178.心の底から叫びたい。

「よし、行きますの」


「ん」


 ――戦場から少し離れたところで、リリスと百夜が口を開いた。

 二人が行くということは、この世界から去るということ。旅に出るということでもある。隣で戦況を見守っていた師匠たちが、少し驚いて目を向けた。


「もう行ってしまうのか?」


「結果、みなくてもいいの?」


 ――まだ戦いは終わっていない。

 三重概念すら起動して、完全に趨勢を決定させる腹積もりの二人に、しかしリリスたちは目を向けてから、首を振った。


「アレは戦いの終わりですの。旅の終わり、終着点ですの」


「見てたら、それで満足しちゃいそう」


 ――アンサーガの衣物で、二人は一つの世界に留まることができるようになった。何なら旅に出ないという選択肢だって存在する。

 それを、敢えて選ぶということは、二人なりに旅が楽しみだったからに他ならないのだ。


「もうすぐ、あの二人は自分の旅にケリをつけますの。そうしたら、あの二人はまた新しいことを始めるか、満足して終わらせるか、どっちにしても、リリス達は見てたら行けないんですの」


「そういうものかな」


 ですの、とリリスは跳ねる。

 ――だとしたら、フィーは少し考えて、そして問いかけた。


「じゃあ――あの二人、どっちが勝つと思う?」


「わかりませんの、でも、応援してるのはあの人ですの」


「ですの」


 二人が、共に旅をしてきた仲間へと、最後の決着をつけようとする二人へと声をかける。向こうは集中していて聞こえないだろうと、解ってはいるものの――


 しかし。


 ――僕はそれに気がついて、拳を天高く振り上げて、それに応えるのだ。行って来い、と。自分の旅をしてくるのだと。



 ――リリスの言葉は、それ以上なかった。

 行ってきますとは、聞こえなかったし、なによりもう、必要なかったからだ。



「――しかし、私達もそろそろ離れたほうが良さそうだな」


「どうしてよ」


 ふと、師匠がそんな事を言う。


「――――この戦い、この世界の外が、か、わからないんだぞ?」


 そんな言葉に、フィーは嫌な納得とともに、立ち上がるのだった。



 ◆



 ――世界が震える。地が割れる。

 天を切り裂き、空を描く。僕たちは、何もかもを吹き飛ばしながら、なにもない空間すら薙ぎ払いながら突き進む。僕たちが突き進んだ後は、が失くなっていた。

 空間ではない、時間でもない、生命でもない。ただたしかにそこにあったなにかが。


 削がれて消えていくことが分かる。


「ッ! オオオオオオオオオオオッアアアアアアアアアアアアア!!」


“ヅ、オオオオオオ、ッッラアアアアアアアアアアアア!!!”


 一閃。

 


「ッダアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


“グ、アアアアアアア、オオオオオオオオオオオッ!!”


 衝撃。

 



 砕けた地平の上と下。僕が下で、強欲龍が上。即座に、飛び込んでその差を埋める。――剣が、一対の斧へ叩きつけられる。互いに一本ずつ。

 それは互角だった。


“ヘッ、ここにきて、ようやく力の差が埋まったか!”


「アンタが随分俊敏に成っただけじゃないか!」


 互いに弾き飛ばされて、着弾。

 戦場に一瞬の静寂が満ちて、直後、


 ――空間にヒビが入った。


 中央で、僕たちが戦っていた。


 その後。広い広い世界の外のあちこちに、ヒビと破裂が生まれ、その度に振動が奔る。リリスや百夜が旅に出て、師匠たちが退避したことで、もはや何一つ遠慮はなくなっていた。


 崩れ、崩れ、崩れ落ちるまで、僕は存分に剣を振るっている!!


“――行くぞォ!”


 そこから、一歩踏み込んできたのは強欲龍だった。

 ヤツは斧を振りかぶり――それを投げつけてくる。隕石かなにかのような猛烈な爆発は、しかし単なる牽制に過ぎないのだ。空間の破裂から飛び出した僕に、


“『F・Fフィナーレ・フィスト』ォ!”


 拳が迫りくる。


「ぐ、おおっ!」


 無敵時間で躱す。強欲龍が僕をすり抜けて、着弾。そこに突き刺さっていた斧を握り――


“『L・Lルーズ・ロスト』!”


 横薙ぎが、こちらまで飛んでくる。

 慌てて飛び退いて、更に距離を取る。

 しかし、追いついてくるのだ。間違いなくヤツならば。


「“D・B・Bドメイン・ブレイク・バレット・・Wライティング”!」


 無数の散弾を生み出し放つ。少しでも強欲を止められればと思ったが、無駄だった。あいつは――攻撃を無理やり突っ切ってここまで迫ってくる!


“『W・Wウィニング・ワイルド』!”


「――ッ!」


 斬撃の衝撃波だ。それを盾にしている。もちろん、いくつかは着弾するが、それでも強欲龍は倒しきれるはずがない、ならばやつにためらう理由がない!


「“D・D・D・Gドメイン・デフラグ・ダッシュ・ゴーイング”!」


 ならば、僕もまた飛び込む、狙いはバフの消去。やつのコンボは無視できない段階まで完成しつつある。こちらはまだ溜まっていないというのに!


“――焦れたなぁ! 敗因!”


 しかし、のだ。迫ってくる僕に、強欲は横っ飛びへ飛んだ。通り過ぎていく僕から距離を取ったのだ。


“『P・Pパニッシュメント・プロテクション』!”


 ご丁寧に、防御技でコンボを完成させて――



“まずはこっちから食らっとけ!! 『天地破砕・強欲裂波ワールド・エンド』!!”



