180(終).負けイベントに勝利した。
――意識が暗闇の中にある。
「……ぃ」
ゆさゆさ、と。
「…………なさい!」
ゆさゆさ、と。
「しっかりしなさい!」
ボクの体が揺すられている。
何かが身体に張り付いた感覚と、気怠さが全身を覆う。とはいえ、声がハッキリと聞こえてきたところで、ボクはゆっくりと目を覚ました。
「ここ、は――?」
「んわぁ! 急に起き上がるんじゃないよ、びっくりするじゃないか!!」
そして、それに驚いたのか、ボクの顔を覗き込んでいた少女が飛び退く。失礼な人だと、起き上がって周囲を見渡した。
そこは川で――ボクは、どうやら溺れていたらしい。ボクも少女も、同様に水に濡れていた。
「い、いや、ともかく大丈夫そうなら何よりだ。君、自分のことが分かるかい?」
「ん、えっと――」
思い出す。
思い返す。
ボクはそうだ。
行ってきますと彼に告げ、
勝ってこい、と送り出されたのだ。そして――
――目の前に、見知った顔がある。
目を引くような女の子だった。
目鼻立ちがはっきりしていて、世に二人とはいないのではないかというほど顔立ちが良く。流れるプラチナブロンドは肩の辺りでまとめられていた。
齢は十八、ただ、少し背丈が小さくて、なんというか“何年も年をとっていない大人”のように見える不思議な雰囲気を持っていた。
「大丈夫、だよ」
「まぁ、随分、意識ははっきりしているみたいだしな。うん、なら良かった。とはいえ、この状態じゃあお互い寒いだろう」
「……寒い」
ふと、彼女に言われて自分の感覚を自覚する。
凍えるような、身体の芯から何かが抜けていくかのような。震えが止まらないこの感覚は、そうか。
「これが、寒さ……」
ぎゅ、とボクはずぶ濡れになったローブを抱きしめて、その寒さを堪能する。ああ、寒い――けれど、心地よい。
だって、こんなにもボクは寒さを感じているのだから。
「……いや、どうしたんだい?」
「ううん、なんでもないよ――」
少しだけ笑みを浮かべて、ボクは彼女を正面から見た。
「ねぇ、ボク、この世界のこと、全然知らないんだ。――よかったら、教えてくれないかな?」
「ううん? よくわからないが、今この世界は大罪龍と概念使いが……じゃない、はやく身体を温めよう、ええっと、君は――」
色々と、彼女はボクを心配してか声をかけてくれる。
そのことに嬉しくなりながら、ボクは振り返るように空を見上げた。
この空の向こうに、彼は待ってくれているだろうか。
わからない、けれど――確かにつながっているのだ。可能性がある限り。
いつか、この空の下、僕たちは出会う時が来る。
「っと、私から名乗ったほうがよかったか?」
ふと、彼女がそう言って、立ち上がるとえへんと胸を張る。ボクより小さいな……
そして、
「私は、紫電のルエ、一応、大陸最強と呼ばれている。君は?」
そう、呼びかけられてボクは――
「ボクは――敗因のマキナ。これからよろしくね? 師匠」
覚悟と決意。
それから――楽しみを胸に秘め、高らかに、
ボクの敗因を、ひっくり返すために名乗りを上げた。
◆
――喧騒だ。
少女たちは、人混みの中に放り込まれていた。
「なのなのなのーーーっ!」
「ぬわー」
リリスと百夜だ。
ふたりとも、周囲から圧倒的に視線を集めながらも、人混みに揉まれて、あちらこちらへと流されている。ここは、二人がこれまで体験してきた喧騒とは、まったく別種のものに塗れていた。
「ぬー、た、大変な目にあいましたの」
「今も大変な目に見られている……いっぱい……」
――そして、喧騒を抜け出せば、今度は凄まじい勢いの視線をリリスがあつめていた。なにせシスター服に、更には非常に目を引く体型をしているのだから、二重の意味で視線を集める。
二人して、ここがどこなのか、全く解っていなかった。
「こんなに人がいっぱい。見たことないですの!」
「私も、知らない」
――百夜がしらない、というのはおかしな話だ。仮にも一つの世界の歴史を数百年見つめてきた彼女の知らない場所など、そうそうあるはずがない。
随分と遠い可能性にたどり着いてしまったのだろう。
「それにしても――」
「ぬーん」
リリスが改めて、周囲を見渡して。
「建物高いですのー、というか、なんというかどこかで聞いた覚えがある気がしますの」
周囲の建物は、どれもがライン公国の白のように、非常に高層の建物だった。どれも見たことのない材質、形で、リリス達の世界とはかけ離れていることが分かる。
「もしもしー、申し訳ありませんの―」
と、近くの人に声をかけても、即座に逃げるようにその場を去られてしまう。しばらくリリス達は話を聞くために奮闘したが、声をかけてくれるものはいなかった。
