第46話 ファッションショー

 コレクションはブランド毎に会場が異なり、数日かけて開催される。

 ウィルソンの会場は、よりにもよってあの公爵家の公園だった。

 店はローランとリンダに任せて、私とアナはアシスタントとして会場にやってきた。

 先に会場に来ているはずのジョセフを探すと、特設の控室の隅で見つけた。

 開始時間直前だというのにまだ未完成の衣装を縫っている。


「おはようございます」

「おはよう……」


 病人のように弱々しい挨拶が返ってきた。

 一週間前に比べてかなり頬がこけて覇気がない。ろくに寝ていないし、サンドイッチしか口にしていなかったから倒れないか心配だ。

 会場の空気に充てられたアナが、興奮気味に言った。


「久しぶりだなあ、この感じ。それに会場が屋外なんて素敵!」

「うん……。デザインを変えるなら、会場も変えて欲しかったけどね」


 寝不足で思考が低下しているのだろう、手を動かしながらジョセフがそう呟いたので、私はひやりとして横目でアナを見た。

 アナは意味がわからないという表情だったが、すぐに気にしないことにしたようで、目の前に置いてあるケータリングのお菓子をつまみ出したので、ほっと、胸を撫で下ろした。

 何か手伝えることはないか聞いたものの、

「モデルが着替えるまでには間に合う」とジョセフが言い張るので、アナと二人で会場の様子を見に行くことにした。

 中央にある噴水を円形に囲むようにしてランウェイが設置され、色とりどりの花で装飾されている。舞台の脇ではオーケストラが音合わせをしていて、来客席の後方にはブッフェまで用意されていた。

 来場客には世界各国から新聞記者や芸能関係者、有名ブランドのデザイナー達が集まり、最前列のVIP席を埋めている。

 アナが舞台袖で待機している人物を見て、あっ、と声を出した。


「ねえ、あの人俳優のジョン・バーナムじゃない!?」

「一緒に話してる人って歌手のセレジーナだよね?」


 有名人がくるとは聞いていたが、豪華な顔ぶれにアナと二人で興奮していると、その中に、公爵とアンリエット夫人の姿があるのに気がついた。夫婦仲良さげに腕を組み笑顔で何かを話している。側から見れば、絵に描いたようなおしどり夫婦だ。

 胸のうちがざわざわと騒いだが、公爵ともなれば招待されていてもおかしくないと、自分に言い聞かせた。


「ご来場のお客様へ。まもなくショーが始まります。お席へ着いてお待ちください……」


 売れっ子俳優のジョンが舞台に出てくると、女性陣の悲鳴があがった。私達も急いで後方にある関係者スペースへ移動した。

 オーケストラの生演奏が始まると、皆会話をやめて舞台に集中した。

 低音が心臓にまで響き、わくわくとドキドキが交差する。

 舞台袖から、最初のモデルが出てきて、まるで猫のように足をクロスさせてランウェイを歩く。その姿は見る者を圧倒するほど優雅で、観客席の各所で溜息がもれるのが聞こえた。

 初めてファッションショーを見た私は、あまりの美しさに溜息すらも出せずにいた。

 疲労や睡魔と戦いながらも我武者羅になって作業していた、あの苦労が全て報われたような気がした。

 傍目からは見えないような部分だが、皆が注目している衣装を、この舞台を作った一人であることに嬉しさと、誇らしさを感じていた。



「敵わないよなあ……」


 いつの間にかジョセフが隣に立っていた。衣装はなんとか間に合ったようだ。

 舞台上を見上げるジョセフは、憧れのような、でも少し悔しげな眼差しを向けている。


「親父のデザインは繊細で、歩いた時の生地の揺れまで計算されている。だから下手に装飾しなくたって目を惹くんだ。あの服を着たら、妖精のように美しく見えるって評価されてる。俺には到底真似できない」


 歩くたびにひらりと舞うスカートは蝶のように優美で、モデルの容姿と花園の美しい舞台が合わさって、まるで花の妖精がパレードをしているようだ。

 洋服はデザイナーの個性が視覚的な特徴として現れる。それがブランドの売りになる。

 厳格そうなジョセフの父親だが、この繊細さがブランドの味なのだろう。

 対して息子のジョセフが描くのは機能性を重視したシンプルなデザインで、ブランドの看板としては相応しくない。

 だが、見た目の美しさに差はあれど、シーンによっては需要が異なるのだから、比べられないと思う。


「だけど、お父さんだってあなたの描くデザインは思い付かないでしょうけどね」

「それは……そうだろうな」


 ジョセフは少し驚いた顔をしてから、ふっと笑った。


「そろそろ、裏方の手伝いに行かないと……」


 そう言ってジョセフが行こうとした時、次に登場したモデルにジョセフの目が釘付けになった。

 そのモデルが着ていたのは、いつかジョセフの部屋で見たデザイン画とそっくりな衣装。


「もしかしてあれって……」

「親父は仕事に私情は持ち込まない……だけど、あれは俺のデザインだ」


 ジョセフは唇を噛んだ。込み上げるものが溢れないよう、堪えているようだった。

 全てデザインを変えると聞かされていたのに、社長はその一着だけを採用したのだ。

 たった一着だけだが、ジョセフが描いたデザインをそのまま起用した衣装。

 その服が、今この瞬間だけ来場客の視線を釘付けにしている。

 その光景に、私は特別な感情が湧き上がるのを感じていた。

 まるで夢を描いた絵の中にいるような、一生に一度もないかもしれないシーンに立ち会っているような、そんな感覚。

 ただし、今回は主人公ではない。あくまで私達は傍観者だ。

 だから今度は主役としてこの瞬間を、いつか、もう一度見れたら……。

 私は自分の中で、何か大きなものが膨れ上がるものを感じた。こんな感覚は初めてで、自分でもどう言う感情なのか説明できない。

 戸惑っていると、ジョセフがどこか確信めいたように言った。


「俺さ、いつか必ず親父を越えてやるんだ」


 隣を見上げると、ジョセフは変わらず舞台を見つめたままだったが、それまで堪えていたものが頬を伝っていた。

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