暇のないダンゴムシ

 イモリが森の中を歩いていると、岩の下から一匹のダンゴムシが出てきました。

 

「行ってくる」


 ダンゴムシの後ろからその奥さんと二人の子どもが出てきました。


「あなた、いってらっしゃい。今日も愛してるわよ」

「お父さん、仕事がんばってね!」

「大好きだよ、お父さん! 帰ってきたら遊ぼうね!」


 奥さんは美人で優しそうでした。子どもたちは無邪気にお父さんの周りを駆け回っています。

 ダンゴムシは虚空を見つめたまま小さくああ、と返すと家族の方を振り見向きもせずに歩いて行きます。

 イモリはダンゴムシのことが気になって、少し後ろを着いていきました。

 しばらくするともう一匹のダンゴムシが近寄ってきました。


「よう! 元気にしてたか? 随分と久しぶりだな!」

「ああ、久しぶり」


 どうやら彼は父ダンゴムシの友人のようです。


「これ、向こうの丘で買ってきたんだ。美味しいと噂のお菓子なんだけど、君にもあげるよ」


 彼は友人からのお土産を受け取ると軽く礼を言って、再び通勤を続けました。

 そこで、イモリは思い切って彼に話しかけました。


「こんにちは、俺はイモリ。幸せを探しているんだ」


 ダンゴムシは少し怪訝な顔つきでイモリに目をやります。


「……こんにちは、はじめまして」

「ところで、きみは幸せがどこにあるのか知っているかい?」

「さあね」


 ダンゴムシは全く興味なしといった態度をあらわにしています。


「えっ、でも君は美しい奥さんと愛らしい子どもたち、優しい友人に囲まれているじゃないか。それなのに幸せを感じはしないのかい?」

「……感じないな。幸せなんて考える暇もないさ。どうせいつかは死ぬんだ。幸せなんて感じていたら死ぬときに辛くなるだけだろう」


 イモリはダンゴムシの悲観的なセリフに、返す言葉が見当たりませんでした。

 目を丸くしているイモリに一瞥を投げると、彼は無言で通勤を再開しました。


 イモリはついに頭がこんがらがってきました。今までで一番幸せに近そうな生き物を見つけたのに、当の本人は「幸せなんて考える暇もないさ」なんて言うのです。


 一体、幸せというのはどうしたら見つけられるのだろう。

 ぽつり、ぽつりと雨が降り始めて、土を一層濃い色へと変えていきます。

 以前、クモが言っていたように、幸せなんて存在しないのでしょうか。


 イモリは重い足取りで、ダンゴムシとは逆方向へと歩き出します。

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