176.不死身を引き剥がしたい。
――負けイベント。
今更、その定義をやり直す必要はないだろうが、改めて立ち返ってみると、僕はこれまでの戦いを、何から何まで負けイベントに扱っていたように思う。
ただ勝てない戦いだけじゃなく、ただ強いだけの敵すらも、僕にとっては負けイベントだったのだ。
それは、僕が負けイベントを覆すということをモチベーションとしてきたという意味もあるが同時に、僕の敵はどいつもこいつも強いやつばかりだったということでもある。
百夜、そして強欲龍から始まって。
――マキナ、そして世界との決戦。僕は多くの強敵と戦ってきた。そのすべてが、勝つ可能性よりも負ける可能性のほうが高く、積み重ねれば世界すらバグらせてしまうほどに、低い可能性をくぐり抜けてきたのだ。
そうしていくうちに、僕の中で負けイベントは勝ちたいと思うものではなく――勝って当たり前のことになっていたのではないか。
そうしなければすべてが終わってしまうから。
僕という可能性が終わってしまうから。
――強敵がいた。
それを仲間たちと打倒して、
僕は有る意味、天狗になっていたのかも知れない。
――そうしてたどり着いた最後の戦い。強欲龍とのタイマン。必要なことであるが、何もタイマンで戦う理由はどこにもない。
だとしても、これはそうしなければ終わりにならない戦いだ。
つまり、これは僕の個人的なワガママの故に生まれた戦いなのだ。
だからこそ、それは義務ではなく決意に変わる。
強欲龍に負けイベントとは何かと問われ、僕はそれに気がついた。
故に、この戦い。
僕の中にある勝って当たり前が――
――勝ちたいに回帰していた。
剣を抜いて、戦う理由を明白にした後に、僕は強く感じた。
この戦いを最高のものにしたい。
過去を超え、未来へ向かう。
今にしか許されない第一歩として、
僕は僕を描きたい。
負けイベントに勝ちたいと、そう叫び続けて旅の果てまでたどり着いてしまった。あまりにもバカで、頑固すぎる僕という存在の――
根底に、この戦いを経て潜っていくのだ。
◆
「う、おおおっ!」
大きく吹き飛ばされて、なんとか地に手を付けて、何度かバク転しながら態勢を立て直す。強欲龍は――追撃を放っては来なかった。
止めを刺しきれる状況ではないと判断したためだろう。
――攻勢は一方的だった。
純粋に通常の概念化では、概念化していない強欲龍すら、まともにやり合う事ができないのである。攻撃をなんとか受け流し、一方的に攻め立てられるのを、なすすべもなく受けるしかない状況。
純粋なパワーで敵わず、地を震わす踏み込みと、直線的な熱線の嵐をなんとかくぐり抜け――
「やっぱり、このままじゃ一撃を入れることすらできないか」
デバフが入れば、抑えてくれる人が誰か一人でもいれば、その間に距離を詰め、コンボを稼いで戦うことができるだろう。だが、それはこのタイマンでは絶対にかなわない。
“ハッ、一方的にやり込める気分は悪かねぇが――次があると解ってるのに、てめぇの遊びに付き合うのは癪だ”
強欲龍は、吐き捨てるように言う。
弱者にも奪う価値を見出す強欲龍らしい――悪く言えば、弱い者いじめが好きなヤツは、こちらの攻防に多少は付き合ってくれるものの、もはや限界だろう。
何より、やつの言う通り――
“さっさと来いよ、敗因!”
「――言われなくとも!!」
――僕だって、これ以上は無駄足を踏む理由はない!
駆け出しながら、叫ぶ。通常の概念化で強欲龍と対決するなら、これを使わなければ土俵に立つことすらできないのである。
「“
青白い光と共に、踏み込んだ足が、目に見えて加速した。そのまま飛び上がり、一息に強欲龍へ、太刀を浴びせつける。
奴はそれを意図して受ける選択をすると、僕たちは拮抗する。
――激突。音が、風がふるえて、僕たちは静止した。
“そうこなくっちゃなぁ! 出し惜しみなんざ、時間の無駄にしかならねぇぞ!!”
