177.底を知りたい。
人は、戦うためには理由がいる。
誰かのためだったり、自分のためだったり。他者を攻撃するということは、守るにしろ手に入れるにしろ、欲望が、渇望がそこには宿っている。
無心のままに拳を振るえるものはいない。
拳を受けて、それを無風で受け流せるものもいない。
僕にとっての負けイベントは、欲望だった。
大雑把に言ってしまえば、たとえそれがただの強敵との戦闘だろうと、負けイベントと思ってしまったほうが僕にとっては強さになる。活力になるのだ。
だから、倒さなくてはならず、一度でも負ければ何かを失ってしまうような戦いは、僕にとっては負けイベントなのだ。
――根底にある、負けイベントとは何かを僕は悟った。では、今度はもっと表面的な話だ。
強欲龍は僕にどんな言葉をもとめてそれを聞いた?
僕はどんな言葉を、他者へ向けて語るのだ?
負けイベントに勝ちたい。
とても、とてもシンプルで、それでいて僕を端的に表す言葉だ。しかし、それをより正確に言葉にするとき、僕はその努力をしてこなかった。
するべきことは前に進むこと。
戦うための理由は高らかに語る必要はない。
それが、分かりあえる相手でないならなおさらだ。
だからこそ、僕は僕の道を探す必要があった。――それを見たとき、僕は他者に、なんと言葉を向けるべきだろう。その答えは――まだ、見つかっていなかった。
◆
剣が、斧とぶつかり合う。
激しくがなり合う音に、僕らは更に力を強くする。上段から降り注ぐ一撃を、横から受け流すように弾き、横から飛んできた一撃を、身をかがめて躱した。そのまま斬りかかる。
斬撃。
攻撃は片腕に防がれた。こいつのスペックはこういうところに発揮される。そのままもう片方の手で斧を振るわれては、僕としては溜まったものではない。
なんとかもう一刀で受け止めて、手で受け止められた剣を捨て、手を前に突き出し――
「“
散弾をたたき込む。
“『
それを、奴は概念技の横薙ぎで僕ごと振り払った。
――直撃はない、衝撃にのって、僕は後方へ退避していた。
“チッ、ちょこまかと!!”
「アンタが強引すぎるんだよ!!」
言葉を交わしてから、さらにぶつかり合う。
剣を叩きつけながら後方へ回り、そこへ更に範囲攻撃が飛んできて、浮き上がったところを狙われる。更に衝突、吹き飛ばされ――また飛び込んでいく。
“ふわふわしてんじゃねぇぞ!”
「そっちは乱暴すぎるだろうが!」
お互いに、お互いがやりにくいのだろうな、と僕は強く感じていた。
こちらが攻撃しても、強欲龍はびくともしない。だが、強欲龍が決定的な攻撃を叩き込もうとすると、僕はのらりくらりとそれを躱してしまう。
戦闘は非常に流動的であったが、膠着しているとも言えた。どちらが一つもミスをしなければ、このまま永遠にそれを続けるのではないかというような。
不死身という狙うべき枷もなく、スクエアの使用期限という制限もない。
今の僕たちは、どこまでもフラットに、ただただ無心に剣を振るうことのできる状態だと言えた。
「こいつがなかなか、楽しくて仕方がないな!」
“ハッ、否定はしねぇが――俺ぁそろそろ変化がほしいぜ!”
上段から剣を叩きつけ、それを弾かれて、僕たちは距離をとって正面から向かい合った。呼吸の音が、心拍が嫌に大きく聞こえる。
疲れはない、概念化しているのだから当然だが。
しかし、どういうわけか、僕はそれに疲れを覚えているようだった。
興奮も、長続きはしないということか。
“――そうさな、敗因。てめぇの根底にあるものは、よく解ったぜ。負けたくねぇってのは、そりゃあ当たり前の感情だろうなぁ”
「どうした、いきなり」
“聞けよ――ならよぉ、俺ァ俺の底がわからねぇ。強さの底、欲望の底、俺にぁ底があるんだろう。なんならそれは、てめぇみてぇに一言で表せるもんかもしれねぇ”
「…………」
強欲龍の底。
――信条という意味ならば、僕はそれに応えることができるだろう。いや、そもそも他者に問われるよりも前に、奴は答えを出しているではないか。
欲望だ。どこまで行っても、強欲龍の行動には欲望以外が存在しない。
だが、それでも――ふと、僕は思うところがあった。
「意外といえば――アンタ、随分と我慢がきくんだな。僕との決着――自惚れかもしれないが、今のアンタの生きる目的だったんじゃないか?」
“ハッ――かも知れねぇな!”
強欲龍が、突っ込んでくる。
――珍しく、攻防は僕が受けに回った。明らかに、強欲龍の動きが前のめりになっていたのだ。そこには何かしらの意図が感じられた。
「――アンタはッ! 自分の欲望だけで生きているッ!!」
“それがどうしたってんだよォ、なぁ!!”
