179.想いを束ねたい。

「――ほんとに壊れちゃった」


「なんてこった……」


 ――遠くからそれを眺めていた、二人の少女が唖然としてつぶやく。

 まさか、そんなことはありえないだろうと、思ってはいたのに――彼らは本当にやってしまったのだ。世界の外。マキナとの戦いも、世界デウスとの戦いも乗り越えたはずのあの場所が、見るも無惨に散って果てるのを二人は見てしまったのである。


 それはもう、刹那の出来事であった。万が一を考えて世界の外へ至るための階段まで退避して、様子を眺めていたのだが、段々と崩壊が進むにつれてどんどん距離を取り、二人は遠巻きにそれを眺めていた。

 やがて、完全に崩壊したな、と思ったときには、もうそこには何もなかった。


世界デウスとの決戦も大きな理由のはずさ。だからうん、あの二人だけで完全に破壊し尽くした……とは思いたくない」


「あいつら無事かしら……」


 眺めているだけではわからない。近づこうかと思ったが――しかし、二人の足はすぐに止まった。なんとなく、嫌な予感がしてしまったのだ。


 


「世界の外がどうにか成ったくらいで、二人が足を止めるとは思わない、か」


「奇遇ね、全く同じことを思ったわ。ほんと、大丈夫だといいんだけど」


 ――なんと言っても、彼らは強欲と、敗因だ。どちらも頭の天辺からつま先まで、何から何までバカに染まった狂人である。

 そんな彼らが、その程度で足踏みすることはありえない。


「――思えば、不思議なもんよね。傲慢もそうだけど、あいつら、皆性根が似通ってる」


「それはそうだが、流石に彼を強欲と傲慢と同じに扱うのはどうなんだ? 連中に比べれば善良だぞ」


 流石に、二人の仲間である少年を、大罪にして人類の敵、強欲龍や傲慢龍と同列に扱うのは、少しばかりの抵抗があった。

 もうひとりの少女も、それはそうだけど、とうなずくが、しかし譲る様子はないようだ。


「ものの善悪なんて、一つの可能性の中での立場を分けるものでしかない。プライドレムが人類のためにマキナに喧嘩をうる可能性だってあるんだから」


「……まぁ、なくはないだろうな、と思うのはこの世界の可能性の広さゆえか」


 大罪龍が存在しない可能性をたどった彼女には、笑い飛ばすには難しい可能性だった。


「その上で――あいつは確かにプライドレムやグリードリヒに似てるけど……でも、よ」


「自分を守ってくれるからか?」


だからよ。どこまでいっても、あいつは誰かのために戦ってるんだもの、自分の欲望も、もちろんあるでしょうけど」


 ――誰もが幸せになる道を探す。彼はたしかにそう言っていた。そこが、強欲龍たちとの大きな違いであることも、二人は解っていたのだ。

 そして、その上で――



「――その上で、か」



「そういうこと」


 うなずいて――彼の帰りを待つ少女たちは、


「だったら……だからこそ、、そう祈ってるの」


「そうだな」


 勝利を願って、空を見上げた。



 ◆



 ――倒れていた。

 世界の外へとつながる階段に、僕と強欲龍が。


 両者、ともに無傷ではなかった。僕は三重概念が解除され、二重概念ももう使えない。スクエアだって使い果たした。そして強欲龍はしていた。



 それが、同時に、



 地を叩いて、立ち上がる。


「ハ、ハハハ――」


“ク、ハハハハ――!”


 僕らは、


「ハハハハハハハハ――――!!」


“クハハハハハハハハ――――!!”


 笑っていた。

 ただ、ただ笑っていた。


“やっちまったなぁおい! 跡形もないぜ!!”


