第118話 天から覗き見る目
魔神王との激しい空中戦である。
光線状にした魔法を放ち、空を破滅の光で覆わんとする魔神王。
対して、攻撃を弾きながら近接し、アトモスとGアトモスによる防御不能の攻撃を放つルーザックこと、ディバインアーマー・ダークアイ。
接近を許せば魔神王は負ける。
だが、接近できなければルーザックに打つ手はない。
一進一退の攻防であった。
『貴様ッ! 貴様貴様貴様ッ!! 元はたかが人間のくせに、どうして余に食らいついてくる! 貴様がここまでして下級の魔族共のために戦う理由などあるまい!』
『ある。仕事だからだ!』
『なん……だと……!? そんな理由か! なら投げ出してしまえば良い! 例え余を倒したとしても、その後にはこの星を手に入れようと目論む神々がいる! 父が惑星の支配に失敗したとなれば、彼らが直接乗り込んでくる! 終わらぬぞ、永遠に戦いは終わらぬ!』
『そういうのはよく知っているので予定に入れてある!』
『なにぃ!?』
魔神王を突き抜け、ルーザックが睨みつける先は、天のさらにさらに先。
宇宙である。
魔神が話していた、投資家である神々の話。
それこそが、この世界から得られる富を吸い尽くそうとする黒幕と言えよう。
そして魔神王は、その神々が襲いかかってくるであろうと告げるのだが……。
もともと、投資家は自らが動いて事業を行う存在ではない。
彼らが事業において果たす役割とは資本だ。
これが投資を回収できない案件であると知れれば、深入りすることなく損切するであろう。
そう、ルーザックは睨んでいた。
それ故に……ルーザックは、目の前にいる相手を倒すことに集中すればいい。
Gアダマスが、光線を切り裂く。
道が生まれた。
音を越えるほどの速度で、ルーザックが空を駆ける。
その動きには、陽動も警戒も、躊躇も増長もなにもない。
ただ一直線に、剣の一撃を加えるための動作だ。
剣王流の、基礎の基礎。
ルーザックが、ずっと磨き続けた技だ。
『ぬおおおおーっ! 止まれ! 止まれ、とまれーっ!!』
叫ぶ魔神王。
叫びながら、猛スピードで空に向かって後退していく。
空気の層を突き抜け、やがてはエーテルに満ちた宇宙空間へ。
青空は薄れ、満点の星空がそこにはあった。
『おおおおおおおっ!!』
裂帛の気合とともに、ついにルーザックは魔神王へと到達する。
原子剣アトモスは、魔神王が張り巡らせた魔法結界を易々と貫き……。
『ぐおおおおおっ!!』
その胸板に深々と突き刺さった。
次の瞬間である。
『これが魔王か』
『魔王星から撃ち出される代物とは違う』
『己の意思を持っている』
『魔神氏が彼に造反されたのは痛かったな』
『これは神々の総会で追求せねば』
そんな声がした。
ルーザックは、真空中であるはずの宇宙に声がしたことに、驚く。
そして気付くと、彼の剣先から手応えが消え失せていた。
魔神王はどこかに回収されたか?
