第783話 噂は本当だったんですね

 まさか呪いで死にかけていたブルペルドにひっくり返されるとは思わなかった。すぐにでも襲いかかりそうなソフィーの手を握りつつ、小声で話しかける。


「時間が経てば目覚めると思うか?」

「体内に聖水の力が入り込んでいるので難しいですね。早く取り除かないとフィネの存在は消滅しちゃいます」


 想像を超えるほど危ない状況のようだ。


 時間がない。内心で焦るが、どう動くべきか悩んでしまう。


「ふははは! 最後に勝つのは俺様なのだ!」


 俺たちが無事だというのにブルペルドは叫んでいた。


 呪いの影響なのか、目から正気を感じられない。ギリギリ耐えきれなかったのか。


「俺が注意を引くから、その間にフィネを助け――」


 思いついた作戦を口に出そうとした瞬間、足下の床が消えた。いや、それだけじゃない。壁や天井すべてが消え去り何もなくなった。


 一瞬の浮遊感の後、落下していく。


 下は大穴があって地面に叩きつけられたら潰れてしまう。アンデッドでも無事では済まないだろう。


「城が消えた!? 助けてくれ!!」


 くそ、遅かったか!

 

 意識を失ってしまえばギフト能力で創った城はなくなる。


 普通に建築されたと思い込んでいたブルペルドは動揺していて、フィネを手放していた。


 ソフィーと手を繋いだまま空中で体を傾け、横に移動していく。


 何度か失敗しながらも位置を調整してフィネを掴んだ。


「落ちないように抱きついてくれ!」

「はい!」


 フィネを間に入れてソフィーは俺の上に乗った。これならいける!


『フォーリング・コントロール』


 ヤンのダンジョンに入ったとき使った思い入れのある魔法だ。


 俺の体は落下速度が極端に遅くなった。


 上に乗っている二人も同様だ。魔法の効果範囲に入っている。


 一方のブルペルドは、俺たちを追い越して大穴へ吸い込まれていく。あれじゃ助からないだろう。


 敵の片方は死んだ。残りはヴァレーだ!

 聞きたいことが山のようにあって生きてもらわなければ困る。


 左右を見ても姿は見えない。


 俺たちより先に落ちてしまったのか? と思っていたら、頭上から声が聞こえる。


「どうしてこうなったの!?」

「俺にしがみつけ! 絶対に助ける!」


 逃がしたはずのバロルドとナージャたちだ。

 まだ逃げ出してなかったのか! 運の悪い奴らめ。


 大穴の壁に剣を刺して耐えていたようだが、力尽きて落ちていく。


「きゃぁぁあああっ!!」


 ナージャが俺の隣を通過していった。少し遅れて追いかけるようにバロルドが落下していく。二人とも既に俺たちの下にいってしまい、すぐに姿が見えなくなる。


 大穴の底は暗く、ここからじゃどうなったかはわからない。


「大丈夫でしょうか……」

「仮に勇者と呼ばれていた男だ。俺みたいに魔法ぐらいは使えるだろう」


 これは別に慰めの言葉じゃない。勇者の称号が手に入るなら魔力持ちは確定で、魔法が使える可能性は大いにある。あとは何を覚えているかだが、『フォーリング・コントロール』はマイナーではなく、そこそこ知られているので真面目に勉強していれば使えるだろう。


 生き残っている可能性は十分にあった。


「それなら良かったです」


 安心したようでソフィーは、それ以上何も言わなくなる。

 フィネは寝たまま。何もすることがないので黙って、ゆっくり着地するのを待つ。


 数分で底が見えてきた。

 誰かが明かりの魔法を使っているみたいで状況がよくわかる。


 ブルペルドの肉体はバラバラになっていて赤いシミになっていた。

 

 バロルドとナージャは無事なようだ。間違いなく生きているのだが、少しだけ困ったことになっていた。


 足下にはヴァレーが転がっていて、頭に剣が突き刺さっている。当然、俺のじゃない。バロルドのものだ。


 地面に足がつくとフィネをソフィーに任せて二人に近づく。


「何があった?」

「こいつのせいで、俺たちはやりたくないことをされたんだ。殺したよ」


 落下した後も生き残っていたのか。さすがダンジョンマスターだ。耐久力が桁違いである。ただ運だけはなかったようで、積もり積もった恨みが跳ね返ってきて死んでしまったらしい。


 卑怯な人狼にはお似合いの最後だな。


「それで体に変化はあったか?」

「……はい。噂は本当だったんですね」


 ダンジョンマスターを殺せば、ダンジョンのすべてが手に入る。

 この噂は真実である。


 バロルドがヴァレーを殺したことで資格を手に入れたのだろう。


「これからどうするつもりだ?」

「どうすればいいんですかね……全くわかりません」


 困り果てた顔をしたバロルドは力なく地面に座り込んだ。寄り添うナージャは膝を突いて優しく抱きしめる。


 よくみれば体は細かく震えていて、怯えるような目をしていた。


 近くにいるソフィーが怖いのだろうか。


 少しでも安心させてあげたいと思って兜を取る。正体については予想が付いていたようで、目の前にいる二人は特に驚いた様子はなかった。


「クライエンは人間なのか?」

「本当の名前はラルスだ。今のところは人間だな」


 軽い口調で言うと俺も地面に座り込むと後ろを見る。


「ソフィーはフィネの治療をしてほしい。島に戻っててくれないか?」

「わかりました。お気をつけて」

「そっちもな」


 小さく手を振られると転移して姿は消えた。


 これで落ち着いて話し合えるだろう。

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