「だったら僕もお前も、二重概念と概念化を最初から切るべきだな!」
“それは――”
しかし、やがて拮抗は強欲龍によって破られる。
純粋な力と力の対決では、やはりこいつに軍配があがるのだ。
“――こいつを愉しんでからだ!”
そう、僕たちがわざわざ切り札を出し惜しむのは、お互いのすべてを味わい尽くすため。これは、決着をつけるための戦いであって、相手を破壊するための戦いではないのだから。
――弾かれる。だが、すぐに地に足をつけ、反撃。下段から、一気に斬りかかる。
「“
続く反撃を透かし、一撃を入れた。
それに強欲龍は舌打ちをして、一歩足を引くと、腰を深く落とした。大きな一撃の予備動作――!
「“
後方へ、若干浮かび上がりながら飛び退る。
天地破砕ならこれで問題ない、強欲裂波ならば、ここから無敵時間のある技へ移動すれば良い。そう判断した上で――
強欲龍はその上を行った。突っ込んできたのだ。構えは、前にただ踏み込むためのものだった。
“ハッ、逃げんじゃねぇぞ!!”
僕は――
「――解っているさ!」
叫び、
「“
爆発でやつの視界を覆った。これで、向こうには駆け引きの選択が生まれる。こちらもそうではあるが、故に僕の答えは決まっていた。
ためらうことなく煙の中へと突っ込んでいく。移動技で、滑るように。
だから、
同じように煙を無視して突っ込んできた強欲龍と、衝突する!
それはもう凄まじい勢いで突っ込んだために、お互いに激突と共に振るった剣が、煙を跡形もなく吹き飛ばし、吹き飛ばされた煙の隙間に、拳を振るう強欲龍と、剣を振るう僕が同時に映った。
「――ッ! おおおっ!」
“だああっ! らぁああああっ!!”
そして、互いに吹き飛ばされ、地を滑りながら着地する。――笑み。楽しいと、お互いに笑みを浮かべていた。そのまま、最高速で僕たちは駆け回る。
剣戟の音だけが、広い広い世界の外に響き渡る。お互いに、最高速は軽く越え、概念使いでなければ、大罪龍でなければ耐えきれない速度の中で、がむしゃらに武器を振るった。
「――僕は、アンタを倒すために戦いを始めた! そうしなければ、アンタが大切な人を何から何まで奪っていくからだ!」
“それが俺だろう! 俺と戦うことが、てめぇの言う負けイベントだとでも言うつもりか!”
――手数と、攻撃力は強欲龍が僕を上回る。
代わりに、機動力では僕がやつを上回っていた。故に、飛び回る僕をヤツが受け流しながら、反撃をたたき込む形で戦闘は推移する。
やつの周囲をぐるぐると飛び回りながら、言葉と言葉が飛び交った。
「それも戦う理由の一つだ! 負けたくない戦いだからこそ、僕は心を燃やすんだ!」
“ならそれでいいだろうがよ! 何だってそこに余計な装飾を入れる!”
「人は――お前みたいに単純じゃないんだよ!」
――そうだ。
僕は単純だが、単純ではない部分もあるのだ。――白光が僕の精神を支えてくれていたとはいえ、僕にも恐怖や萎縮というものは存在する。強欲龍とだって、あのタイミングでは叶うことなら戦いたくはなかったのだ。
それでも、師匠が助けを求められたら断れないし、断ることで僕自身も気に病むだろうから、戦場へ僕たちは飛び込んだ。
剣が、強欲龍の拳を弾いた。直接受けないことで、僕はやつをやりすごす。更に、そのまま前に進む勢いに変えるのだ。
懐に潜り込む。狙いは――
「――僕は今、それに感謝しているんだ」
――やつの不死身だ!