「つかれましたのー、この世界はリリスたちの世界のお金も使えなさそうですの」
「喉乾いた……」
二人して、道端に腰掛ける。相変わらず視線に晒されているが、二人はもはや気に留める余裕もなかった。何につけても金もない。
もうこうなったら、すぐにでもこの可能性を去ってしまおうかと、そう思うほどに。
しかし、
「――惜しい」
「なのー」
もったいないという感覚が、二人は今の所勝っていた。こんな、どことも知れない、全く何もわからない世界へ飛ばされて、リリス達は少しの興奮を覚えていたのだ。、
一度離れてしまえば、もうここに戻ってこれるかもわからない。だから、まだしばらくは離れない。そう思い、またあるき出すのだが――その時だった。
「ん、んんー?」
一枚の絵を見かけた。
それは、この世界ではポスターと呼ばれるもので、二人は見慣れないが、ありふれたものだった。そして、一年か二年貼り付けられてからそのままなのか、少し色あせていたが――
「――これ、百夜なの!!」
リリスは、そこに描かれている少女を知っていた。
というか、目の前にいた。ポスターと、目の前の少女を交互に眺める。やがて、百夜の頬をムニムニし始めた。
「やわらかいのー」
「しゅひをわふれへいる」
百夜のツッコミを無視しながら、頬をムニムニしていると――
「――――――――百夜?」
ふと、声をかけられた。
「え? コスプレ? いやでも、すごく似てる……というか凝りすぎでは……? じゃなくて」
「なのーん?」
「ん?」
――少女が立っていた。十代半ばだろうか、利発そうでツインテールの黒髪が特徴的だ。
「あ、えっと、急にごめんなさい」
「んんんーーーーーー?」
そして、
リリスが何かに気がついたか、凄まじい勢いで彼女に近づき、顔をのぞきこむ。
「あ、あの……なにか?」
「んっ! 似てるの!!」
「え、え?」
おろおろとする彼女の周囲を、リリスがくるくると走り回る。困惑したらしい彼女へ、やがて正面に回ったリリスが、ビシッと指差した。
「ヒューリに似てますの!」
「――ヒューリ……って、兄さん!?」
やっぱりなの! と飛び跳ねるリリス、そう。
「ちょっとまってください!? 兄さん!? 兄さんのことを知ってるんですか!?」
――彼女こそが、リリスたちと旅をした敗因のヒューリ、その妹であり、
二人は彼女から、数日前から、兄と連絡が取れないことを知らされることとなるのだが、それはまた別の話だ。
◆
「――終わった、かな?」
「みたい、ね」
先程から階段の上から聞こえてきた騒々しい音が止んで、暫く経つ。
「……勝ったかな?」
「勝ったでしょ……」
ルエもエンフィーリアも、それが誰か、とまでは言わなかった。信じているし、疑っていないのだから。だから、そこは口にしない。
少女たちは、それでも大きく息をつく。
終わったのだ、と。
「全然実感わかないわね……」
「ま、最後は見送る立場だったわけだしな――」
しかし、とルエは続ける。
「世界との戦いでも、帰ってきてくれたんだ。心配はいらないさ」
「……そうね」
ふと、エンフィーリアは何かを考えるようにルエを見た。
「――ねぇ、あんた。これからどうするの?」
なんとなく気になったのだろう。終わった後に、これからのことを考えるのはとても自然なことだ。ルエも納得し、うなずく。
「一応考えてあるんだ」
「と、いうと?」
「村を、拓こうかな、って」
――それは、父と同じ夢だった。手に届く人々の安寧を守り、明日を夢見て毎日を生きる。父は慕われていた。そんな父のように、自分もなりたい。
ルエのありふれた――どこにでもある少女の願いだった。
「……あいつと一緒に?」
「そ、それは彼が決めることだろ……っ!」
慌てた様子で、嫉妬を混じらせたエンフィーリアの視線を躱す。とはいえ、エンフィーリアも解っている、きっと彼はルエについていくだろうな、と。
「ま、アンタの人生よ、好きに生きればいいんじゃない?」
「……そうだね」
「っていうか、結局アンタ、幽霊になるの?」
――ルエは、エンフィーリアたちのパーティで、唯一寿命を迎える存在だ。その後に幽霊になるわけだが、とはいえ、そうならない方法だって、探せばどこかにあるだろう。
だから、問いかけるのだ。
「私だけだからな、せっかくだ。きちんと生きてみようと思う」
「ふぅん……ついでに子供とか作っちゃったりして、とか考えてるんじゃないわよね」
「失敬だな!?」
エンフィーリアの視線は鋭い。こういう時、嫉妬の大罪龍はその名を体現したように嫉妬する。とはいえそれも、二人の間ではありふれたコミュニケーションだ。
