第47話 別れ
準備期間はあんなにも多忙だったのに、ショーはあっという間だった。製作が終われば後は上層部の仕事で、私たちはいつも通りの日常に戻る。つい二日前にコレクションがあったのが嘘のように店は長閑な時間が流れ、名残といえば、アトリエに放置されている機材と、床に散らばった布の破片と糸屑。それからたまに間違いでかかってくる、ショーの衣装についての問い合わせくらいだ。
「後片付けまでがお仕事なのよ」そう言って、アリス達が最後の手伝いに来てくれた。
店番と、アトリエの片付けの二手に分かれて作業をする。
「久しぶりに育児以外の仕事ができて楽しかったわ」
「子供の手が離れるようになったら、復帰したいわね」
あんなに大変だったのに、マルシアとエレナは嬉しそうに話している。
私はというと、達成感と焦燥感の両方が同時に混在していた。
思い返せば怒涛の半年だった。悪い関係に終止符を打てて、新しい恋は実らなかったけれど、結婚しなきゃいけない、という強迫観念から解放された。
案外、自分を一番縛っていたのは、自分の中にあった固定観念なのかもしれない。
これからは自分の進むべき道を決められる。自分で稼いだお金で、自分の好きなことができる。何がしたいのか、ゆっくり考えよう。
いつか、ジョセフが戻ってきた時に胸を張れるくらいに。
アリス達のおかげで後片付けと掃除も早く終わってしまった。
最後は機材を本社に返すだけだ。
後でジョセフが機材を取りにくると言っていたので、それを待つのみだ。
閉店後、ジョセフが父親と一緒に店を訪れた。
親子ではあるが、すこぶる仲の悪いこの二人が一緒に来るという珍しいことに皆驚きはしたものの、なんとなくジョセフが店にやってくるのが最後だからだと察した。
集合の号令を掛けられるまでもなく、皆、自然と朝礼の時と同じく整列した。
会長は一人一人の顔を見た後に口を開いた。
「コレクションお疲れさま。今期は一体どうなることかと思ったが、皆の力でなんとか今シーズンも乗り切ることができた。本当にありがとう」
嫌味を含んだ言い方をされて、ジョセフが渋い顔をしている。
まるで親に叱られた子供のような様を見て、皆は笑いたいのをなんとか堪えているようだった。かくいう私も、口が緩まないように唇を噛む。
そんな従業員達に、ジョセフは罰が悪そうにしていたが、すぐに改まり、真剣な眼差しを向ける。
「お疲れ様でした。みんなのおかげで無事に終わって、本当に感謝してる。ありがとうございました」
ジョセフが頭を下げると、皆、先ほどとは違う笑みを浮かべた。
「ショーも終わったことだし、俺がここに来るのは最後になります。それで、おや……会長と話し合った結果、俺がやっていた業務の引き継ぎはローランにお願いすることにしました。ローラン、挨拶を」
皆、驚いてローランを見る。
ローランはいつもと変わらない穏やかな笑みのまま、皆と向かい合うように立った。
「この度、この店舗の店長を担うことになりました。まだまだ至らぬことも多いと思いますが、皆さんのお力を借りながら精一杯頑張ります。改めまして、よろしくお願い致します」
「これからは店長であるローランを中心に、皆でこの店を盛り上げていってください」
皆、ローランへ拍手を送った。
店の雰囲気は店長によって様々な色に変わる。ジョセフは砕けてはいるが、明るくていつも笑いのある店だった。
対してローランは常に冷静で、誰よりも早く出勤し、雑務も一番多くこなしている。目立たぬところでコツコツと努力しているのを、皆が知っている。ジョセフの時とはまた違った安心感がある。
ローランが作る店はどんな色なのか、とても楽しみだ。
きっと暖かくて安心しながら働ける職場になるに違いない。
拍手が止むと、ジョセフは改まった表情で一人一人の顔を見返した。
「みんな、長い間本当にお世話になりました。楽しい事だけじゃなく沢山の困難があったけど、それらを乗り越えて、今笑っていられるのは、皆が支えてくれたからです。このメンバーで働けたことを光栄に思っています。……本当に、ありがとう」
ジョセフの挨拶で最後を締めた。
皆、ジョセフへ沢山の拍手とエールを送った。
「海外でも頑張ってください」
「成功したら、良い肉奢ってくださいよ?」
「お前は色気より食気だな」
アナの冗談にジョセフが呆れて返すと、みんなで笑った。
リンダは眼を潤ませながらも笑顔を向けて手を叩いているが、アナは冗談を言いつつも目に光るものを誤魔化しきれず、頬に流した。
私はというと、僅かに寂しさを感じつつも、自分でも意外なほどに冷静だった。単にまだ実感が湧かずにいるだけかもしれない。
ジョセフが父親に向き直ると頭を下げた。
「会長、後はお願いします」
「お前に頼まれるまでもない」
会長はぶっきらぼうに言うと、ふん、と鼻を鳴らす。
暫しの別れだというのに、つっけんどんに返されてもジョセフは笑っていた。
別れの時が、すぐそこまできている。
一足遅れてジョセフと目が合った。
ドキッとするのを
「それじゃ、元気でな」
そう言って微笑みを残し、ジョセフは店を出ていってしまった。
(なんだ……)
がっくりと肩を落とす。
私は、何を期待しているのだろう。
ふと、視線を感じて顔を上げると、会長と目が合った。
「ルーシー君。荷下ろしも手伝って欲しいから、本社まで同乗してくれるかね?」
「はい。畏まりました」
会長直々に手伝いを頼まれると思わなかったので驚いたが、気持ちを紛らわすには好都合だった。
悲しんでいる暇はない。
早く一人前になる為に、私も頑張ろう。
婚約破棄された悪役令嬢に理想の結婚をさせる為の婚活指南書 真義える @magieru
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