第110話 あとで手首に傷をつけておくわ。
「魚谷くん。大晦日の醍醐味ってなにかわかる?」
「……さぁ」
「ちょっとは考えたらどうかしら」
「いや……」
小テストの真っ最中なんだよなぁ……。
当たり前のように席を立って、俺の席までひょこひょことやってきてるけどさ。
「周りの迷惑になるから、私語はやめたらどうだろう」
「じゃあ廊下に出ましょう! 虎杖先生! 魚谷くんと一緒に、廊下でお話ししてくるわね!」
「は~い」
は~いじゃないんだよ。助けてくれ。
うるさい生徒がいなくなってくれてラッキー! くらいにしか思ってないんだろうな。あの人。
てなわけで、廊下に連れ出された俺。
「そもそも……。廊下に出てまで話す話題なのかなこれ」
「回答次第では……。魚谷くんの人生に壊滅的な被害を与えることになるかもしれないわ」
「怖っ……」
「さぁ、答えなさい」
笑顔が怖いんだけど……。
とはいえ、答えなかったら答えなかったで、ぐちぐちうるさそうだから、仕方なく答えてみることにする。
「大晦日の醍醐味と言えば……。特番見ながら年越しそばじゃない?」
「違いまぁ~す!!!!」
「うるさいよ……」
「正解は、こたつで魚谷くんとイチャイチャすることに決まってるじゃない!」
「また頭おかしいこと言い出したな……。そもそも鳥山さんとなんて過ごしたくないよ」
「おっと。ストレートに拒まれてしまったわね。あとで手首に傷をつけておくわ」
「やめてよ本当に」
「だって……。心の傷って見えないでしょう? 見える形で傷を表したほうが、魚谷くん優しくしてくれるかなぁって思ったのよ……」
目がマジだった。
心の傷で言えば、俺の方がズタボロだと思うんだけどな。
「大晦日は魚谷くんの家でパーティよ!」
「いや、俺の家、こたつないけど……」
「大丈夫よ! 買ってあげる!」
「邪魔だからいらないです……」
「もうっ! だったら使い終わった後、持って帰ってあげるわ!」
「まぁ……。それなら良いけどさ」
「やった~!!!」
「でも、イチャイチャはしないからね?」
「は? イチャイチャしないなら、何のためにこたつ買うのよ」
なんか怒られたんですけど。
「当たり前じゃん。家に来てもいいけど、俺と加恋には一切近づかず、常に半径二メートル以内には足を踏み入れないこと。守れる?」
「ちょちょちょっ。冗談キツイわよお兄さん」
「だって、何されるかわからないし」
「それってつまり、私がトイレでおし〇こしてる時に、魚谷くんがうっかりドアの前に現れたら……。私、トイレを出て、半径二メートル外に移動しないといけないってことよね?」
「なんでそういう発想がすぐ浮かぶの?」
「っていうか、半径二メートルも離れていたら、一緒のベッドで眠れないじゃない! 何よこのめちゃくちゃなルールは!」
授業中の廊下で発する音量じゃないんだよなぁ。
会話の内容も酷いし、頼むから誰も廊下を見ないでほしい。
「一緒にお風呂も入れないわ! 何よこれ! 逆に何ができるの!? 糸電話で愛を伝えるごっこくらいしかできないじゃない!」
「何その遊び……」
「ダメよダメ! そんなバカげたルールに縛られる女じゃないのよ私は!」
今回に限らず、基本的にルールなんて守ったことないでしょこの人。
法律すら時に乗り越えてしまうくらいなんだから。
「大晦日は一日中魚谷くんとひっついてイチャイチャ! これ以外の過ごし方はないの! わかった!?」
「じゃあ家に入れない」
「だったら家をぶっ壊してやるわ!」
「野蛮すぎるでしょ」
「いいじゃない! イチャイチャしましょうよ! どうして私の愛を受け止めてくれないの!? いっぱいベロキスして、幸せな夜を過ごしたいじゃない!」
「ベロキスとか生々しいこと言わないでくれる?」
「じゃあなんて言えばいいのよ。舌合わせ?」
「それもなんかエロいな……。っていうか、普通ベロチューって言わない?」
「普通なんて枠に囚われたくないのよ!!!」
さすが鳥山さん。今日もクレイジーだ。
高校二年生じゃなくて、中学二年生みたいだけど。
さて、そろそろこの話題、終わってくれないかなぁ……。
小テストは記入が終わってるから良いとして、いつまでも寒い廊下にいたくない。
「鳥山さん。寒いし教室戻ろう?」
「……待って。魚谷くん寒がり?」
「そうだけど……」
「はは~ん。良いこと思いついちゃったわ」
はは~んって。
令和になってから、初めて聞いたよ。
「魚谷くんの服を全部盗んでしまえば、寒がりだから、こたつに入らざるを得なくなるはずだわ!」
「……」
「しかも! 魚谷くんの丸裸が見られちゃうのよ!? なにこれお得! さすが年末! お得がいっぱいね!」
「ごめん……。シンプルに聞くけど、馬鹿なの?」
「あなたのことが好きすぎて、馬鹿になっちゃったのよ! 恋愛ホルモンのせいで脳細胞全部破壊されて、あんぽんたんになりました! 責任とってお嫁さんにしないさいよ!!!!」
「嫌です……」
「クソがっ!!!」
鳥山さんが、思いっきり教室のドアを蹴った。
そこまで新しい学校じゃない。
ドアは……簡単に倒れてしまった。
クラス中の視線が集まる。
「……なによ! 私と魚谷くんがイチャイチャしているのが、そんなに気になるっていうの!?」
やっぱりこの人はおかしい。
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