第782話 自滅とは面白い!

 呪われた炎の剣は、生者の中でも特に人間が嫌いみたいだ。


 生命力を吸収すれば殺せたヴァレーには興味を示さず、教会騎士たちへ強い恨みを発している。直接、剣で突き殺さなければ気が晴れない、と訴えかけてきてうるさい。


 聖剣は呪われてもあんな素直なのに、どうして炎の剣はこう、歪んでるんだ。


「ソフィーは……ヴァレーを…………」


 完全に体が乗っ取られる前に後は頼んだと言いたかったのだが、執着先である俺を優先してしまい、こちらに来てしまった。


「大丈夫ですか!? 早く、武器を消してください!」


 できればそうしたいんだが、呪われた炎の剣が邪魔をしてギフト能力をキャンセルできないでいる。体は俺の意思から離れてしまい、一歩、また一歩前に出て、人間の元へ向かう。


「フィネもこっちに来て!」


 二人が協力してヴァレーにトドメを刺してくれれば良かったのだが、フィネまで来てしまった。俺の体を押さえながら、呪われた炎の剣を奪い取ろうとしているが、手にピタリと吸い付いていて離れない。


「ママ、解呪はできないの!?」

「今の私には……無理……です」


 悲しそうにしながら眉が下がって悲しそうな顔をされてしまった。


 今まで出来ていたことができない。聖女という肩書きではなく、その能力までなくなった影響が大事な場面で出てしまっており、無力感に襲われているのだろう。


 俺が原因でソフィーを悲しませるわけにはいかない。


 呪詛に逆らおうと抵抗していたら頭痛が激しくなった。頭をグチャグチャにかき混ぜられているような不快感もあって、膝を突きたくなったが、それすら許されない。


 足は勝手に動いて前に進んでしまう。


「自滅とは面白い! 愚かな人間らしい最後だな!」


 深い傷を与えたはずなのに、ヴァレーの体は見た目だけは治っていた。ヴァンパイアナイトは殴られたようで壁にめり込んでいる。


 フィネは俺の腹に抱きついて動きを止めようとしていて戦闘は難しい。ソフィーは煽られたのがムカついたようで、ダンジョンマスター同士の戦いを始めた。欲望に忠実なところはアンデッドらしさが出ている。


 ダメージが残っているヴァレー相手なら、苦手な接近戦でもすぐに殺せるだろうか……。


「パパ! 早く戻って!」


 ギフト能力を使っている間も魔力は消費されているため、徐々に抵抗する力すら失われていく。


「こんな輝き方は認めない! こうなったら、もう知らないんだから!」


 アンデッド化した左腕を握られた。


 禍々しい魔力が流れ込んでくる。

 これはフィネ自身のものだ。


 生者とは相容れない性質で本来なら猛毒ですらあるのだが、左腕なら受け止められる。外部から挿入された魔力は肩にまで届き、接続した部分で一時的に止まる。


 俺の体内にある死と生の狭間。


 接続して自分の体の一部となったアンデッドの腕。


 血液と魔力は毎秒行き来している。


 既に変換する能力が備わっていたのだ。


 フィネの禍々しい魔力が反転して正常なものに戻り、俺の体内を駆け巡っていく。魂を分け合ったからなのか、還元率は非常によく、急速に魔力は補充されていく。


『生者を呪え、命を奪え、大地を死で満たせ』


 ずっと呪われた炎の剣が叫んでいた言葉が薄れていく。


 意思の力でねじ伏せ、体の主導権を取り戻す。


 まさかあのフィネに助けられるとは思わなかった。


「もう大丈夫だ。ありがとう」


 アンデッドの腕で頭を撫でる。


「本当? もう負けない?」

「ああ、負けない」


 気がつけば教会騎士たちは、すべての生命力を吸い取られてミイラ化していた。貴族のブルペルドはギリギリ生きているので、俺と同じように呪いに対する高い耐性がある防具を身につけているのだろう。


「フィネはあの男を取り押さえておいてくれ」

「パパは?」

「お礼として、俺の輝きというのを見せてやるよ」


 ヴァレーが『魔法障壁』ごとソフィーを吹き飛ばしたので、入れ替わるように飛び出して右腕を斬り飛ばす。


「お前!?」


 二度と戻ってこられないと思い込んでいたようで、ヴァレーは信じられないような目で見ている。


 動きが止まっていて隙だらけだ。


「安心しろ。殺しはしない」


 魔力を多めに注ぎ込んだ呪われた炎の剣は、人狼の硬い毛皮すら容易に斬り裂いて残りの腕も切断した。体から完全に離してしまえば、再生できたとしてもかなりの時間と魔力を要するはず。戦闘中には戻せないだろう。


 腹を蹴って壁に叩きつけると、呪われた炎の剣を腹に突き刺して縫い止める。


「ガハッ……ゴフッ……」


 死なないギリギリまで生命力を奪い取ると、完全に動かなくなった。


 剣の柄を握ったまま振り返る。


「どうだ? 俺の輝き……は……」


 フィネは気を失ったように目をつぶって、死にかけていたはずのブルペルドに力なく抱きしめられていた。


 体から発していた呪いの魔力も消えている。


「おっと二人とも動くなよ。変なことをすれば、こいつは永遠に目覚めない」


 吹き飛ばされていたソフィーが俺の隣に転移してきた。


「床に転がっている瓶に強力な聖水が入っていたみたいですね」

「それで眠った、と?」

「はい。運が悪ければ消滅していたかもしれません」


 まさか奥の手を残していたとは思わなかった。完全に俺の判断ミスだ。


 情報が欲しいからって、生かそうとするべきじゃなかったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る