「そうだな、ああ、そうだ! もはや何も残っていない!」


 世界の痕跡も、マキナの鳥かごも、もうここにはなにもない。マキナが帰ってきたら、果たしてあいつは何を思うのだろうな。

 まぁ、怒られるだろうということを感じ取りながら、僕らはしかし。



「じゃあ、続けようか」


“そうだな”



 ――まるで何事もなかったかのように、戦いを再開した。



 剣を振るう。叩きつけられた拳を真っ向から弾き、更に踏み込み、もう一閃。明らかに、強欲龍の動きは精彩を欠いていた。しかし、だとしてもまだ互角には至らない程度に、大罪龍はスペックが高い。

 加えて、僕は現状一撃でも受ければそれで終わりだ。まるで、最初に強欲龍と戦った時に戻ったかのように。


“クソが、痛む、痛むぜ。俺の魂が、悲鳴を上げているかのようだ!”


「そうだろう。それが概念崩壊だ。動けるだけでも、アンタは十分称賛に値する!」


 強欲龍の動きが鈍っているのは、概念崩壊だ。流石に、こればかりはこいつも無視するわけにはいかないらしい。


 階段の段差を使って上を取り、斬りかかる。それに合わせて拳が飛んでくる。互いに弾かれ、飛び込んだ。


 剣が上に弾け、拳が飛んできたのを回避して、ケリを叩き込みながら移動技で上を取り、熱線をギリギリで躱して後方へ回る。

 打ち合い、ぶつけ合い、探り合う。


 隙は、一瞬でもいい。


 決着は、一撃でいい。


 しかし、


 一瞬でも隙があれば、死が待っている。


 一撃でも入れば、それで十分だ。


 戦いは、極限まで至っていた。


 そして、お互いに意識を研ぎ澄ませる度に、


「――――」


“――――”


 僕たちは、その攻撃が、合一していくのが分かる。

 テンポが、呼吸が、踏み込みが、すべてが重なり合っていく。


 僕が強欲龍であるようで、


 強欲龍が僕であるようで、


 僕らは、互いの行動が、まるで手にとるように分かるのだ。


 ああ、これはなんというか――悪い感覚ではない。

 ただ、高みを求める過程に、執着を目指す旅の中で、


 ――こんな、ただただ前に進む時間も、悪いものではないのだろう。


 いつまでも続けていたい。しかし、そう思うからこそ分かる。この攻防には終点がある。僕たちがこうして、お互いの考えを読み続ける限り、やがて結末に自然と行き着くのだ。

 なにせ、どこまで行っても――


“オ、ラァ!”


 剣が吹き飛ぶ、僕は即座に後退し、迫る熱線をギリギリで回避する。そのまま転がった剣を手に取ると、一気に肉薄する。


 ――どこまで行っても、素の僕のスペックが強欲龍を上回ることはないのだ。


 攻め込むしかない、チャンスは一瞬、一度切り。だからこそ、そこで決着をつける。


 ああ、この感覚は、――この一瞬は。


 



「――強欲龍! 行くぞ!! 全身全霊、全てを賭して! 僕を止めて見せろ!」



“ハッ――上等だクソッタレ! てめぇの旅の終わりに、てめぇの敗因を刻んでやるよ!!”



 今度は――いや、どこまでいっても、僕はあくまで、として。


 僕は、剣を振るった。振るった剣を、のだ。


“んなもん!!”


 弾かれる、そこへ、


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”!」


 弾くために振るった拳の下へ、滑り込む。手には、新たに剣を生み出して、


“天地破砕!”


「“S・Sスロウ・スラッシュ”!」


 強欲龍の破壊を、無敵時間で透かす。だが、効果時間は一秒では終わらない。斬撃も、届く位置ではない。それが解っているから、僕は――


「“B・Bブレイク・バレット”!」


 コンボを繋げる。


 そう、


“来るかよ!”


 ――SBS、


「これで、終わりだよ――!」


“――――!”


 僕はそのまま、。そう、そもそも僕はSBSをもう使えない。世界のバグは消失し、もう意味を成さないのだから。


 だから、


 そう、という状況を作って。

 天地破砕がある以上、この場でそれをくぐり抜ける方法はSBS以外に存在しない。でなければ概念崩壊し、倒れるだけなのだから。


 だが、構わない。

 概念崩壊しようが、のだから。


 だから、これで終わりだ。最後の決着は、あの時と変わらない。


 のだ。


 そう、確信し、しかし――



 僕は概念崩壊しながら、宙を舞っていた。



「な――」


“ク、ハハハ――! 正気とは思えなかったぜ、敗因!!”



