175.負けイベントを知りたい。

 ――そして、僕は帰還した。変わらず、マキナがいた世界の外で、すぐに僕は師匠たちの姿を探した。とはいえ、探す意味は皆無だったのだけど。


「――戻ってきたわ!」


 叫び、フィーが僕に抱きついてくる。師匠が、リリスと百夜が側にいた。少し離れて、ライン達の姿も見える。一人――既にこの時間に干渉する方法を失ったのであろうアンサーガを除いて、誰一人かけることなく、彼らはそこにいた。


 ――帰ってきたのだ。


「ただいま」


「おかえり」


 師匠が、そんな僕の言葉に、どこか呆れたように返す。本当に、なんの感慨もなく零してしまったその言葉は、逆に僕が、どこかやり遂げたかのようで。

 結果を言葉にはしなかったけれど、誰もそれを心配していないようだった。


「それで――」


「どうだったの?」


 結果を聞いたのは、自然とリリスと百夜になった。誰が聞いても構わないが、なんとなく、そういう流れに成った。

 僕はうなずいて、そして笑顔を浮かべて、ピースサイン。



「――勝ったよ」



 大きな歓喜はなかった。誰もが疲れていたし、何よりも、やり遂げたという感覚が強かった。ここまで、一度や二度の激戦をくぐり抜けたのではない。

 と、いうよりも――


 ――すべてが終わったのだ。


 僕たちは、何かを得るために戦っていたわけではない。クロスオーバーの主人公たちと同じように、守るために戦ったのだ。

 彼らとの違いは、襲われたのか、挑んだのかの違い。


 その上で、挑んだ僕たちは――喜びを噛み締めた。誰も失うことなく、すべての旅を終えたのだから。――だから、静かに、


 僕たちは分かち合った。


「それで――」


 ふと、視線を向ける。


「どうしているんだ? 


 ――そう。あの時、僕を見送った者たちは、アンサーガ以外は誰一人欠けることなくそこにいた。強欲龍は遠くで座り込んで、沈黙しているが――ともかく。

 それはつまり、ということである。


「別にいたっていいじゃない! ――全部終わったのだから、もう私が寝ている必要はないわよね?」


「まぁ、それもそうだ。――ルクスは?」


よ」


 自身の胸に手を当てて、慈しむように色欲龍は言う。問題はない、ということだろう。フィーも特に心配はしていない様子だから、話はそれでおしまいだ。


 まぁ、こうして彼女も帰ってきたのなら、僕としては喜ばしいと思う。


 相変わらず、彼女の視線はどこか刺々しいが、さすがにもう慣れたしな。


「――んじゃ」


 そこで、ラインが声をかける。


「俺達は先に戻ってる……で、よかったんだよな?」


 ――ライン達には、僕たちの予定はすべて話してある。完全にその場のアドリブで変化のあったマキナ救出以外は、ほぼほぼ予定通りにことが進んだ。

 だから、この後、まだ僕たちにはやることが残っていることを伝えてある。


「ああ、怠惰龍、後を頼めるか?」


“色欲に乗せればいいのではないか?”


「あのツルツルの糸みてぇな身体に乗りたかねぇよ」


「あら、一度も乗ったことがないくせに?」


「何言ってんだてめぇ!?」


 ――なんて、やり取りをしながら。ライン達は帰る準備を終えて、怠惰龍に乗り込む。わざわざこんなところまで――どう考えても話についていくことすら難しいだろうに。

 戦場まで乗り込んでくれて、本当に彼らには頭が上がらない。


 でも、まぁ――


「んじゃ、そういうわけだ」


 そして――


「おめでとさん。楽しかったぜ、お前さんを近くから見てるのはよ」


 ラインが、そう言って。


「またな! ライン公国に寄る機会があった時は、歓迎する!」


「子供の顔とか、みせたいわねぇ。名前はきめてあるのよー」


 シェルとミルカが再開を祈り。


「んじゃ、アタシたちはアタシたちで話すことがあるからな」


「うう、頭がいたいっす……どうして命をかけた後に胃を傷めなきゃならないっすか……」


 アルケはイルミと腹を割って話すようだ。


“――そうだ”


 ふと、そこで怠惰龍が告げる。忘れていたと、うっかりしていたと言うように。彼がわざわざ言い出すということは――アンサーガのことか。

 何か、言伝でもあったのかな。


“娘は、孫――百夜たちを追いかけるそうだ。お前には、また会おうと言っていた”


