第784話 放置したらダメなのか?

 アンデッドが住むヤンのダンジョン。その大穴の下に三人の人間だけがいる。


「これからやることがわからないなら、まずは体に起こった変化を知った方がいいだろう。何が起こっている?」


 だいぶ前に聞いたカーリンの言葉が思い出される。


 ダンジョンに選ばれる存在は、体内に魔石を持つもののみと言っていた。


 では、ダンジョンに選ばれた者から人間が権利を奪い取ったらどうなる?


 決して愉快な話にはならないだろう。


「心臓の鼓動がなくなりました。その代わり溢れる魔力で体がどうにかなりそうです」


 選んだのではなく奪われたのであれば、強制的にダンジョンが体を作り直すのか。


 おめでとう。バロルドも人間を辞めたらしい。

 

 種族はなんだろうな。未発見の新しいものだろうか。


「前に聞いた話だが、ダンジョンマスターは例外なく体内に魔石を持つらしい。バロルドは魔物になったんだよ」

「…………マジかよ」


 相当なショックを受けたようで、顔を上げて大穴の底から空を見ている。


 気持ちはわかるが心の整理をする時間はないぞ。


「そんなバロルドに先輩がやることを教えてやろう」

「これ以上、俺に何をしろと?」


 自暴自棄になったのか言葉遣いが荒い。

 

「ダンジョンの運営と防衛だ。人間風に言うなら領地の運営だな」

「放置したらダメなのか?」

「何もしなければ緩やかに衰退していき、最後は自壊するらしい。その時、ダンジョンマスターは……」

「死ぬのか」

「その通りだ。他のダンジョンマスターに襲われて奪われることもあるし、力をつける必要はある。運営方法はわかるか?」

「なんとなく。ダンジョンと繋がっていて、そこから知識が流れ込んでくる」


 ダンジョンマスターという、新しい外部装置を自動で教育する仕組みがあるようだ。


 それは、入れ替えが発生する前提でダンジョンは運営されているも考えられる。

 

 転移、遠隔で見られる映像、魔物の製造、依り代、そのすべてがダンジョンを運営する目的だけに与えられた仮初めの能力で付け替えが可能。飛び抜けて戦闘能力の高いダンジョンマスターですら、使い捨ての道具でしかないのであれば、なんとも気分の悪い話だ。


 あぁ、だから連合みたいな組織を作って、ダンジョンマスター側も対抗しているのか。


 最低限の運営をしつつダンジョンの奥に引っ込んでいれば、新しい外部装置に乗り換えられる心配はないからな。


 偉そうにしていたリカルダもダンジョンには逆らえないのだ。気が遠くなってしまいそうな年月を使いっ走りとして過ごしていたのであれば、少しぐらいは同情してやっていいかもしれない。


「死にたくなければダンジョンを運営するしかないぞ。それは俺たちも一緒だ。そこで提案がある」


 ついさっきまで敵対していたから当然なんだが、俺の言葉にバロルドとナージャに緊張が走った。強ばった顔をしていて警戒している。


 ヤンを攻めないのであれば戦うことなんてしないのに。


 二人とも敵味方の見分けができていない。だから良いように使われるんだ、ってそれは俺も同じか。あまり人のことは言えないと思い直した。


「簡単な話だ。同盟を組まないか?」

「内容を教えてくれ」

「同盟を組んだら不可侵になるのは前提として、定期的にお互いがもっている情報を交換、攻め込まれたときには戦力を派遣するといった内容を考えている」

「俺には有りがたい内容だけど、そっちにメリットはあるのか?」


 怯えが含まれた目をしながらも、強い意思を持ってバロルドは警戒を続けている。

 すべてはナージャを守るためだろう。


 ソフィーで完全に心が折れていたと思っていたのだが、ダンジョンマスターになって魔力量だけじゃなく精神性も少し変わったのだろうか。


「俺たちは派手に暴れすぎたから、他のダンジョンマスターに狙われている。仲間が欲しいんだ」


 話ながらヴァレーの死体を見ると、バロルドは納得してくれた。


「同盟組んだら俺たちも、ついでに狙われるんだよな」

「ダンジョンマスターは独自の考えで動いているから、どうなるかわからない」


 寿命、能力、環境、その他諸々が人間とは大きく違う。同じ価値観ではないから、同盟を組んでも実害がなければ見逃す可能性は充分にある。逆に異物が増えたと先手を打たれることも考えられるし、本当に予想すら難しい。


「他にも同盟を組んでいるダンジョンマスターはいるのか?」

「いる。しかも大規模なのがある」

「そうか……そっちに入った方が……」

「より大きな保護は得られるな。入られるなら、な」

「…………」


 黙って悩み出したバロルドは、ちらりとナージャを見た。


「私は魔王ソフィーが怖い……見るだけで体が震える」


 ただの人間である彼女に埋め込められた恐怖心は、そう簡単にはなくならない。同盟を組むのであれば接する機会も増えてくるだろう。そういったことを考えれば拒否するのも理解はできる。


 これは交渉失敗だなと諦めかけていたのだが、思っていたよりもナージャの芯は強かったようだ。


「でもね、他のダンジョンマスターより信じられる。だから手を組んだ方がいいよ」

「どうしてそう思ったんだ?」

「アンデッドは執着先を裏切らない。だから私は魔王ソフィーじゃなく、執着されている彼を……子供を見殺しにしないラルスなら信じられると思ったの」


 廃墟の町で俺が子供たちを助けたことを覚えていたようだ。


 言葉ではなく過去の行動、実績を信じてもらえ、不覚にも嬉しいと感じてしまった。


「他のダンジョンマスターに襲われるかもしれないぞ?」

「私たちみたいな新人が同盟の提案をして受け入れられてもらえる? 逆にエサだと思って襲われない? そもそも他のダンジョンマスターと、どうやって会うつもり? 勝手にタンジョンに乗り込むの? そっちの方が危険だよ」

「……そうだな」


 結論は出たようだ。バロルドが俺を見る。


「待たせてしまったな。俺たちは同盟の話を受け入れる」

「そうか。色々あったが、これからは仲間だな」


 契約書の代わりに握手を交わす。


 前途多難ではあるが、ようやく同じ立場の仲間ができたのだった。

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