胸元へ、剣を突き立てる。強欲龍ならきっと――
“ハッ――!”
それをあえて受けるだろう。
「そうして戦い、勝利したことが、僕にとってはここまで進む勇気になっているんだからな!」
そして、
“――だったらこれも! 受けてみやがれ!! 強欲裂波ァ!!”
僕の剣を受けたまま、その手を自身の拳でつかみ、熱線をたたき込む。既にそれを想定していた僕は、勢いよくケリを叩き込み、その角度をそらす!
――右肩に、熱線が掠めた。
「ぐっ――!」
余波で僕を掴んでいた強欲龍の手が離れる。即座に剣をすて、蹴った足の勢いで、移動技を起動し、ごろごろと転がった。天と地がひっくり返って大騒ぎだ。
――強欲龍を戦いの舞台に引きずり下ろすために、必要なことがある。不死身の破壊。それをしなければ強欲龍は何時まで経っても撃破できず、だからこそ僕は最初からそれを狙っていた。
結果、強欲龍は心臓の核を囮に、反撃を叩き込んできた。
ここまでは、想定通り――
――いや。
“まだ、終わらねぇんだよ!!”
強欲龍が、目の前に迫っている――!
追撃に、こちらへ飛び込んできた。足で僕を真っ二つにしようと、踏み込んでいるのだ。そしてそれは、回避すれば天地破砕に移行することを意味している。
態勢を立て直す暇もない。剣は既に生み出しているが――
すぐに思考を巡らせ、僕は動いた。
「いいや!」
そうだ。
これは――好機。僕はここで、やつの不死身を引き剥がす。
「終わらないのは、僕だけだ―ー!」
そして、
「“
爆発が、強欲龍の足元から吹き上がる。
“ぬ、おおおっ!?”
天地破砕を放つ勢いで突っ込んできたやつの足場が、爆発という不確定要素に崩れ去る。必殺は、即座に致命へと変わり、僕はそこへ飛び込む。
「こいつで――!」
僕は、剣を振るう。狙いすまして正確に、寸分違わずやつの首の核へと――突きを放つのだ。
“――――食らうかよ、そんなもん!”
だが、
強欲龍は自身の首を吹き飛ばした。
「――!」
想定はしていた。
これまで、二度も僕にそれを見せたのだ、想定はして然るべき。だが、だからこそ僕は、その一撃があまりにも有効であることを知っていた。
核は首の方にある。この首飛ばしはとっさの緊急回避にすら使用できるのだ。
本来なら――
そう、普通なら。
「――だが!」
僕は突きを繰り出したのは、このときのため。首の飛んだ胴体の奥に見える、やつの顔へ――狙いを定める。
「強欲裂波より、こっちのほうが早いぞ!」
“て、めぇ――!”
なぁ、強欲龍。
確かにそれは有効な手段だよ。けどな、僕がどれだけお前の戦いを見てきたと思う? どれだけお前の動きを見てきたと思う?
今更――核の位置が正確にわかることを、意外などと思わないよな?
「“
そして、僕が狙った核への一撃は、外すことなく突き刺さった。
◆
――スクエアを解除して、距離を取る。
もはや体力の限界だったのだ。一撃でも受ければ、強欲相手には致命になるために。もとより攻撃を受けるつもりはないが、限界だった。
対して、強欲龍は首を自分でもぎ取り、核を逃したわけだが――それを潰した。
しかし、それでヤツが死ぬはずがない。
“――俺ァ不死身だからな。たとえその根底が破壊されようが、俺が俺を殺したのなら、それは死にはいたらねぇ”
かつてと同じように、首が胴体に戻る。
互いに、一つずつ手札を失って、最初の状態に戻った。
で、あるならば――やることは決まっている。
「敗因白光のヒューリ」
“勝利のグリードリヒ”
二重概念と――
――大罪龍の概念化。
互いに、次なる山札へと手を伸ばし。
「――行くぞ」
“あァよ”
手札を取った。
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