「……どこまで親ばかなんだ、あいつ」


 苦笑しつつ、とはいえらしいアンサーガの行き先に、僕は納得とともにうなずいた。――それで満足したのだろう、怠惰龍が飛び上がる。



“――また会おう。面倒だが、会いに来れば歓迎くらいはする”



 そうして、怠惰龍たちは消えていった。

 ――色欲龍も、それを見送ってから背を向ける。


「残らないのか?」


に興味はないの。フィーちゃん、終わったらルクスちゃんを起こすから、すぐに来てよね」


「解ってるわよ」


 そう言って、色欲龍も自身を龍の姿に変え、最後に、一度だけこちらを振り返る。視線は僕を向いていた。



“――お疲れ様。すごかったわよ、貴方”



 少しだけ僕に優しい言葉を投げかけて、けれども惜しむことなく、彼女もまたこの場を去っていった。


 僕たちの旅の道筋となってくれた人達が、元の生活へと帰っていく。大罪龍が消えても魔物の脅威はなくならない。そのうえ、これからは概念使いの時代だ。

 ――この時代の人々の行動で、数百年後の概念使いの主が誰か、それを止めるのが誰かがきまるだろう。


 僕たちは、それを眺める立場にあるわけだけど、さて――



 ――これから世界は、どうなっていくのだろうな。



 終わった戦いのその後に、僕は未来へ、想いを馳せた。



 ◆



 ――そして、僕たちだけが残った後に、


「さて――」


“んじゃ――”


 僕と強欲龍は、向かい合う。



「やるか」


“おう”



 まるで、連れ立って旅に出るかのような気軽さで、今日の夕食が何かを決めるような気軽さで、僕と強欲龍は――最後の戦いの舞台に立った。


「……いくらなんでも、気軽すぎやしないか?」


「思うところはもちろんありますよ、でも、そこはやらない理由にはならないので」


 師匠は、ぽんと僕の肩を叩いてうなずいた。

 呆れた様子だが、どこか満足気にして笑みを浮かべると、その場を離れていく。――苦笑とともに言葉を返しつつ、改めて僕は強欲龍と向かい合う。

 師匠が用事を終えてフィーたちの元へ戻った後、僕は強欲龍に視線を向けた。


 ――強欲龍がここまで僕と共に戦ったのは、このときのため。


 だから、やらないという選択肢はない。そこは皆も解ってくれている。だが、その上で、というと、皆は首をかしげるのだ。

 心外と思わなくもないが、こればかりは、待ちわびた者にしかわからない感覚だろう。


 ふと、強欲龍は何かを考え込んでいたようだ。


“――一つ、聞いときてぇ事がある”


「なんだ?」


 めずらしく、強欲龍が雑談を挟んだ。必要なければ、言葉は基本交わさないようなこいつが。――自分の感情に素直なこいつが、疑問をこの場で優先したのだ。

 それは、つまり。



“――ってのは、つまり何なんだ?”



 ――本質的な、質問だということだ。

 純粋に言葉の意味を聞いているわけではないだろう。なんとなく、僕がどういうことを負けイベントとして、それをひっくり返そうとしているかは、強欲龍だって解っているはずだ。


 その上で、僕の中で、それを負けイベントと呼ぶ理由はなにか。ヤツがそれをこの場で問いかけてきた以上それは――単なる雑談としての質問ではない。


「さて、幾らでも言葉にできるけど――」


 僕の中で――



「――一度、見つめ直さないといけないかもな」



 この戦いで、求めるべきものが、定まった。


“ふん、そうかよ”


 鼻を鳴らす強欲龍に、僕は過去を想起しながら話す。

 ――少しばかりの、昔話だ。


「――僕は、負けが決まっている戦いが嫌いだった。物語の筋書きで、どうしたって勝てない勝負というのは存在する。からだ」


“負けてるのにか? ハッ、随分と悠長だなぁ、おい”


「別に――敗北したところで、全てを失うとは限らないのさ」


 人は、失敗から学び、成長を得る。それが間違っているということはない。僕だって、何一つ失敗せずにこの旅を終えたわけではない。

 ただ――僕は、敗北を成長の糧にすることが嫌いだったのだ。


「けど――敗北ってのは何かを。大切な人の生命だったり、かけがえのない大切なものだったり」


 ――僕がゲームで負けイベントを経験した時、主人公は大抵の場合多くのものを失っていた。師匠と呼んで慕った人。偉大なる国の王。仲間の大切な家族。そして――大切な仲間。