その上で、エンフィーリアも少し考えて――
「――私も手伝う」
「え?」
「え?」
――首を傾げられた。
「いや、まさかついてこないつもりだったのかって」
「……まぁ、そりゃそうよね、結局アタシたちって、これからも一緒にいるんでしょうね」
考えてみればそれもそうだ。エンフィーリアは何気なく決めたが、そもそも何気なく決めるくらい、これは自然な事実なのだ。
「リリスと百夜が帰ってくる場所も、用意してあげないとね」
「そうだな、とはいえ――」
まずは、と階段の上を見上げる。
「――帰ってくるのは、あいつからだな」
そう、全てを終えた大切な人に、想いを馳せた。
◆
――僕は、勝利した。
崩れ落ちた階段を見上げながら、その奥で倒れる強欲龍を見やる。
「――疲れたな」
“もう動けねぇ”
僕はと言えば、階段の下に腰掛けている。ふたりとも、もうこの場からは一歩も動けないだろう。
「最後――皆のことを思い出した」
“てめぇにとっては、それも強さなんだろ”
「そういうこと、だな」
――結局、勝負を分けたのはそれだった。
師匠の懐中時計もそうだが、僕は、僕一人の力で何かを成し遂げられるわけではないのだ。自分のための戦いだって、誰かに背中を押してもらわなければ勝利できない。
――それが、敗因の宿命というやつなのだろう。
「――僕は、恵まれてるよ」
ぽつり、とつぶやく。
「僕には、多くの出会いがあって、その度に、僕は彼らのために戦って、それは僕がそうしたいのもあったけれど――でも、そうしたいと思える人達との出会いも、僕の力に成ったんだ」
師匠が、誰かを見捨てられない人だったから。
リリスが、どこまでも頑張れる子だったから。
フィーが、自分の嫉妬を大事に抱えている龍だったから。
僕の戦う理由が、それになったんだ。
「――アンタを初めて倒した時、僕はここまで戦い続けるつもりはなかった」
マキナが――世界が傲慢龍に僕の討伐を命じていなければ。
僕は、きっと僕が手を伸ばせる範囲の理不尽だけを救っていただろう。だが、そうではなかった。そうではなかったから――ここまできた。
「僕の負けイベントは、アンタを倒すためにあった。でも、それをがんばれたのは、誰かが側にいたからなんだな」
――だから、僕はここにいる。
“そォかよ”
「―ーまぁ、だから僕の強さは誰かの強さだ。そもそも、ここに至るまで、誰かに力を借りっぱなしだったんだから」
三重概念だって、フィーの力があってこそなのだから。
だから――
「だから、最強はアンタだ、強欲龍」
“――”
「だが、勝ったのは僕だ」
“ケッ――”
そうして強欲龍は、大きく息を吐きながら――
“次こそは最強を証明する、くらい言いやがれ”
「ハハ、そうだな」
それが、決着だった。
僕も、強欲龍も、それからしばらく沈黙し――
ふと、気がついた。
「――あ」
遠くに、二つの人影が見える。
誰か――など、考えるまでもないだろう。僕は立ち上がり――
“――ヒューリ”
強欲龍に、初めて名を呼ばれた。
「なんだ?」
“てめぇはこれから、どうする?”
そっちは――と、問いかけようとしてやめる。
その上で、少しだけ考える。
――師匠は、きっと村を拓こうとするだろう、憧れだった父のあとを継ぐように、未来を作ろうとするだろう。それをフィーと一緒に手伝って――
ああ、もしかしたらリリス達は僕という縁で僕の世界にたどり着いているかもしれない。かなり長い時間我慢し続けたのもあるからな。向こうでは数日しか経っていないと思うから、運良く妹あたりと出会って、道が繋がるかもしれない。
やることは、色々ある。
だけれども、それはここで応えるべきことではない。奴は僕が問い返すことももとめてはいないだろう。そもそも、そうしてやりたいことも、やるべきことも。
僕にとっては一言で表してしまえることなのだ。
――この世界には、多くの理不尽があって、それを覆そうとする人がいて。
それと同時に、無数の可能性と、その可能性に否定される者がいる。
理不尽は、挑戦だ。
可能性は、希望だ。
それらは常に、僕の歩く道にある。
強欲龍がそうではないか、奴が求める欲望に果てはなく。
そして同時に、
僕の旅にも終わりはない。
だから答えは、
最初から、決まっているんだ。
そう、僕は――
「僕は、これからも――」
負けイベントに勝ちたい。
負けイベントに勝ちたい 暁刀魚 @sanmaosakana
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