地獄の117丁目 天獄から地獄へ②
「き、キーチローなのか!?」
「デボラっ!! 無事で良かった……」
地獄の魔王であるデボラが想像以上に疲弊している。恐らくその原因はこのおかしな声だろう。時折何かを求めるように呼ぶ名前で察しはついたが、まさかこれ四六時中聞かされてたのか?
「キーチロー、会えたは良いがすまん。とても無事とは言えぬ。亡者の阿鼻叫喚さえ鼻歌に聞こえる我とてこの攻撃は予想外だった」
確かに、不快度数は高そうだ。今も会話の邪魔になってイライラが半端ない。
「もう大丈夫、俺達と一緒にここを出よう!」
「それは出来ぬ。お前たちまで神の雷の危険にさらすことはでき……、ちょっと離れてくれるか、妖子」
妖子さんは格子越しにデボラに頬ずりをしてご満悦の様子だ。
「でも、それでは!」
檻を掴みながらベルが叫ぶ。
「よい、我の事は今は捨て置け。再び
ベルは大きく頷くと檻から手を離し、一歩後ろへ下がった。
「デボラ様、畏まりました。必ず奴らの不正を暴いて戻りますので今しばしのご辛抱を」
「うむ、任せた! 我は此処でゆるりと朗報を待つ! 後、妖子。ちょっと顔が近い」
デボラは妖子さんを引き離すと全員を安心させるようにニコリと微笑みながら親指を立てた。
「じゃあ、ちょっと待ってて! すぐ戻る!」
俺もデボラに合わせるように親指を立てた。とにもかくにもデボラは無事。曇天の根城を突き止めて証拠集めだ。
「時間が惜しい。行こう! ベル、妖子さん!」
「はい!」
「うぅぅぅ……。はい」
渋る妖子さんを檻から引き離し、元来た道へと踵を返した。
「取り調べを受けていたので、大体の場所は見当がつきます。いざとなれば手下のアレをアレして……」
「いやいや、大丈夫!? それ」
「地獄があって魔族が住んでいて。それを神は許されているのです。魔族が魔族らしく振舞う事に何か問題でも? 神は寛大なのです」
うん? 説得力有るような、無いような……。ベルの説明にモヤモヤしつつもベルの案内で曇天のアジトらしき場所を目指す。天獄からは割と近い場所にあるようだ。
天獄に一番用事があるのはあの一味だろうから当然と言えば当然か……?
「着きました!」
本当に近かった。天獄への階段を逆に昇り、走って15分ほどで着いた。中には曇天おそろいの衣装を着た隊員らしき人々がいたが、ベル、妖子さん、俺の無法者三人は手下を(比較的)軽くアレして隊長の部屋に辿り着いた。
「書類とか金庫とか適当にこのムシ網でかっぱらおう! 時間が無い!」
「わかりました! キーチローさん、宜しく!!」
俺達無法者三人衆は部屋の中を3分で空にし、隠し扉も発見する偉業を成し遂げ、奥の隠し部屋も空にした上でまた来た道を大急ぎで戻った。犯行は手早く、脱出はスマートに。あちこちに白い装束の縛られた人々を放置してきたが気にしない。
「デボラ! ただいま!」
「うおっ!? もう戻ったのか!?」
耳を塞ぎ目を閉じていたので急に声を掛けたせいかビックリした様子でこちらに目を向けるデボラ。
「部屋の中身全部抜いてきた!」
「……ちょっと待て。中身を確認していないのか?」
「とりあえず証拠は揃ってると思う!」
「お前らが犯罪者だという証拠がな」
デボラはため息をつき、目を覆う。
「ありがたいことなのだが、万が一証拠が見つからなかった場合神の怒りに触れる事になるかもしれんのだぞ!?」
「まぁまぁ、過ぎたことはしょうがない! それよりも早速不正の証拠を探そう! 看守も縛っておいたから時間はあるぞ!」
「あぁ……、キーチローの罪状が増えていく……」
「大丈夫! この件で地獄に堕ちても俺には魔王がついてるから」
ドヤ顔で胸を張ったがデボラの顔は変わらず渋い。
「そうだな、地獄に堕ちてこれたら一生面倒を見てやる。コキュートスにさえ送られなければな」
ため息をつきながら、俺達の投げ込んだ証拠を漁るデボラにむしろ俺は過去最大級に萌えていた。つり橋効果じゃないことを祈ろう。
「いや、その心配は無さそうですね」
さまざまな書類を見比べながらベルがつぶやく。
「ああ、そのようだな。これは酷い」
デボラも書類やぶち壊した金庫の中身を見ながら少しずつ笑顔を取り戻していく。ベルとデボラによると曇天の業務は経費の横領から始まり、報告の改竄や捏造、非道な接収、地獄の住人の誘拐など、もはや真っ黒の組織だった。
「これは……なんというか……。敵が間抜けで本当に助かった。奴らは全員地獄で面倒を見る事になりそうだな」
「では、あらゆる拷問の準備に取り掛かります」