否。
『声がするのが不思議かね』
ルーザックの目の前に、何かが現れる。
それは、光をまとった人の形をしていた。
『私は出資者の一人だ。君が、魔神氏が選んだ最後の実行者か。そして、かの世界の半分を取り戻し、我々出資者に配当をもたらした』
『君は、魔神氏に投資していた存在か』
『いかにも。この世界には、我々のように星を越えるほどに力を高めた存在、超越者と、魔王星が生み出す星喰らい、魔王が存在する。だが、魔神氏が生み出した君は、この宇宙が規定するそれとは全く違う魔王だ。ヒト種に毛が生えただけの存在が、どこまでやれるかと思ったが……素晴らしい。想定以上だった』
『その超越者が何の用だね? 私は業務の途中だ。アポイントメントはもらっていないが?』
『必要かな? 我々の側につかないか、と言いに来たのだ。魔神氏はもう、死に体だ。君が我々の出資を受けて、改めてこの星を侵略すればいい』
『断る』
『……今、なんと?』
『当分、上場するつもりはない……! お引取り願おう!!』
『ほう……! ほう、ほう! 気骨のある……!』
光る存在、超越者に笑った気配がある。
『これまでの黒瞳王は道具に過ぎなかったが、君には、そうだな。意思の光がある。もしかすると、我々の側に来るのは君なのかも知れんな。だが、我々の誘いを断ったことは、近く後悔する事になるだろう』
超越者は告げる。
『我々は、投資の回収を図る。ディオコスモを侵略する案件が失敗したからと言って、はいそうですか、と引き下がるわけには行かんのだよ』
『なるほど、たちの悪い投資家だ。では、こちらも反撃はさせてもらう』
『反撃を? 君たちが? どうやって?』
超越者が肩をすくめた。
だが、ルーザックは既に応じない。
彼の頭の中では、人魔大戦終了後の動きがシミュレートされ始めていたからである。
そして、世界はもとに戻る。
先程までのやり取りは、超越者が作り出した空間で、ルーザックの意識だけがやり取りをしていた状態だったのだ。
故に、目の前には目を見開き、絶叫する魔神王がいる。
彼の全身から光線が放たれ、ディバインアーマーに突き刺さる。
アトモスは魔神王を貫き、今まさに切り裂こうとしている。
故に、ルーザックに守りはない。
そしてディオコスモを眼下に見下ろすここでは、どうやら信仰によるエネルギーが十全には届かないらしかった。
『舐め……舐めるな……まがい物が……!! 余は……余は魔神王なるぞ……! ディオコスモの王……!』
『君は投資家に踊らされる、愚かな二世に過ぎない……!!』
真実の一端を見た。
そして帰ってきた。
ルーザックの目には、既に魔神王も超越者たちに踊らされるピエロにしか見えない。
魔神王は唸りながら、アトモスの刀身を掴んだ。
その力で、剣を押し戻そうとする。
じわり、じわりと黒い刀身が抜かれていく。
力が足りない。
信仰のエネルギーが届きづらい、ディオコスモの成層圏外では、ディバインアーマーは本来の力を発揮できないのだ。
それに、至近距離で受けた光線による攻撃が、アーマーの各部を破壊している。
どうする?
ルーザックは思考する。
ほんの一瞬のことだ。
迷いはない。
信仰のエネルギーが届かない場所にいるなら、届くところまで移動するだけ。
ディバインアーマー・ダークアイのマントが翻った。
そして、魔神王をディオコスモへと押し戻していく。
『ぬ、お、お、お、お、お、お!! き、さま! 貴様ぁぁぁっ!!』
魔神王が叫び、腕を振り回した。
それが、ダークアイの頭部を破壊する。
その下から現れたのは、漆黒のヘルメットだった。
黒瞳王ルーザックが常に纏っていた、黒いゴーレムアーマー。
揉み合いながら、魔神王と黒瞳王は大気圏に突入する。
空気と魔力の圧力が、二人の全身を摩擦熱で焼いた。
衝撃が、白い鎧を削り取っていく。
現れる、漆黒の鎧。
ゴーレムアーマーが、漆黒のマントを靡かせる。
遥か下方から、大歓声が聞こえてきた。
魔族たちの声だ。
彼らが、ルーザックを見つけたのだ。
信仰が集まる。
黒いマントが開いた。
それはまるで翼のようだ。
黒瞳王が、漆黒の翼を広げ、黒い剣を魔神王に突き立てながら、降ってくる。
『バカなあ……! バカな、バカな、力、が! 貴様、力が、増して……!』
残った黒いマントは、信仰のエネルギーを受け止めきれず、自壊し始めている。
だが、受け皿であるルーザックの肉体は、この膨大なエネルギーをも飲み込み、力へと変える。
マントが崩れきるまでのほんの一瞬だ。
黒瞳王は、魔神王の膂力を凌駕した。
原子剣アトモスが、深々と突き刺さる。
背を抜ける。
『ごおああああああああああっ!!』
魔神王が断末魔を上げた。
二人の魔王は地面へと激突し……。
もうもうと土煙が上がった。
戦場が、しばし、静寂に包まれる。
誰もが戦いを忘れ、土煙が晴れるのを待った。
戦況は、いかに。
やがて、魔将たちは自らの肉体が崩れ始めたことで、主の死を知った。
晴れていく土煙の中、漆黒の鎧が立つ。
黒瞳王ルーザック。
初代をも打ち倒し、ついに唯一の黒瞳王となった存在。
ここに人魔大戦は終わりを告げる。
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