第111話 一緒のベッドで寝るの!? それってもうセ

「魚谷くん見て!」

「……なに?」


 鳥山さんが、いきなりノートを手渡してきた。

 

「開けなさいよ!」

「また、俺を主人公にした官能小説?」

「違うわ。今回は真剣に、愛を込めて書いたのよ」

「それが一番怖いんだって」

「開けろ!」


 命令されたので、開けるしかない。

 

 緊張しながら、ゆっくりとノートを開いた。


「うわ……」


 ページに、ぎっしりと『魚谷くん』と書いてあった。

 えぇ気持ち悪いんですけど。なにこれ。


「魚谷くん。私のこと好き?」

「怖いって」

「なんでよ! 私の愛が伝わってくるでしょう? これを書くために、今日は一睡もしてないから魚谷くんの膝枕で寝る~~~!!」

「おっと」

「ぐえっ!」


 鳥山さんが、いきなり近寄ってきたので、慌てて避けたところ……。

 ベンチに思いっきり頭をぶつけて、カエルが潰れたみたいな声を出した。


「酷いわ……。魚谷くんに傷物にされちゃった。責任取ってよね!」


 ちなみにここは、公園である。

 放課後なので、子供たちの視線がすごいが、親たちが必死で、こっちを見ないように指示を出していた。本当にごめんなさい。


「なんでそんなにドン引きしてるのよ! ほら! 血もだらだら流れちゃってるわ! 舐めて! 血の契約を交わしましょう!」

「勘弁してよ……」


 とりあえず、ハンカチを渡した。


「これで拭いて」

「ありがとう魚谷くん」


 鳥山さんは、何のためらいもなく制服の袖で血を拭って、俺のハンカチはそのままポケットにしまった。


「え? 何してんの? 使わないなら返してよ」

「今後使わせてもらうわ。ありがとう」


 ナチュラルに私物を奪われたんですけど……。


「そんな話はどうだっていいのよ。どうして私の愛が伝わらないのかしら。こんなにびっちり! あなたの名前を書いたのよ!? しかも最後のページまで!」

「それは愛じゃなくて、狂気だと思うんだけど」

「もう狂気でもなんでもいいわ。私があなたのことが好きって気持ちが伝わればね」

「もっとさ……。気にするべきことがあると思うよ」

「何よ」

「常識を身につけるとか」

「ふんっ。そんなもん鼻くそよ」


 どうやら、自分の態度を改めるとか、そういう考えが一切ないらしい。


「良い? 魚谷くん。人生は一度きりなの。他人に忖度するような生き方をしていては、あっという間に消費されるだけの生活を送ることになるわ。常識なんてものに合わせることは、大きな損失なのよ」

「なんかそれっぽいこと言ってるけどさ……。そういう人と、恋人同士になりたいと思う?」

「違うわ魚谷くん。私は魚谷くんと恋人になりたいんじゃなくて、結婚したいのよ」

「どっちでもいいよ」

「え!? それってつまりオッケーってこと!?」

「違います」

「なんだよ畜生!」


 口悪いな……。


「とりあえず、そのノートは誰かに見られる前に、捨てた方がいいんじゃないかな」「猫居さんには、うっかり書いているところを見られてしまったわ」

「……猫居、なんて?」

「何も言わなかったわよ。きっと感心してたのね」

「ポジティブすぎるよ……」

「あるいは、家に帰ったら私も実戦してみよう! って思ってるかも!」

「そんなわけないじゃん」

「だって良く考えてみなさい? 消しゴムに、好きな人の名前を書く……。なんてのは、定番のおまじないでしょ? ノートに書いたっていいじゃない! 消しゴムは使い切ったら効果があるけれど、ノートだって同じでしょ!? しっかり使い切ったわ! あなたの名前だけを書いて! これで私のこと好きにならなかったら、それは文房具の神様への冒涜よ!」


 途中から何を言ってるかよくわからなかったので、聞き流していた。


「あっ、そう言えば今日、猫居の家に招待されてるんだった……」

「はぁ!? エッチするつもり!?」

「最低すぎるでしょ。今日猫居の親がいないから、俺が泊まるんだよ」

「ちょっ……。ん?」

「ん?」

「魚谷くん。あなた随分おかしなこと言ってるわよ?」

「鳥山さんに言われたくないんだけど」

「だって! お、親がいないってことは、猫居さんと二人っきりってことじゃない!」

「そうだけど……」

「ありえないわ! 年頃の男女が二人っきりでお泊り!」


 ノートをべしべし叩きながら、必死で訴えてくる。


「いや、昔からなんだよ。猫居、一人だと寝れないんだよな」

「んん~~~!? 一緒のベッドで寝るの!? それってもうセ」

「はいストップ」


 良くない単語が出てきそうだったので、慌てて止めさせてもらった。

 夕方の公園で、何を言おうとしてるんだこの人は。


「勘違いしてるところ悪いけど、猫居とリビングで一緒に寝るだけだから。布団は別々。家に両親がいないと不安で眠れないって意味ね」

「それでも十分セッ」

「こら」

「私も行くわ!」

「ダメに決まってるでしょ」

「なんでよ!」

「猫居の両親に、俺以外の人は入れちゃダメって言われてるから」

「わかったわ。いくら欲しいの? とりあえず十億くらいならすぐに用意できるわ」

「どこかに寄付したらどうかな」

「じゃあ寄付するから家に入れてちょうだい!」

「そういう意味じゃないよ……」


 なんとか鳥山さんを振り切って、俺は猫居の家に向かった。


 ◇


「……てなことがあったんだよ」

「そのために書いとったの? あのノート」


 猫居が苦笑いをした。

 今は夕食を食べ終わって、リビングでまったりしているところだ。

 猫居は真面目だから、テーブルで課題を消化している。


「ほんでもさ、消しゴムに名前書くっていうのは、よくやっとる子おったよね」

「いたなぁ……。猫居は、誰かの名前書いたことあるのか?」

「……」

「猫居?」

「うっさい。課題やっとるもんで、話しかけんといて」

「お、おう……」


 なんか、怒られてしまった……。



 

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