 そういったことを繰り返し、人は前に進む。

 だが、失い続けて前に進んだ人生は――どこかで行き詰まってしまうものだろう。


 何より、


「勝利がなければ、人は成長を実感できないだろう?」


“そォだな”


 つまり僕は――負けイベントに勝ちたかったのだけど、それはで、だったから、そうなったのだ。


 負けるという経験は、言うまでもなく。


 勝利の経験もまた、僕にはあった。


 ――それは、



 ふと、それを思い出した時。



 僕は幼い頃の僕を見た。



 幼い頃の僕には、ゲームという世界が、無限に広がる可能性に思えた。多くの体験が、衝撃的な物語が、僕にとっては宝箱のようで。


 そして、その最後にたどり着いたラスボスとの戦いで、


 とコントローラーを握りしめるのだ。


 そんな様子を、幻視した。


「――なぁ、強欲龍。元の歴史における、が誰か分かるか?」


“あぁ? マキナのヤツじゃねえのかよ。これまで散々、てめぇはあいつを黒幕だと言ってきただろうが”


「違うんだ。確かに僕はマキナを黒幕とは言ったけど、ぞ?」


 そう、僕はこれまで、一度としてフィナーレ・ドメインのラスボスをマキナだと言ったことはない。そう、ないのだ。


 では、誰がラスボスか。

 ――もはや、ここまでくれば言うまでもないだろう。それは、そう。



だよ」



 シリーズの顔ともいえる敵。ドメインシリーズ、始まりのラスボスにして、傲慢龍は、終わりを務めるラスボスだった。


「――機械仕掛けの概念を討伐し、全ての因縁に決着をつけた時、傲慢龍はその瞬間を待っていたんだ。なにせ、機械仕掛けの概念を討伐した白光たちを倒せばなのだから」


“ケッ、あいつの好きそうなこった”


「というか、アンタだってそうしてるじゃないか」


“俺はチゲぇ、全部奪うために、コレが一番効率がいいだけだ!”


 本当に、こいつらは似た者同士だ。――いや、根底は全く似ていない。しかし求める結論は尽く同じようになる。


 傲慢が、傲慢故に強欲であるように。


 強欲は、強欲であるがゆえに傲慢に映るのだ。


「だから僕には――ここで正面からアンタに挑む僕には、白光と傲慢の対決がよぎって仕方ないんだ」


“ハッ――――”


 それを、強欲龍は笑い飛ばし、



“ふざけんじゃねぇぞ!”



 怒りとともに叫んだ。


 ああ――


「――


“あァよ!! 俺たちの戦いが、傲慢のやろぉとなんざ認めねぇ!”


 ――負けイベントは何かを問われた時。


 僕は、自分の根底を思い出した。

 そして、その根底の終端を思い出していた。



 傲慢龍との決戦で、僕は僕の始まりを、今の自分とピタリと合わせた。あの時嵌ったパズルのピースは、今も僕の中にある。

 先へ進めと叫んだ、傲慢の言葉とともに。


 だから、今度は、


 その始まりの結末を思い出すのだ。ドメインシリーズ、その集大成。傲慢との決戦から始まった長い長いこの世界の歴史は、傲慢との決着で幕を下ろす。

 ならば僕は――



「――僕は、強欲から全てが始まった」



 僕は、あらゆる勝利を欲して前に進んだ。



“――俺は強欲だ。すべてを欲して、それが俺の存在理由だ”



 強欲龍は、強欲であるからこそ、最強すべてを目指した。



 想起される。白光と傲慢が、その中で向かい合っていた。


『――これが最後だ。悔いは残さないと、僕は決めた』


“これが証明だ。憂いはないと、私は決めた”



 ――そして、



 今。



 僕と、強欲が。



 同じように向かい合っている。



「――これで最後だ! もはや残せるものもないくらい、僕たちの最強を決めよう!!」



“――これが最強だ! 傲慢なんぞと比べるまでもないほどに、俺たちの結末を描くぞ!!”



 だが!



 僕たちは白光でもなければ、傲慢でもない!!



ッ! 君の敗因になる者の名だ!!」



ッ! てめぇを潰す者の名だ!!”



 ――――だから、



 負けイベントを始めよう。



 この世界に、僕がやってきて。僕たちが描いてきた可能性を。



 この物語の終止符を、



 に、叩き込め!!

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