第112話 今の私は魚谷くんを抱きしめて、顔面べろべろしたい私!
「うぃ~~~ん。がしゃんっ。うぃ~ん」
……鳥山さんが、ロボットの真似をしながら、俺の机の周りを歩いていた。
なるべく目を向けないように、席に着く。
「ウオタニクン。オハヨウ」
ロボットのような、抑揚の無い口調。
そして真顔。
……うん。めっちゃ怖いね。
「今日はどうされました?」
「何よその、医者みたいな尋ね方は!」
「え?」
「あっ。……オハヨウ、ウオタニクン」
「せめてキャラに入り込んでから、話しかけてきてよ」
「ワタシハ、ウオタニクンダイスキロボ。ウオタニクン、スキ~~~」
どうしよう。
このキャラクターに、何のメリットがあるのかさっぱりだ。
多分、色々迷走してるんだと思うけど、可哀そうになってくる。
「ウオタニクン。メイレイシテ~」
「帰宅してください」
「ピピ~~~~! エラ~ハッセイ! エラーハッセイ!」
「うるさいよ……」
「ウオタニクン。メイレイシテ~」
「じゃあ……。喉が渇いたから、ブラジルまでジュースを買いに行ってくれるかな」「スイマセン。ヨクワカリマセンデシタ」
ダメダメロボットじゃないか……。
「せめて、自分の席に大人しく座るとかさ。そのくらいだったらできるでしょ?」
「ウオタニクンガキスシテクレタラ、セキニスワル͡͡コトガデキルヨウニプログラムサレテイマス」
「なんだよその都合の良いプログラムは……」
「キスシテ~~~」
ただ棒読みで真顔になっただけで、中身には一切変化が無い。
むしろ、普段よりも不気味さが増しているだけのような気がする。
「鳥山さんさ、自分でもわかってるんじゃない? このキャラクター失敗だって」
「喉に指ツッコんで唾液を採取するわよ?」
「どんな脅し方だよ」
「困ったわね。ロボット無感情クールキャラを演じようとしたけれど、私には向いてなかったみたいだわ。どうしても魚谷くんへの愛が溢れてしまうもの」
そういう問題ではなかったような気もするけどね。
「でもね魚谷くん。クールなキャラクターっていうのは、とっても需要があるのよ」
「それはわかるけどさ……。わざわざそのために自分のキャラを変えるっていうのは、どうなんだろう」
「……人は誰しも、複数の仮面を持っていて、相手によりそれを使い分ける生き物なのよ。例えば私は、魚谷くんの前では、魚谷くんに恋する健気な乙女で……」
いきなり知らない人物の紹介が始まったんですけど。
「そして、家にいる時の私は、魚谷くんから回収した私物を、あれこれするちょっとエッチな女の子」
「泥棒だからね?」
「眠る前の私は、魚谷くんのことを考えながら、魚谷くんの夢を見たいと願って目を閉じる、メルヘンチックな女の子なの」
「仮面一枚しかないじゃん」
「今の私は魚谷くんを抱きしめて、顔面べろべろしたい私!」
突然襲いかかってきた鳥山さんを避けた。
思いっきり床に衝突して、大きなたんこぶができているが、なぜか笑顔である。
「ふふふっ……。やはり魚谷くんは、私の大きな大きな愛を受け止めることに、まだ抵抗があるみたいね。それは仕方のないことだわ。徐々にお互いの愛を繋ぎ合わせていって、いつか大きな樹になるまで育て上げましょう」
全然意味がわからないけど、とりあえず苦笑いしておいた。
「話を戻すわよ。どうすれば私が、魚谷くんにスリスリと頭を擦り付けて、少しハスキーな音量控えめボイスで、『魚谷の腕にスリスリするの、とっても落ち着く……』という言葉を、自然に吐くことができるようになるのかしら」
「そんな話してないよ」
「頭擦りつけさせなさいよ!」
「諦めるの早すぎない?」
「クーデレなんて無理無理! ロボットも無理よ! だいたいクールの何がいいの!? 主人公の優しさに甘えてるだけじゃない! あんなのただの根暗よ!」
代わりに謝罪しておきます。本当に申し訳ございません。
「というか……。クールで言うなら、猫居とか割とそうじゃないか?」
「あっ……。確かにそうね」
鳥山さんが、教室を出て行った。
そして、猫居を連れて戻ってきた。
背の低い猫居は、米俵のように、肩に乗せられ運ばれている。
「な、なんなのあんた……」
突然不審者に誘拐された猫居は、涙目になっていた。
「あのね猫居さん。クールキャラのやり方を教えてちょうだい」
「クール……?」
猫居が俺を睨んだ。
俺のせいで、ここに連れて来られたことを悟ったのだろう。
すまん猫居。一人じゃ鳥山さんをツッコミ切れないんだ。
「ウチ、別にクールじゃないんだけど……」
「いいえ。あなたはクールよ。だって魚谷くんのことがすっ」
猫居が、鳥山さんの顎を思いっきり殴った。
「い……言わんといて!」
どうやらクリティカルヒットだったらしく、鳥山さんが目を回して倒れている。
「すごいな猫居! 鳥山さんを倒すなんて!」
「別に、あんたのことなんて、好きでもなんでもないから! 勘違いしんといてよ!?」
「お、おう?」
なんで俺、急に傷つけられたんだろう。
クールというよりは、ツンデレっぽいセリフを吐いた猫居が、怒りながら教室を出て行った。
「くっ……。やるわねあの子」
さすが化物。復活が早い。
「魚谷くん。私は良いライバルを持ったわ。……必ずクールキャラとして、猫居さんを倒してみせる!」
「どこで張り合ってるんだよ……」
鳥山さんがクールキャラを理解するまでは、まだしばらく時間がかかりそうだ……。
クレーマー女子は今日もブちぎれる。~あなたのことが大好きなんだけど!どうしてくれるの!?~ 藤丸新 @huuuyury
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