有翼者と呼ばれる翼が生えて膝から下が退化した人類が少数存在する世界の話。
と言っても何か大きな事件が起きる訳でもなく、問題が発生する訳でもなく、飛ぶ事も歩く事もどちらも中途半端にしか出来ない青年の通学を描写しただけの作品。
内容はとてもリアルです。現代社会に有翼者が居たら実際にこういう事になるだろうという状況そのままです。
中途半端でどっちつかずの体だけれど、だからと言って憐れみを持って欲しくないし、憧れも持って欲しくない。どっちつかずそのままの自分を見て欲しいという切実な思いが胸に響きました。
この思いは彼が有翼者だからという訳では無く、人間全てが思っている事なんでしょう。外見が関わらないインターネットの世界を大勢の人が好んでいるのがその証拠なんだと思います。
一人一人違う外見や考え方をしているからこそ、世の中はこんなにも生きにくいけれど素晴らしいんです。
背に翼を持つ『有翼者』という人々の存在する世界のお話。
ジャンルには現代ファンタジーとあり、実際その通りの世界設定なのですが、個人的にはSF的な口当たりというか、現実に放り込まれたifみたいな感覚で読みました。
約3,000文字というコンパクトな分量で、文章や展開もさらりと読みやすくまとまっているわりに、主題の掘り下げがゴリゴリ底まで到達しているというか、がっつり食べ応えのある物語でした。
短いのでここであれこれ言及するのもなんなのですが(だって本文読んだ方が早い)、ある種のアウトサイダーあるいはストレンジャーのお話です。以下かなりネタバレ気味の感想になります。
市民の中の『有翼人』という括り、そしてその有翼人のひとりである主人公。彼が社会の中のいち個人としてどのように生きるか、その姿勢はでも有翼人の中のひとりとしての彼のそれとは決してそのまま同一に結び付けられるものではなくて、つまりそれぞれ『社会から見た個』と『集団から見た個』の、そのアンビバレンツな重ね合わせの存在としての彼。そこに生じる複雑な感情が、胸中で擦り切れてひりつくような感覚。
驚きました。文字を通じて伝わってくる淡い痛み自体もなのですけれど、なによりそれが『翼』というモチーフに仮託されて著されていることに。きっと現実にも同じく存在するであろう種類の葛藤や痛みを、そのまま架空の存在に仮託することで浮き彫りにして、しかもそれがファンタジーにはおなじみの翼、広い空を自由に飛び回るための空想の象徴という、こんなのたぶん初めて見ました。
そのうえで、一番惹きつけられたところはやっぱり、この物語の帰着点です。主人公が最後に見つけ出す答え。あるいは答えと呼べるほどのものではなく、もちろん何かが解決したというわけでもない中、それでも自分の中で何かに区切りをつけて上を向く、この小さくも確かなハッピーエンドがもう本当にたまらない作品でした。