 そして、だ。未だ、僕の一撃を受けることなく、立っている。宙に、を見下ろしながら、立っている――!


「ま、さか――!」


“あァ、そのまさかよ! 俺ぁてめぇが何をしてくるかは解ってる。だが、まではわからねぇ、てめぇのことはコレでもかと知っているが――”


 勝ち誇り、叫ぶ。


ってことも、これでもかと知ってるんだよ!!”


「――当てずっぽうで、天地破砕を階段の破壊に使ったのか――!」


 そして、僕は落ちていく。浮遊感が落下の感覚に変わり、痛みが身体を襲う。動けない。概念崩壊してはどうしようもない。


 復活液を無理やり使う時間を、奴は許してはくれないだろう。


 最後の一歩で誤った。

 当てずっぽうだろうが、やつの考えは当たっていた。僕は強欲龍の一手を防げなかったのだ。そう、防げない。――あの状況では、僕は手を打つ前から詰んでいた。


“見たか敗因! これが最強! これこそが絶対!! てめぇは強ぇ、だが!”


 それを、見た。



“最強は俺だ。強欲龍グリードリヒこそが、この世界の頂点だ――――!”



 ――僕は、それを見た。



 僕の首元から、落下したことでこぼれだし、宙を舞う。



 師匠の、懐中時計を。を、



 僕は見た。



 ――落ちていく僕に、最後まで勝利を祈る。



 師匠と、フィーの姿を。



「あ、ああああああああっ!!」



 叫んだ。直後、僕から――師匠の懐中時計から、



 が、漏れた。



“な――”



「これ、は――――」



 



 ――それは、そう。

 強欲龍との戦いに、最初の戦いに決着をつけた、その一手が今。役目を終えた時の鍵から――強欲龍の星衣物から漏れている。その紫電が、僕を受け止める。


 紫電の概念起源は、膨大な量の紫電を操ることにある。だからこうして、空中に僕を浮かべることも可能だ。

 とはいえ、これは――何故、と思う。二度目の敗北者の叛逆を使ったことで、時の鍵は役目を終えて機能を失ったはず。しかし、こうして紫電が漏れるということは、これはつまり――


「――限界を超えた、概念起源?」


 使用回数を越えても、概念使いは概念起源を自身の生命力と引き換えに放つことができる。

 どうして、と思う。だが、理由はいらないと直ぐに理解する。だってこれは、祈りによって目覚めたのだろうから。師匠が勝てと、僕に言っている。



 そしてこれは、



 ゲームにおける、強欲龍との決着と同じだった。



「――――強欲龍!!」


“ハッ――どこまで行っても、てめぇはてめぇだな!!”



 ――僕には仲間がいた。帰りを待ってくれる人がいた。確かに、僕は一人では詰んでいる。だが、何時だって僕は、誰かと一緒に負けイベントをひっくり返して来たじゃないか。



!! 僕は敗因! 誰かとともに、自分と誰かの敗因をひっくり返すものだ!!」



!! 俺ァ強欲! 己のすべてを賭して、高みへとたどり着いたものだ!!”



 ああ、最強ごうよく、確かに、勝ったのは君だよ。


 僕は敗因だ。敗者の運命を定められたものだ。


 でもな―――――――



「“V・Vヴァイオレント・ヴォルテックス”!」



“強欲裂波ァ!!”



 ――僕には、僕を支えてくれる人たちがいて。



「おおおお、ああああああああああああああああああああああああっ!!」



“ぐ、おおおおおおおおおおおおおおッらああああああああああああ!!”



 僕には、んだ!!



 紫電と、熱線がぶつかり合う。



 想いは、やがてひとつへと束ねられ。僕の背中を押し出して、



 そして、



 ――――そして、



 世界に、その頂に。



 紫電の花が、鮮やかにも咲き誇った。

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