川島芳子――家あれども帰り得ず
上月くるを
第50話 エピローグ
川島芳子をテーマにした小説やノンフィクションは数多く出版され過ぎていて、いまさら筆者が拙いペンで書くまでもない、新たな資料や証言が出て来ない限り、既刊本をなぞるだけの作業に終わるだろう、参考資料の多くがそうであるように。
下書きに取りかかってからも、何度となくそんな壁に阻まれた。
いっそ中止しようかとも思ったが、あるとき、ふっと気づいた。
あえて男装して男言葉をつかい、そのうえアンチ勢力に真実を悟られないよう、お道化た表現を駆使した芳子の手記や手紙類を長々と引用して頁数を稼いでいる。そんなアンフェアな姿勢だから、不快にして未消化な読後感しか抱けないのだ。
ならば、筆者は武士を自認する芳子が自衛のためまとった分厚い鎧には触れず、
――政略のため他国へ養女に出された七歳の少女の孤独と高志。
その基本に立ち返り、父との約束に短命を賭した芳子の絶対的な味方になろう。
でなければ、奔放、自己顕示、虚言癖など悪意ある汚名を着せられたまま、日中の歴史の闇の狭間に葬られた女性が浮かばれない。そう決意しての執筆となった。
北京第一監獄で銃殺に処され、火葬にふされた芳子の遺骨は、日本人僧侶・古川大航によって引き取られ、のち信州松本に隠棲する川島浪速のもとへ届けられた。
一九四九(昭和二十四)年六月十四日、浪速が死去すると、仏壇に置かれたままだった芳子の遺骨は、因縁の養父母と共に松本市蟻ヶ崎の川島家の墓に葬られた。真ん中に「国士 川島浪速」、右に「妻 福」、左に「
*参考文献
上坂冬子著『男装の麗人・川島芳子伝』(一九八八年 文藝春秋)
山口淑子・藤原作弥著『李香蘭 私の半生』(一九九〇年 新潮文庫)
愛新覚羅溥儀著『わが半生「満洲国」皇帝の自伝』(一九九二年 ちくま文庫)
林杢兵衛編『川島芳子獄中記』(一九九八年 東京一陽社)
穂苅甲子男編著『真実の川島芳子 秘められたる二百首の詩歌』(二〇〇一年 川島芳子記念室設立実行委員会)
村松友視著『男装の麗人』(二〇〇二年 恒文社)
岸田理生『終の栖・仮の宿 川島芳子伝』(二〇〇二年 而立書房)
ほかにインターネットも参考にしました。
川島芳子――家あれども帰り得ず 上月くるを @kurutan
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