腹ぺこカエル

 雨は止んだものの、道はドロドロにぬかるみ、あちこちに大きな水たまりができていました。

 家を出てからだいぶ月日が経ちました。

 色々な生き物たちと出会いましたが、幸せはさっぱり見つかりません。

 そろそろイモリも疲れてきました。


 イモリは地べたに座り込んでしまいました。

 目の前が少しかすんできます。


 幸せはどこにあるのだろう。幸せってどんなものなのだろう。

 俺には見つけられない物なのかな。それとも初めから幸せなんてもの、どこにもないのかな。


 ぎゅるるるう。


 お腹が食べ物を欲しがって鳴きました。

 イモリはおにぎりを取り出して気が付きました。

 

「これで最後か……。そろそろ帰らないと」


 最後のおにぎりを見つめて、それから口に運ぼうとしたその時、目の前に一匹の蛙がフラフラとした足取りでやってきました。

 カエルは右に行ったり左に行ったりして、足元が定まらない様子です。

 イモリが大丈夫ですか、と尋ねようとしたのと同時にカエルは地面に倒れ込んでしまいました。

 イモリは大変だ、とカエルの元へと駆け寄ります。

 近寄るとカエルはやっとのことで顔を上げ、かすれた声でいいました。


「何か、食べ物を……」


 イモリは手にしている自分のおにぎりを見つめました。

 その時、イモリはものすごい空腹に襲われていました。どうしても食べたいと思いました。

 しかし、そこでお母さんの言葉が頭をよぎります。


『困っている人がいたら助けてあげなさい』


 困っている人が今、目の前にいる。助けてあげられるのは自分だけだ。

 イモリは迷った末に自分のおにぎりを半分にわけて、その半分をカエルに差し出しました。


「どうぞ」


 カエルはそれを一口、口に入れると「うまい」と言って大きく目を見開きました。

 カエルはガツガツとおにぎりに食らいつき、あっという間にそれを平らげてしまいました。

 おにぎりを食べ終えたカエルは泣いて感謝しました。


「本当に助かった。ありがとう。きみのおかげで僕は生きている」


 カエルはしばらくの間、口にものを入れていなかったのだといいました。

 イモリは助けになれて良かったと安心しました。


「とうとう、見つけられなかったなあ」


 口から漏れてしまった言葉にカエルが反応します。


「見つけられなかったって、何か捜し物をしているのかい?」


 イモリは力なく笑います。


「幸せを探していたんだ。でも、どこにも見当たらなくてね、結局歩き回っただけで、答えはどこにあるやらさっぱりだよ……」


 カエルは驚いたような、不思議そうな顔をしました。


「ええ!? きみは幸せを探しているのかい? そんなの答えは簡単だよ!」


 カエルの驚きにイモリも驚かされます。


「も、もしかして君、幸せがどこにあるのか知っているのかい!?」


 カエルの次の言葉に期待を寄せてイモリは息を呑みます。


「うん。だってすぐそこにあるじゃないか」


 カエルはそう言ってイモリの方を指さしました。

 イモリはあっけらかんとしてカエルの指先を見たまま動けなくなってしまいました。


「え? 『そこ』って?」

「そこだよ。きみの手の中」


 彼が指差していたのは、イモリが手にしていた半分のおにぎりでした。


 おにぎりが……幸せ……。

 半分になった、真っ白なおにぎり……。




 イモリがまじまじとおにぎりを見つめていると、途端にお母さんのことが思い出されてきました。

 今頃お母さんはどうしているだろう。一人で家にいて寂しくないだろうか。自分のことを心配しているのではないか。

 カエルは言います。


「そんなに美味しいおにぎりを作ってくれる人がいるなんて、この上ない幸せじゃないか。そのおにぎりが食べられる君は、間違いなく幸せものだよ」


 イモリはおにぎりを食い入るように見つめました。

 お母さんの温もり、自分を思う気持ちが溢れ出ているのが見えました。


「なんだ……こんなに近くにあったのか」


 イモリの顔から笑顔がこぼれ出ました。

 同時に目から出た温かいものが頬を伝わっていきます。

 カエルは驚いた様子でイモリのことを心配そうに見ました。


「大丈夫?」


 イモリは目を拭って、手に持っていた残りのおにぎりをカエルに渡しました。


「これあげるよ」

「えっ、いいの?」


 イモリはお腹の底から、体中に温かいものが流れ出しているのを感じました。

 これが幸せなんだ。


「君は俺に幸せが何かを気付かせてくれた。そのお礼だよ! それでお腹いっぱいにしてね」

「うん、ありがとう」

「それじゃあ、幸せが見つかったから俺は帰るよ!」


 おにぎりを片手に立つカエルを背に、イモリは駆け出します。


 ずっと、自分に幸せを与えてくれていたあの人は今、どうしているのだろう。

 早く帰らなきゃ。


 イモリは草原を駆けて行きます。

 今ならバッタのように空高くまで飛べそうな気がしました。

 大地を蹴って、風に乗って、草花の上をイモリがゆきます。

 顔を上げると鮮やかな青天井に、ひとつの雲が漂っていました。


 ふわふわと浮かんでいるその雲は三角形と言われればそう見えるし、雫型だと言われればそれもまた、そう見えてくるものでした。


 地上の原っぱを駆けていくイモリは雲を見て、なんだかおにぎりみたいな雲だな、と思いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イモリは天を仰ぐ 滝川創 @rooman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