークアイに及ばないと理解したのではないかね?」
「俺は単身で戦えるが?」
「剣王は例外だ。というか、君の国が一番平和だというのが理解できん」
剣王アレクスの国、剣王国は実に平和そのものである。
農業しか産業の無い小国であり、住まう人々の多くは剣王流を修めてはいるものの、戦うこともなく日々を平穏に生きていっている。
ダークアイと一切の関わりがなく、今まで無事に存在できている唯一の国とも言えよう。
「俺は百年に一度くらい戻って、腐敗してたらぶっ壊すのよ。他は全部あの国の奴らに任せてある」
「いい加減ネ」
「それくらいでいいんだよ、国なんてもんは」
「暴論ネ! 管理が必要なの当たり前ヨ! ただ、たしかにちょっと運営するのに飽きてたけどネ……!」
「うむ。我々は永遠の命を得ているが、精神は人間のものだ。飽きてしまうこともあるだろう。惰性で国家を運営していたことに違いはない。まあ、我らが騎士王国は訓練を行う習慣があったため、そこまでひどい治安の崩壊は起きていなかったが」
「スタニックてめえだけいい子になろうなんてずるいぞ!」
「国を放置してあちこちを旅していた男に言われたくはないのだが?」
また七王たちが、わいわいと賑やかになる。
それぞれの国家を築き、その中に引きこもっていた頃では考えられないような光景である。
かつて勇者とその仲間たちだった彼らは、初代黒瞳王を打ち倒したのち、袂を分かった。
それぞれの七王を支持する地域に居着き、神の力を得て国家を建設したのである。
「あ、あの、喧嘩は……喧嘩はやめましょう……」
クラウディアがおろおろしている。
一見して善良そうな彼女の国もまた、神と最も近い国家であったが故に、国民全てを神の存在を維持するためのシステムにしてしまっている。
そこに腐敗は無いかもしれないが、果たして人間と呼べるのか分からない者たちだけの国となったことで、神王国フォルトゥナに未来というものはない。
「諸君、私は提案する。我々は段階を追って、歴史の裏に身を隠すものとする。幸い、我々に寿命はない。次なる投資家たちの侵略が始まるその時まで、国家の運営を民たちに任せて、その腐敗が決定的になった時のみ修正を行う。そして、我ら魔族と君たち人間は、争い続ける。終わることのない、永遠の戦い。これを提案する」
「永遠の戦いだあ!?」
「これはひどいネ。頭おかしいんじゃないかネ? ワタシは反対ネー」
「戦場となった跡だが魔導王国の土地は返還しよう」
「……協力してやらないこともないネ」
「むっ、魔族が魔導王国を味方につけたか……」
『神も賛成である』
「神様!?」
ルーザックの提案に神が賛意を示したので、七王全員が驚いた。
「おおお……戦争はいけないのに、どうして、神様……」
『そりゃあもちろん。ずっとまともに戦ってなかったお前たち、ルーザックにボッコボコに負けただろう』
「むっ」
唸ったのはツァオドゥのみ。
「卑怯な手段で聖剣を折られただけだ」
「我が騎士王国は敗れていない」
「戦争は行けないと思いますぅ」
『揚げ足取らない。ディオコスモを神とお前たちのものとして維持するためには、戦う意思と方法を磨き続けていなければならない。神はルーザックの言わんとすることを理解した。滅ばぬ程度に戦いを繰り返すことは必要でしょ。神は公認するよ』
神が言うのなら……ということで、この場の空気はルーザックの提案に傾いた。
「しかし、俺の剣を折ったことは忘れない……」
「分かった。では剣王の新しい得物を、極秘裏にダークアイから提供することを約束しよう」
「ほんとか!? よし、だったらちょっとは手を貸してやろう……」
満場一致で可決である。
議題は、今後のディオコスモについて。
この日より後、七王は姿を消した。
世界は勇者から、人間たちの手に受け渡された。
ダークアイもまた、黒瞳王は名誉会長職に退くと宣言。
次の魔王……いや、社長として任命されたのは、ダークエルフのディオースであった。
そして世界は、つかの間の平和を迎えることになる。
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