第785話 カーリーンだったか。あの女悪魔の力はすばらしかったな

 ロンダルト王国の王城には、フリード国王のプライベートルームがいくつもある。目的によって使い分けていて、今日は国内の貴族と密会するため使う隠技の部屋にきていた。


 内装は至ってシンプルだ。テーブルすらなく向かい合わせのソファが四つのみ。薄暗い照明で近寄らないと、顔はハッキリと見えない。窓はなく分厚い石の壁で囲われており、床には防諜用の魔方陣があるので盗み聞きされる心配はない。


 そんな場所にフリード国王はソファに浅く腰掛け、足を組んで座っていた。


「早速、結果を教えてもらおう」

「かしこまりました」


 正面に座っている女性――エルラー家当主、ゼルマはやや緊張した面持ちで答えた。


「プロイセン王国と教会、人狼ダンジョンの合同隊は全滅。ダンジョンマスターのヴァレーは死亡いたしました」


 隣国の動きはフリード国王も把握していたが、ヤンのダンジョンがもつ戦力を把握するため見逃していた。監視は領地の管理を任されているエルラー家で、ローザに遠視の魔法を使って様子を見ていたのだ。近づけば存在がバレてしまうため、声までは拾えていないが結果ぐらいまでなら把握している。


「ソフィーは二つ目のダンジョンを手に入れたのか?」

「いえ。彼らはヴァレーを殺せなかったようです」

「ではゼルマ、お前か?」


 ダンジョンマスター同士の戦いになるとわかった時点で、どちらかが死にそうになったらトドメを横取りしようとしていたのだ。


 隙あればダジョンの全てを手に入れろ。


 これが監視役に任された、ゼルマの隠れた任務でもあったのだ。


 忠誠心の高い貴族であれば素直に従っただろうが、ゼルマは余計な力を手に入れても暗殺される危険が高まるだけだと判断して、ソフィーが死にかけない限り、手は出さないと決めていた。そのため落下中のヴァレーを殺す機会があったのにもかかわらず見逃すことになり、バロルドがダンジョンマスターになった。


「違いますバロルドです」

「誰だ?」

「一度ソフィーに負けた元勇者ですよ」

「そんなのがダンジョンマスターの力を手に入れたのか、予想した中では俺にとって最も都合の良いパターンになったな」


 歯をむき出しにして笑うフリード国王を見て、ゼルマはバロルドを殺すつもりだと理解し、同時に自分の勘が正しかったと確信する。


 あの時、手を出さなくて良かったと思ったのだ。


「兵を出せばバロルドを殺せると思うか?」


 質問されたゼルマは悩んだ。


 殺せると言えば王家直下の兵を差し向けてバロルドのダンジョンを攻略、ダンジョンマスターを殺しに行くだろう。その結果、人間を辞めることになるのだが、フリード国王は長寿を手に入れたと喜ぶはずだ。


 迅速に動ければ、普通のダンジョンマスターと戦うより勝つ可能性は高まるだろう。決して夢物語ではない。


 しかし懸念は残る。


 圧倒的な力を手に入れたフリード国王は、貴族の力を必要としなくなる。少なくとも武力面で頼ることはなくなるはずだ。王家の力が増せばエルラー家を含めた貴族たちの力をさらに削ぐように動く。


 その時、逆らってもダンジョンマスターに勝てるとは思えない。


 兄の死によって手に入れた当主の座を守り、エルラー家を繁栄させるのであれば、フリード国王は今のままでいた方が都合は良かった。


 国のため? そんなことゼルマは考えない。


 エルラー家のためにしか動かないのだ。


「ダンジョンマスターになったバロルドは、ソフィー陣営と殺し合うことはせずに何か話しておりました」

「ほぅ。新人同士で通じる物があったのか」

「恐らくは」


 フリード国王はゼルマの言葉によって、同盟を組んだ可能性が高いと考えた。


 ダンジョンマスターの力は非常に魅力的だ。手に入れば絶対に裏切らない兵が手に入り、個人としても世界トップレベルの力と長寿は得られるが、今すぐ手に入れる必要性はない。

 