最後、ベルがさらりと恐ろしいことを言ったが気にしないようにしよう。
「と、ともかくこれでデボラは自由の身だよね?」
「ああ、ここから先は我とベルで対応する。キーチローと妖子はアルカディア・ボックスに一度戻っていてくれるか? 特に妖子、いい加減足に掴まるのはよせ」
デボラの足を檻の外からずっと掴んでいた妖子さんはシュンとしながら手をゆっくり放した。
「ベル、後を頼めるか?」
「お任せください、デボラ様。事務処理とヒクイドリの世話は誰にも負けません」
「うむ」
☆☆☆
――曇天事件から一カ月が経った。
あの後、ベルが天界を駆け回り、地獄を駆け回り、曇天の悪行を知らしめた事によって曇天は解散となり、幹部は全員堕天の刑を受けめでたく地獄行きとなった。
ぶっちゃけ、天界も薄々感づいていたのだろうとはデボラの弁だが、俺もそんな気はする。あのおっさんどう見ても神を欺くなんて器じゃないし。天界にも色々あるのだろう。
デボラはすぐに釈放されてまたしても地獄の魔王に返り咲いた。未だ以って魔王の仕事がなんなのか分からないが、とにかくベルと一緒に忙しそうに地獄を駆け回っている。
曇天のメンバーの内、地獄に送られてきた者の処遇だが、女は全員ベラドンナと共にコキュートスの氷の中に幽閉されたらしい。幽閉と言ってもデボラ特別製で、ベラドンナは口だけが。その他の者は耳だけが氷の外に出ているらしい。とっても、地獄だ。どうやらデボラは根に持つタイプの様だ。
そして、男はと言うと全員連帯で地獄フルコースを堪能している。刑期は犯した罪によって異なるが、一番短い者でも人間世界の1兆6500億年に相当するとかいう訳のわからない単位になっている。地球の歴史が端数になるんだから驚きだ。正直引くぐらいエグイ責め苦を負っているがまあ、ウチ以外にも色々悪さをしていたみたいなのでご愁傷様としか言えない。
そういえば、アルカディア・ボックスの方にも変化が。ニムバスの収集していた秘宝の中に劣化版アルカディア・ボックスとでも言うべき箱があったのだが、その中には地獄、天界、果ては人間界までの希少な生物が劣悪な環境で閉じ込められていた。それを全て解放したデボラは、地獄の生物だけこの箱庭で受け入れる事に決めたので、今職員総出で対応中だ。
「キーチロー! エサ足りないエサ! 後、休み時間とモフモフも!」
「キーチロー君! 僕は職員そのものが足りないと思う! 体力のある男子が!」
「私は情報量増えて今メチャクチャ元気っス!!」
「キーチロー君! 見てください! ニムバスからぶんどった道具にこんなものが! これをアレしてフヘヘすればオヒョーッ!!」
「デボラ様、デボラ様が足りない。デボラ様デボラ様デボラ様デボラ様デボラ様デボラ様デボ……」
「全く……久しぶりに顔を出してみれば私がいないと駄目な様ですね! とりあえずヒクイドリはどこですか!?」
(二人ほど完全にキャラが変わってしまっているようだが……)
「そんなこんなですっかりお流れになっていたのだが例の件、どうだろうか。デボラ」
「なんの話だ?」
一日の作業を終えて、久しぶりに我が家でくつろいでいたがそれとなく話を振ってみた次第。
「ゴタゴタが終わったら一緒に暮らそうって話」
ノリと勢いがあった時と違って気恥ずかしい思いから声が少し小さくなる。
「おお、それか! その話ならおあずけだ!」
「……えっ?」
「いや、キーチロー。お前やっぱり一度人間としての生を全うしろ。多分見た目は老けんと思うからそれっぽい魔法で細工して」
「ちょ、ちょいちょいちょい」
今さら人間として突き放すなんてそんなバカな!
「いや、我はこう見えて一途なんだぞ? 何を高々50年程度でうろたえておる」
「人間の感覚と違い過ぎて俺は待てないんだが。そもそも急になんで?」
取り乱す俺を諭すように肩に腕を回すデボラ。煩悩をくすぐる魔物が急接近しているが今はそれどころではない。
「いいか、キーチロー。我はお前に魔王としていつか横に居て欲しい」
「いや、俺飼育員が関の山じゃ……」
「まあ聞け。我の思い描く魔王とは天地人界を統べる最高にして最強の魔王だ。お前にはその素養がある」
なんか急に無茶な話しだしたな。
「という訳で人間界で見識を深め、悟りを開き、天界もその手に納めるのだ!」
「悟りって……」
今までの無茶振りを遥かに上回る規模で俺は困惑したが、結局はデボラの説得に負け、今まで通り人間として生きていくことにした。
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