白い猫

機杜賢治

ある夏の朝

 せみの鳴き声の鳴り止まぬ庭に花の落ちたつる数多あまた伸び、時折、風に吹かれては音もなく揺れている。


 私は網戸のそばに折り畳み机を置いて、そこから外の景色を眺めていた。

 机の上には便箋びんせん――書きかけの手紙――が一枚置いてあり、その脇にはスマートフォンが置いてあった。


 引き寄せて操作する。

 インターネットの世界を彷徨さまよう。

 トレンドをさらりと流し、動画の世界に移動しては次々と再生する。

 途中、近くで猫の鳴き声が聞こえ、私は我に返る。


 声のしたほうに目を向けると、私の足元、網戸の向こう側に白い猫がいた。

 庭へと通じるウッドデッキに上がり、ここまで歩いてきたようだ。

 網戸越しに私を見上げている。


 私がとくに何の反応も示さず、じっと見つめ返していると猫はそっぽを向き、尻尾しっぽを振りながらデッキの端まで歩いて行った。

 その場に座り込み、背筋を伸ばした姿勢で庭の芝生を眺めだす。


 私は椅子から腰を上げ、台所の冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注いで戻ってきた。

 網戸に近寄り、白猫を眺める。

 白猫は相変わらず庭の芝生を眺めている。


 猫の額ほどの庭に根付いた芝生は早朝、まだ涼しい時間帯に機械で刈り込んだせいか、芝草の断面が太陽の光を受け照り返し、ぎらついている。


 私は麦茶を一気に飲み干し、視線を庭の向こう側へと移した。

 庭と道路の境目に青々と繁る蔓草が生い茂り、外からの視界を遮っている。


 オールグリーン。

 どこもかしこも緑ばかり、夏は彩りが単調でつまらない。

 若さの表れ、情熱、ただ一色に染まる世界に私は息苦しさを感じ、机の便箋に目を向けた。

 日本語が並んでいる。


 オールジャパニーズ。

 平仮名、漢字、それぞれ形も意味も違うが、結局は全て同じもの、人間の脳内でしか役に立たないものが並んでいる。


 白猫がすっと立ち上がった。

 デッキから飛び降りて芝生の上を歩いて蔓草の中に消えた。


 緑の世界を進む一匹の白い猫、私はその姿を見届けると椅子に腰掛けた。

 手に持っていた空のグラスを机に置き、ペンを持った。

 親指と人差し指の間で転がす、グリップの感触を確かめる。

 ペン先を便箋につけ、手紙の続きを書いた。

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白い猫 機杜賢治 @hatamorikenji

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