 フリード国王は国内での立場は安定しており、また敵対しているプロイセン王国は教会に金と兵を借りてすべて失ったため、返済に忙しい。


 内外に敵はおらず、時間はたっぷりあるのだ。しかし悩みがないからこそ、膨れ上がっていく欲望が止められない。


「カーリンだったか。あの女悪魔の力はすばらしかったな」

「あれは人の手に余る力です」

「俺なら扱える」


 ゼルマの忠告は無意味であった。


  これ以上の進言は不興を買うと判断して口を閉ざす。


「五千の兵ならすぐに動かせる。プロイセン王国の人狼ダンジョンを攻め落とし――」

「それは止めておけ」


 誰も入れないはずの部屋に、体を鱗で覆った竜人――リカルダが姿を現した。


 フリード国王は驚き立ち上がるが、会談前に転移の目印を持たされていたゼルマはソファに座ったまま。落ち着いている。


「お前はリカルダ、だったな」

「私が認めてない人間よ。気安く名前を呼ぶな」


 部屋が殺気の籠もった魔力に満たされ、フリード国王は力が抜けてフラフラと座ってしまう。


「この程度の脅しで怯えてしまうお前には、ダンジョンマスターの力は不釣り合いだ。せめてラルス以上の素養を見せろ」


 不快な名前を聞いてフリード国王はギリッと歯を鳴らした。


 静観しているゼルマは自慢げな顔をしていて、自らの目で見いだした才能がダンジョンマスターにすら認められたことに満足感を覚えている。


「リカルダ様はどうしてここに?」


 不機嫌になって黙ったフリード国王の代わりにゼルマが質問をした。


 古い世代のダンジョンマスターは表に出ないことを美徳としている。それでも人前に現れるなら、深刻な問題が発生したのではないか。言葉の裏にはそういった疑問も含まれていた。


「時代が変わった。ダンジョンマスターの協定は破棄され、これからは自由に動く者も増えるだろう」


 フィネがダンジョンマスターとして暴れたことで、人類に存在が広く知れ渡ってしまった。さらに人間と手を組む動きも出てきて、表に出てくる流れは止められない。


 密かにダンジョンを運営して、人間から効率よく生命エネルギーを吸収する時代は終わったのだ。


 これからは混沌の時代となる。


 同盟を組んでいた相手と戦い、エサでしかなかった人間と手を組む。そういった変化の波が訪れ、リカルダも動き出したのだ。


「それで、これからどうされるので?」

「ロンダルト王国と取引がしたい」


 リカルダは視線をゼルマからフリード国王へ移した。


 冷静さを取り戻していて話はできる状態となっている。


「戦争が起きれば私の力を貸す。その代わり国内にあるダンジョンに手を出すな。人間から守れ」

「アンデットダンジョンもか?」

「国内にあるなら例外はない」


 聖女がアンデッド化したため、教会はヤンのダンジョンを攻略したがっている。各国に圧力をかけ、時には金銭や女で懐柔するほどである。プロイセン王国は話に乗って痛い目をあったのだが、他国でも同様のことは起こり続けるだろう。


 そういった動きをロンダルト王国の外交能力でなんとかしろ。


 リカルダの要望はそういったことであった。


「どうしてヤンのダンジョンにこだわる? 利益はあるのか?」

「お前が知る必要はない。今すぐ答えろ」

「断れば……」

「魔物を率いて勝手に動く」


 シンプルだが脅しとしては十分であった。ダンジョンから大量の魔物が出て暴れ回れば、エルラー家だけではなくロンダルト王国全体に大きな被害が出る。


 国力が大きく低下すれば、ヤンを狙っている教会は攻め入ってくるだろう。


 また暴れ回るリカルダを殺せなければ国が消滅する。依代を二つも持つダンジョンマスターを殺せる人間は、少なくともフリード国王の手駒にはいない。


 選べるのは共存か、破滅か。


 悩むことなんてなかった。


「取引を受け入れよう」

「人の王にしては懸命な判断をしたな」


 床に魔法陣が浮かぶと一つ目のドラゴンが数匹出現した。

 手のひらに乗るほどのサイズで、戦闘能力は皆無だ。


 その代わり目から映像を出し、離れてた相手の声を伝える能力を持っていて、遠距離通信によく使われる魔物であった。


「何かあれば、こいつを使って連絡しろ。私もそうする」


 立ち去ろうとして転移魔法陣を出して、リカルダはふと止まった。


「我がダンジョンを守っているエルラー家の扱いは丁重にしろよ。他の貴族に変わったら取引は破棄されたとみなす」


 一方的に言い放ってしまうと転移してしまった。


 残されたのは二人だけ。


「どうしてダンジョンマスターがゼルマ子爵を気にしている?」

「彼女が気に入っていた人間、ラルスを雇っていたかもしれません」

「そんな理由で? 国王である俺を脅すのか?」


 人生で経験したことがない屈辱を感じつつも、フリード国王はなんとか理性を保っていた。


「魔物の考えることは我々には理解できません」

「そう、だな」


 ダンジョンを手に入れることは叶わなかったが、リカルダの後ろ盾ができた。


 プロイセン王国をもう少し弱体化させれば、侵略して領土拡大まで狙えるだろう。


 平凡な国王で終わるのも良いかと思っていたフリード国王であったが、名君として歴史に名を残せるかもしれないと、欲望が湧き上がってくる。


 そんな国王をゼルマは冷たい目で見ていた。



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ここまでお付き合いありがとうございました。

本章は一旦終了です。


Kindleで電子書籍版も販売していますので、そちらも読んでもらえると嬉しいです!

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