 ――終末をたたき込む。

 僕は、


「だ、あああああああああっ!!」


 それに、から突っ込んだ。


“ぬ、おおお!?”


 さすがの驚愕。――解っているんだよ、これが焦れた選択で、それを強欲龍が対応してくることくらい。だから、二の矢は最初から存在している!


「“D・D・Dドメイン・デフラグ・ダッシュ”!」


 ――加速の勢いそのままに、三重概念ではない概念技で更に加速、二重の加速は、やつの一撃が放たれるよりも早く――僕をやつの後方へと滑りこませた。


“この、野郎――!”


 そのまま、一撃を放った強欲龍が振り向く。その時――後方が崩れ落ちた。


 これまでの長い長い戦闘で、この世界の外が限界を迎えていたのだ。ボロボロになって崩れていき、そうして気がつけば、強欲龍の後方は


「とんでもないな――」


“ハッ、何より欲するものが俺にはねぇんだよ”


 そうだ。

 確かに世界の外を破壊した一撃は、何も事を成せていない。僕らは互いに、どちらも勝利を掴んでいないのだ。


「――だが、隙になったぞ、強欲龍!」


 そして、やつの攻撃をくぐり抜けた後は、僕の必殺だ。世界すらも黙らせる、必殺の大剣を掲げる。


 最上位技――



「“D・L・Lドメイン・ルーザーズ・リアトリス・O・オリジン”!」



 ――一撃を、振り下ろす。


“ハッ――『P・Pパニッシュメント・プロテクト』!”


「――防御技だと!?」


 理解できない。その程度でこの一撃が防げるものか。多少の拮抗なら可能になるかも知れないが、だとしてもそのまま振り抜くだけだ。


“――――一瞬で十分なんだよ”


「ッ!!」


 強欲龍の言葉通りに、


 一瞬の拮抗。直後――



 



 狙いはこれだ。即座に態勢を崩した強欲龍が、大剣の勢いで下へ落ちていく。剣のリーチよりも先へ、凄まじい速度で落下していったのだ。

 切り落とせなかった。その衝撃に一瞬思考を巡らせる。


 だが、



“強欲裂波ァ!!”



 ――熱線が遠くから飛んできた。概念化していない一撃は、三重概念の剣で悠々と切り裂ける。だが、それでも僕は一瞬で現実に引き戻された。


“どォした! 迷ってる暇なんざねぇぞ――!”


「――そうだな!!」


 叫び、僕も崩れ去った世界の地を抜けて、強欲龍に肉薄する。


 ――空間を二つの破壊が駆け抜けた。空中という概念すら支配下に置いて、自由に移動が可能な僕と、もとより飛行能力を有する強欲龍。互いに三次元などもとよりただの足場に過ぎない。

 何より、今は空間すら打ち破り、下手すれば突然後ろから強欲龍が襲ってくる。僕らは四次元すら越えたのだ。


 あらゆるものを踏みにじり。

 あらゆるものの上に立ち。


 ――この世界には、もうマキナも世界デウスもいない。



 



 それが、今。

 ――決着がつこうとしている。


 強欲龍の二重概念には時間制限があり、三重概念はそもそも世界の外でしか維持できない。二重概念の解除と、世界の外の崩壊はほぼ同時だろう。だというのなら、決着はもうすぐそこまで迫っているのだ。


“――敗因!”


「何だ!?」


 音も、時間も、光すらも越えた速度で戦う僕らは、もはや自分がどこにいるのかも解っていない。崩れ落ちて、段々と存在のできる場所が少なくなっていく世界の外で、ただお互いだけが、目指すべき標なのだ。



“――――叫べ!!”



 ただ、一言。

 だが、何よりも雄弁な一言だ。


「――お前の方こそ!」


 笑みを浮かべて、僕は返す。


 ――――なぁ、世界よ。


 僕をこの世界に呼び寄せたアンタに、この可能性は覗けたか?


 アンタは僕を強欲で破壊しようとしたのだろう。僕に死を与えるならば、強欲こそがふさわしい。なのだと。

 僕を呼び寄せるなら、それこそ敗因でなくてもよかったはずなのだ。


 死にゆく定めは、何も敗因に限った話ではないのだから。いっそ、新しく作ってしまってもいい。だが、だとしても、でなければならなかった。

 それが、アンタにとって一番の間違いだとしても。



 のだ。



 結果、そうなった。



「――強欲龍ッッ!!」


“敗因――ッッ!!”



 世界よ、聞け。

 これから再生し、新たな可能性となる機能よ! 僕はここにいる! 敗因は、勝利する!!


「見つけたぞ、僕は僕の根底を! 答えを! アンタの問いの答えを!!」


 ――ああ、それは。


 最初から、僕の中にあったんだ。



「僕は負けイベントに勝ちたい!!」



 剣を構え、強欲龍と肉薄する。


 これが最後だ。


 ――思い出す。

 



「――それは!!」



 何を、思っていたか。

 失うはずだったものを救いたい、師匠を救いたい。



 ――そして。



「アンタを、倒すためだ――――!!」



 大剣が、大斧が、同時に振るわれる。

 コレが最後だ! 高らかに叫べ! 希望を込めて! 熱意を込めて!!


“行くぞ、敗因――――!!”


 言葉はない。


 もはや想いは必要ない。



 後は力だ。



 ――この旅が、



 歩いてきた道筋が、



 僕を勝利へと導いてくれるなら、



 その答えを、ここで証明する!!



「“D・L・Lドメイン・ルーザーズ・リアトリス・O・オリジン”!」



“『天地破砕・強欲裂波ワールド・エンド』!”



 かくして、最強の一撃は放たれて。



 世界の外は――決戦の舞台は、崩壊した。

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