斧を弾き、一歩後ろに下がりながら散弾で牽制。襲いかかってくる概念技に無敵時間をあわせ、更に攻撃を重ねる強欲龍の一撃を受ける。
「そのアンタが、本命を後に取っておく理由はなんだ!? 他に欲望があったとしても、マキナと戦う理由があったとしても、アンタはそれを無視することもできただろう!」
――強欲龍は、ゲームにおいても封印される前と後で、少しばかり描写に差異のある存在だ。最強に成るという目的のためなら、多少の我慢を奴はする。だが、封印される前はそんな我慢などやつにとっては大敵で――つまり、封印の際に、何かしら思うところがあったのだろう。
今回で言えば――僕に倒される、後と前。
“――かつて、お前に敗れる以前、俺の前に敵はなかった”
それは、強欲龍の語りだった。
――攻撃の勢いは激しさを増している。それと同時に、やつの狙いも解ってきた。少しばかり焦りながら攻撃を加えるが、強欲龍はそうそう揺らがない。
“だが、お前たちに俺は破れた。俺が最強でないことが証明された。最強でないやつの強欲が、誰かに許されるはずがあるか?”
「アンタは――」
――強欲龍はつまり、自分が最強だから、強欲は許されて当たり前だと思っていたのか? そして、最強が否定されれば、ヤツは強欲が許されないのだと考える。
振り下ろされる斧を弾いた。しかし、そこに宿る力が増しているのを感じた。コンボによるバフが、ヤツの背に力を与えている。
“最強じゃねぇ俺に、誰が挑む! 誰が憎悪を抱く! 俺ァ強欲であるために!! 誰よりも強くなきゃいけねぇんだよ!!”
それは、ある種傲慢とは対極的な考え方だった。やつもまた、人類の敵として、自分を確固たる存在たらしめるために最強を自称した。
しかし、傲慢にとってそれはアタリマエのことであり、そうでなくては奴は傲慢たり得ない。
強欲龍はその反対だ。強欲であるためには最強でなくてはならない。傲慢が傲慢の自然なのだとしたら――強欲龍にとって強欲は、
「――強欲を、目指していたのか」
ぽつり、と口にしたとき。
――僕は強欲龍の底を見た。
遠く、遠く。
誰よりも遠い、何よりも遠くにある底へ、強欲龍は足を進めていた。たどり着けるかもわからない、たどり着いたところで、満足できるかもわからない。
ただ、歩いていた。
故に、力を込める。叫ぶために、高らかに言葉を紡ぐために!
「強欲龍――――!」
“お、ぉおおおおっ!!”
概念技と概念技がぶつかり合う。無敵時間が、衝突が、互いの攻撃を弾き飛ばし、けれどもコンボを継続させる。奴がそうするように、僕もまた、コンボの完成を目指す。
そうだ。強欲龍の狙いは最上位技。――否、それと同じ条件で至ることのできる高み!
「――アンタは旅をしているんだ!! 強欲の旅を、終わりのない旅を続けている!!」
剣が、斧を弾いた。一瞬、あちらが受けに回ったのか、こちらが上回ったのか。だが、直ぐに強欲龍は持ち直し、斧を握り込み、振るう。
「目指さなければ強欲は強欲じゃないんだ! 目指すことで欲望は存在を許され、そうでないのなら、お前の中の欲望は完成しない!」
“何が言いてぇ!”
互いに距離を取り、そして踏み込む。
「アンタの強欲の底は、僕だ! 少なくとも、今は!」
“――”
激突の直前。
互いの顔をみた。
驚きと笑み。強欲龍は笑っていた。そして、表情を意識したことで――
“――それは”
――僕も笑っていることに気付くのだ。
“てめぇも同じだろうがァ!!”
攻撃が、強欲龍の一撃が僕の一撃を振り払う。コンボは途切れていないが、形勢は傾いた。
“てめぇは俺という、てめぇが叩き起こした、災禍を祓わなけりゃ戦いが終わらねぇ! 同じことだ! てめぇの旅ってやつは、俺が終端なんだよ!!”
「――――!」
“よく解ったぜ敗因。てめぇが俺を倒さなきゃ、その負けイベントってやつが終わらねぇように!!”
つまり、それは。
“俺ぁ俺の欲望を完成させるために、てめぇを倒さなきゃならねぇんだよ!!”
――僕の底もまた、強欲だったのだ。
今、僕たちは向かい合っている。攻撃の刹那、ただ互いに勝利をもとめて剣を振るうだけの一瞬で、しかし。
僕たちは、無限にその瞬間を目指していた。
“決めるぞ、敗因――!”
「行くぞ、強欲龍――!”
そして、
僕たちは同時にコンボを完成させる――!
「“
“『
直撃は、そして。
◆
――気がつけば、僕は大きく吹き飛ばされていた。
強欲龍も同様だ。互いに立ってはいるが、立ち直るまでに一瞬を有した。
その上で、
強欲龍は笑っている。
“ク、ハハハハハ! そうだ! そうこなくっちゃなぁ!!”
僕は――
「――――行くぞ、強欲龍ッ!」
フィーによって目覚めた、最後の力へ手をのばす。
「――ちょっと!? 大丈夫なの!?」
「落ち着け、スクエアを使わなければ大丈夫だとアンサーガも言っていただろう」
遠くからフィーと師匠の声が聞こえる。
――それが、少しの間遠のいた。自分の中のすべてが一つに、孤独になっていく感覚。やがて、それらが目を出して。
――三重概念を起動する。
“そうだ! そいつを俺は越えなきゃ、勝利にはいたらねぇ!”
「――僕も同じだ。今のお前に勝ったと言えなくちゃ、僕はこの戦いを終わらせられないんだ」
二重概念の大罪龍が。
三重概念の概念使いが。
正面から向き合って。
――飛び出した。
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