第7話 真理と麗
診察室から裏口へ抜け、吸い殻で溢れ返った灰皿の横の椅子に腰を下ろす。患者を待たせながら喫煙するというのは、医者としてあり得ないだろう。…苦笑しながら火を点けた。
篠崎龍。待合でコーヒーを飲んでいるであろう彼は、面白い。私の患者は変わり者が多いが、その中でも随分と私の興味を惹く「怪物」を飼っている。
「ネクロフィリア…か。ふふ」
溢れる笑みを隠すことはしない。ここには私以外誰もいないのだから。隣にある灰皿の吸い殻も、全て私のものだ。
これほどに私の興味を唆る患者は、麗以来だった。麗の死神は、篠崎龍のそれと酷似している。少なくとも今の時点では、私はそう思っていた。
「真理先生、コーヒーです。あまり篠崎様をお待たせしてはいけませんよ」
「ああ、ありがとう。麗。気をつけよう…。そうだ、ちょうど君のことを考えていたよ」
私の言葉を聞くと、麗は静かに隣へと腰を下ろした。
「私、ですか?」
コーヒーを啜る。苦味と香りが、煙草と一体になって脳を半強制的に冴えさせる。この瞬間が、たまらない。
「ああ。似ているよ、彼。わかっているだろう」
麗の表情は変わらない。仕事をしているときも、プライベートのときも、表情の変化が少ない。それが風貌と相まって独特な清廉さを彼女に持たせている。
「…なんとなくですが。近い種類の人間だな、とは」
「そう。その直感はきっと当たっているよ。麗以来だ、これほど面白い患者と出会うのは」
「私は患者ではありませんでしたよ。真理さん」
「ふふ、そうだね」
麗の無表情な軽口に、居心地の良さを感じる。私たちの間に流れるこの空気は、異質なのかもしれない。だがそれでいい。でなければ、私たちはこうして関わりを持っていないだろう。異質なものと異質なものが共にあって、もしその間に正常が出来上がるのなら、それは異常だ。
「…真理さん。不必要な深入りは、ダメですよ。貴女は医者で、彼は患者です。お忘れなきよう」
「ああ、わかっているさ。わかっている。…万が一は、麗が止めてくれることも、ね」
「恩返し以上に手のかかることは御免です。それに、私と彼が似ているとしたら、真理さんが心配です。私の時のように…」
私は煙草を消した。
「ならないさ。たぶん、ね」
麗と目が合う。深い、深い黒が、私を呑むように包んでいく。麗の、私など見ることすら叶わぬ程に深い水底の黒が、こちらを見ている。
「真理さん。貴女は、私のものです」
「……」
「今でも、そしてこれからも」
「麗」
美しい暗黒は、どこまでも私を魅了して止まない。だが、もしも私がそこに呑まれたとして、その先にあるものは、死神の鎌、だ。
「患者がお待ちだ。いくよ」
「………はい」
肉と魂 鹽夜亮 @yuu1201
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。肉と魂の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます