第2話 さくらんぼ


「脚大丈夫なのか?」

「あっ……大丈夫ですけど、すぐに治るので……だから、その……」

まず極強ごくきょうは自身のユニフォームを裂いて、

ベルトのように固定してOLを背負っていた、

気絶して、起こそうとしても反応がない。

仕方がないので背負って交番の前にこっそりと放置する心づもりだ。

そして、両腕でピエタ象のようにゴスロリの少女を抱えている。

両手に花おんぶにだっこの状態である。

何故、極強がこのような異常な体勢サンドイッチマンで平然と歩けるのかと言えば、

夜久高校よるひさこうこう野球部の特訓にこのようなものがあったからである。


「あの……私も女の子なのでこういう姿勢はその……」

公園の魔物と対峙している時と違い、少女の態度は気弱そうなものである。

声は徐々にか細く、しかししまったと思えば、大きくなったりする。


「申し訳ないと思うけど、怪我した女の子を歩かせるのもアレだろ」

「いや……すぐに治るので……」

「治るわけがないだろ、常識的に考えて」

しかし、既に少女の脚の出血は止まり、傷口には薄く皮膚が張っていた。

体の傷だけではない、彼女の着るゴシックロリータ衣装もまた、

新品であるかのように再生している。


「えっ……常識って……九九二八九くぎはくさん、魔物を……」

しかし、常識と言うのならば、

人外存在である魔物を平然と撃退いてこました極強の方がおかしいと少女は思った。

「ところで君、俺の名前教えたっけ?」

「えっ……あっ……有名ですから、打率10割の最強の高校野球少年バントでホームランって……」

「元だけどな」

「今の俺は殺率10割の魔物退治少年モンスターハンターG(ジェノサイド)だよ」

「えっ、えっ……?魔物に会ったの初めてなんですよね?」

「かっこいい名前だろ?さっき考えた」

「あっ……はい……そうですね……」

若干少女の顔が引き攣っているが、極強は気づかない。

そういう男女のテンションの差というのは往々にして存在するものである。

気をつけなよ。


深夜でも輝くもの、ネオンライト、夜の店、街灯、会社、コンビニ、そして交番。

だらだらと話していると極強達は交番の前まで辿り着いた。

極強は高校生、少女も成人とは言えない見た目をしているし、実際にそうである。

警官がパトロールでいない間にOLを交番の中に置き、

ダッシュで逃走し補導を避けることがベストであったが、

どうも補導からの説教からの説教8割は削ってくるクソコンボは避けられそうにない。


「あの……どうしましょう九九二八九さん」

「いや、俺のことはモンスターハンターGって呼んでくれ」

「えっ……じゃあモンスターハンターGさん」

「人に言われてみるとダサくて長いな……

 子供の頃に大切にしていた宝物がガラクタと気づいちゃった気分だ」

「えっ……すいません……」

「いや、いいよ。極強って呼んでくれ」

「じゃあ極強さん、どうしましょう極強さん」

「OLを速攻で置き去って逃げる、これしかない」

「えぇ……でも極強さん、私を抱えてますし、無茶ですよぉ」

「安心してくれ、えーと、そういや名前聞いてなかったね」

「あっ、はい。夢咲ゆめのさきです夢咲未来ゆめのさき みらい

「とにかく、俺に任してくれよ夢咲さん」

自身溢れる極強の声は、四番打者のそれに相応しいものであった。


「すいません、気絶してる女性を見つけたので届けに来ました!」

交番に入った瞬間、OLを支えていた簡易ベルトが千切れた。

獣のように低く構えていた極強からずり落ちたので、

落下によるOLへのダメージはほとんど無い。


「じゃあ僕たちはこれで!!」

それと同時に踵を返して、夢咲を抱えた極強は走り始める。





「まぁ、ダメなもんはダメだったな」

「……ダメでしたね」


二人はしょんぼりパトカーにの後部座席に座らされて、家まで送られている。

ダメなものはダメだった。


「極強さん、思ったよりも足遅かったんですね……」

「まぁ、打率10割打てば響くだからあんまり走力鍛える気にならなくてさ……

最近は素振りしかしてないし」

「ちゃんと練習しておけばよかったですね……」

「俺もそう思う、ちゃんと練習するよ……」

「そもそも逃げないで済むような生活をしなさい」

「「すいませーん」」


「……でも、ちょっと楽しかったです」

幾つか言葉を交わす内に、徐々に口数が減っていく。

警察官がバックミラーを見れば、眠る二人が映っている。

肩と肩がふれあい、同じ寝息を立てる。

家に着くまで、二人は同じ夜を共有した。



翌日の放課後、大型ショッピングセンター、サラスバティ、夜久店。

お好み焼き屋、ラーメン屋、うどん屋、クレープ屋、

様々な飲食店のブースが立ち並ぶフードコートにて、

極強と未来は向かい合って座っている。


「昨日のあれ、なんだったの」

500円の学生セット(ラーメン、五目御飯、ソフトクリーム)

のラーメンを啜りながら、極強が尋ねる。

今の時間帯は流石に黒の学生服を着ている。

と言っても、愛用のバットはしっかりとバットケースにいれて背負っているが。


「えーっとですね……」

同じく学生セットの五目御飯を食べながら、適した答えを未来は探している。

やはり学校帰りであるため、黒のブレザーを纏っている。

掛けた眼鏡は未来の気弱そうな態度に拍車をかけていた。


「幻覚ということに……」

「なると思うか」

「ひぃ……ならないですよねぇ……」

「幻覚を見たなんて扱いは散々にされてきたよ俺は」

「……そうですよね」

「大体話す気が無いなら、俺と連絡先を交換する必要はなかったし、

 待ち合わせをする必要もなかったし、

 こうやって同じテーブルでご飯食う必要もないだろ」

「うぅ……そうですよねぇ……」

しばらく、フードコートの雑踏の中に二人のラーメンを啜る音だけがあった。

上目遣いに極強を見る未来は、時折口を開こうとして、

極強の自分を見る視線に向き合うことが出来ず、ラーメンへと逃げ込んだ。

既に極強はソフトクリームまで平らげている。

ラーメン、五目御飯、そして最後の砦であるソフトクリームを食べ尽くし、

意を決したように、未来が口を開いた。


「……一年ぐらい前から、こういうことをやってるんです。地鎮祭を」

「地鎮祭?」

「あっ……地鎮祭っていうのは……私が勝手に呼んでるだけで、その……

 なんていうか、ああいう奴等を退治することです」

「公園の魔物とか、か」

「はい……えーっと、地主神って知ってます?

 土地には神様がいるって考え方なんですけど、アイツらはその逆です。

 土地に住んでる魔物です。といっても普通なら何も出来ないんですけど……

 えーっと、その……最近は実体化するようになってて……

 と言っても普通の人の目には見えなくて……」

「なんで、夢咲さんは見えんの?」

「生まれつき、そういうのが見えるらしいです」

「なるほど、つまり……甲子園の魔物も」

「……そういうことです」

「だよなぁ!いくら悪逆非道の邪悪暗殺神ダークネスアサシン高校でも

 兵器を甲子園に仕込むはずがないもんなぁ!常識的におかしいもんな!」

「それは……どうでしょう……」

邪悪暗殺神高校には甲子園の魔物の件でぬれぎぬを着せられた結果となったが、

そうなるにはそうなるだけのそれなりの理由というものが存在するのだ。

現に邪悪暗殺神高中世暗黒化学アルケミー部には、

ホムンクルス野球部員の存在が確認されている。


「まぁ、邪悪暗殺神高校のことはどうでもいいよ。

 それより甲子園の魔物だ。

 俺は何度も甲子園に行ったし、甲子園の中継もずっと見ていた……

 けど、俺が甲子園の魔物を見たのはあの一度だけだ。

 なんか理由があるのか?」

「実体化するって言っても

 最も力が強力になる時か、無理やり起こされるかしない限りは、

 基本的に、私達の目にも見えない意識体みたいな存在になってるらしいです」

「……甲子園の決勝戦か、あと一ヶ月ちょいだな」

「……はい」

生じた重苦しい沈黙を破るように、再び極強が口を開いた。


「夢咲さんはああいう奴等を相手に一人で戦ってんの?」

「はい……あっ、でも、違いますよ!昨日はちょっと調子が悪かっただけで」

言い訳をするかのように、未来の口数が増える。

くるくると舌は回り、目もくるくると泳ぐ。

「いつもだったら余裕なんですよ」

汗がだらだらと流れる。

「傷だってほら、ばっちり治ってます」

スカートから覗く白い脚を見せる。傷一つ残っていない。

「変身できちゃうんです、私」

野球ボールサイズのキラキラと黒く輝く宝石のようなものを見せつける。

「甲子園の魔物だって私が倒しちゃいますから安心してください」

胸を張り、どんと叩いてみせる。

「そりゃ知ってること全部言っちゃいましたけど……戦うとかやめてくださいね!危ないですから!」

様々な言葉と様々な動作があった。

押し黙って、極強はそれを聞いていたが、

未来の言葉が尽きたと見るや、ただ一言「俺もやるよ」と言った。


「全部一人で出来るなら、俺に何も話す必要なかったろ」

それから二人は、また深夜に会う約束をした。

未来は助けてとは言わなかったし、

極道は助けてとは言わせなかった。


「元四番打者に任しとけ」

とは言った。

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物理的に甲子園の魔物を殺しに行く 春海水亭 @teasugar3g

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