地獄の118丁目 箱庭から始まる俺の地獄


  ――時は(50年ほど)流れ――


「待っておったぞ。キーチロー」

「安楽 喜一郎、ただ今、人としての生を全うしてまいりました」


 俺はおじいさんの姿でデボラ達に敬礼を行うと変装を解き、元の20代の姿へと

戻った。


「いやぁ、火葬の文化だと色々下準備が大変だったよ」

「ちゃんと骨は残してきたか?」

「ああ! 毎日牛乳を飲んで血から生成するとかいう謎の魔法まで開発したからな!」


 晩年は毎日、ナースに変装して病院に忍び込んだデボラが採血してはアルカディア・ボックスの中に送り続けていたわけだがあのコスプレは今度もう一回してもらおう。


「全く、キャラウェイ殿の新薬・新術開発は素晴らしいな」

「人体実験で何度か死にかけたけどね」


 マンドラゴラ改・オメガスペシャルをうっかり飲まされた後、1ヵ月眠ることが出来なかったのも今ではいい(?)思い出だ。


「しかし、キーチローさん。50年もかけて人間界を制圧できないとは」


 ベルは呆れ顔で肩をすくめる。


「いや、元々制圧する気なんかないってば。なんか困ってる人がいたらちょっと顔出そうかなと思ってるくらいで」

「天界、地獄、人間界でも有数の力を持ちながらこの体たらく。デボラ様の覇道を共に歩むに本当にふさわしい方でしょうか?」


 ベルがビシッと俺の目の間辺りを指差し、力説する。こうも荒々しく否定されるといっそ、魔法の力で人間界を治めても良かったか? と勘違いしそうになるが、これは正しく悪魔の囁きである。聞く耳を持ってはいけない。


「覇道なんて大それた道を歩むつもりはないよ。たまに歩道を散歩できればそれで十分」

「我の期待は見事に裏切られたがまあ、それも含めてキーチローなんだろうな」


 期待を裏切られた割には怒るどころかむしろ満足げな表情だが、三界制覇ってのはどの程度本気で言ってたのだろうか。


「私めは大魔王デボラの側近にして、アルカディア・ボックス清掃員、安楽 喜一郎でございますゆえ」


 大仰にお辞儀をしてみせると、デボラはフンと鼻を鳴らし、ダママの元へ歩いて行った。


「さて、今日からどこに行こうかな。きっと色んな場所、色んな冒険が待ってるぞ」

「キーチローー! カブタンのエサ!! 早く地獄から採ってきて!」


 密やかな期待を込めた決意の発露はローズにきっちりと水を差されたわけだが。


「キーチロー君、後で新開発の薬品を……」 

「パスでーす!!!」


 悠然とした日常の始まりはキャラウェイさんのマッドな薬品に破壊されそうなわけだが。


「キーチロー君! これからはずっと一緒だね!」


 甘美な二人だけの鉢にも構わずセージ君の愛の種は芽吹くようだが。


「キーチローさん! 私のお勧めの本、用意しといたんで暇な時読んでください! 感想文は一作につき原稿用紙50枚ほどで大丈夫ですよ!」


 平穏な時間さえもステビアの読書感想文に奪われてしまいそうだが。



「キーチロー! エサはまだか!」

「せやせや!」

「キーチロー! 飯!」

「キーチローさん」

「キーチロー……」



 俺の地獄はこの箱庭から改めて今日、始まるようだ。







   ☆☆☆



 ――さらに時は流れ


 昔々、あるところに手に入れた者は望むままの力を手に入れ、或いは数多の魔獣を従える地獄の王へとその身を昇華させるという妖しき魔性の宝石箱があったそうじゃ。


 その宝石箱に触れたものは魔獣が跋扈するダンジョンへと転送され、その最下層にこそ、全てを司る玉石があるそうじゃが……。


 その箱に触れたものでついぞ帰ってきたものはおらん。努々触れるなかれ。その身に大いなる災いを宿したくなければ。




「おい、知ってるか。生死を司るフェニックスに会える宝石箱の話を」

「俺が聞いたのは今では絶滅した万病に効くマンドラゴラが自生しているという話だが」

「へっへっへっ、伝説の魔獣、ケルベロスの牙を売れば一生遊んで暮らせるほどの金が手に入るぜ」

「それなら、俺も聞いたぞ。フェンリルの牙もたてがみも今や貴重なお宝だ!」

「いやいや、中にはサキュバスが群れで暮らしていて中に入ったものはハーレム状態だから出てこないって話だ」


「何としても手に入れたい!」

「一番に手に入れるのは俺だ!」

「地獄中をひっくり返してでも見つけろ!」


 千年の時が経ち、アルカディア・ボックスの存在は伝説が伝説を呼び、もはや誰も真実の姿を知る者は居なくなっていた。


 だが、神の悪戯か、悪魔の暇つぶしか、千年の時を経て再び三界の血を宿す賢者が現れた。その者は三界に住まうあらゆる生物と会話が出来、また、不思議なる術をいくつも使用することが出来た。後に言う、大賢者アピス=コンフォートである。


 大賢者アピスは地獄中を巡り、ついにアルカディア・ボックスを発見するに至った。


 不思議な力に誘われ、アピスはついにアルカディア・ボックスの中に入り冒険をする。魔獣、怪獣、妖怪、宝石、財宝、伝説に語り継がれるモノ共に邂逅したアピスであったが、あるものを見つけたところで彼の冒険は終わる。


 そして、冒険を終えた彼は天界、地獄、人間界でこう語り継ぐのである。


「中には宝どころか骸ひとつない。それどころか箱には大いなる呪いがかけられていた。誰も入ってはいけない。誰も触ってはいけない」


 アルカディア・ボックスから帰還しながらその手に何の成果も持ち帰らず、さらには恐怖に満ちた表情で語りかける彼の逸話はある程度信憑性を持って世間に受け入れられた。彼はその後、箱を封印と称してどこかに隠したようだが、誰もそれと気づかぬ速度で、その後地獄には生物が溢れていった、との事である。




「これで良かったんですよね。デボラさん、キーチローさん」


 大賢者アピスは二人の墓前に手を合わせ、花を手向けた。


「Et in Arcadia ego(私はここにもいる)ですか。ここを楽園とするのははてさてどうでしょうか。楽しいところですけどね」


「いつか、自分たちが去った後も栄華はこの中に。あなたの遺志、今は私が継ぎましょう」


 遠くからフェンリルの遠吠えが聞こえる。


 マンドラゴラの花が微笑むように揺れる。


 箱庭の世界に光が、差し込む。




 完

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箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) 白那 又太 @sawyou

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