睦言は執務室で

GertRude

煌めく金の髪は陽光を撥ねて眩しく輝き、

 煌めく金の髪は陽光を撥ねて眩しく輝き、碧く澄んだ瞳はどこまでも冴えわたる知性を湛え、透き通る白い白磁のような肌はその身に一切の穢れを寄せ付けぬほど清らか。

 小さく華やかで煌びやかな顔は成人を目前にして大輪の花へと咲き誇らんばかりに輝く。


 その少女は、今やあまねく国々の中で間違いなく、最も名を知られた少女であった。


 彼女の名は「ネレア・ヘスース・デ・ラ・ロブレド・ファルケ」。




 近世ほどの頃において三百余年の歴史を誇り『帝国』を名乗る国家があった。


 その国はほんの数年前まで、年老いた名ばかりの皇帝の下で、いがみ合い跳梁跋扈する貴族と、暴徒とほとんど変わらぬ軍隊とが、内乱にもなれぬ内輪もめに明け暮れ続け、荒れに荒れた半端な国土をかろうじて保つだけの弱国に過ぎなかった。


 だが、いつからか貴族たちは陰湿な悪意の応酬を止め、向ける首の向きを揃えていく。

 時を同じくして、粗暴の徒としか呼べぬはずのものでしかなかった軍人達は規律の取れた戦争道具へと昇華されていく。

 そして『帝国』は、見かけ上は皇帝の名のもとに一条の矢となって、帝国を餌にせんと彼らと小競り合いを続けていた周辺諸国へと食らいついていった。


 次々と、それはまったく淀みのない足取りで、周囲の4つの小国と、帝国と同程度以上とみなされていた3つの国を僅か3年で飲み込んだ帝国は、多数の民族があい乱れる混沌とした国家となりつつも、政治・経済・軍隊そのいずれにおいても盤石としか言えぬほどの体制を敷き、世界に名だたる大国として、大陸に覇を唱えたのだった。


 それを為したのは、曇った眼に王冠を抱いた傀儡たる皇帝その人ではない。


 政治の頂点に立ち、経済の要の手綱を握りしめ、軍の唯一司令官たる元帥に忠誠の膝をつかせた者。


 それが齢18にも満たぬ少女であるなどと誰が信じることができようか。

 誰もが吸い寄せられるほどの美貌を持って麗しく、触れれば折れそうなほどたおやかな肢体は瑞々しく、男であれば一度は彼女をものにせんと欲することを止められぬ信託の乙女とも言うべき清廉とした少女像。


 だが彼女の真に恐るべきは、その頭の中にあった。

 彼女の容姿が今以外のいずれであったとしても現在へと到達したであろうその成果を生んだのは、全て彼女の内側から発せられたもの。

 であればこそ、猶更信じられぬのはそれが僅か十代の少女によって成し遂げられたという、その事実。


 よしんば信じたとして、認めることなど出来るはずもない。


 それでも、だがそれでも、少女は確かに存在した。

 今や、本来の帝国民の数倍に上る元敵国の民すらも含めて、現在の帝国民全てから唯一絶対の統治者として、彼女は確かに認められていた。


 否、認め"られる"などという受け身のものではない、彼女は幾千万からの民に認め"させた"のだ。


 彼女こそが彼らの『主』であると。


 彼女の繰り出す施策に誤りは無く、いかなる時も正鵠を得る。

 彼女の見出す先は常に他者を超え、正確無比。

 彼女の言に従った者は、必ずその才覚を飛躍させる。


 ほんの数年の内に起こった数多の変事と偉業を経て、誰しもが平伏する絶対者。


 そうである、と世界に認めさせた彼女は今、己が城であるかのように居座るだだ広いいくつもの部屋で区切られた執務室の中にあった。


 労働者には定時勤務が認められている。

 だが、経営者にそれはあてはまらない。

 同様に、帝国の頂点たる彼女がいつ休んでいるのか、それを正確に知り得るものなどどこにもいない。


 その為、彼女の執務室には彼女に必要な全てが揃えられていた。

 浴室、寝室、厠、ドレッサー、図書室、そして膨大な資料と共にある執務机と、応接室、etcetc……。

 キッチンが無いのは彼女に料理をする習慣が無いからだったが、問題になったことはない。


 この一連の部屋にあるのは常に一人。

 メイドや侍従、もしくはその他の官僚達がなにかにつけて出入りすることがあっても、居続けるということはない。

 本日もまた、そのようにしてその執務室には彼女ただ一人があった。


 いや、もう一人。今日は来客がいた。


 アッシュグレイに染まった灰の髪と同じ色のたっぷりとした口髭。

 どこから見ても軍人然とした男が一人。

 年齢を感じさせる顔に刻まれ始めた深い皺は、年経て凄みを増す獰猛な彼の強面をより一層剣呑なものへと変えていた。

 隆々たる筋骨は衰えを知らず猛り、彼の寝そべるいかにも高級品といったソファーは彼の重みに軋みの悲鳴を上げまいと必死に耐えていた。

 首元を多少緩めた軍服は戦時下でも無い帝都の最奥の部屋であっても儀礼用などではない戦闘用。

 いつでも前線に立てるかのようにズボンの裾まできっちりと長靴の中に入れられた格好ではあるが、その肩に張り付く階級はこの帝国において彼一人だけが許された元帥を示すもの。

 だが世間一般では過去に積み揚げた功績によって彼はこう呼ばれていた。屠殺将軍、と。


 彼の名は「ブラウリオ・ガルシア・リベア」。

 いかにも歴戦の軍人らしく彼の左目に張り付く黒い眼帯は、その下に眠る傷が伊達でないことを知っている。


 そんな壮年の男と美しい少女が広い奥の執務室に二人きり。


 男・ブラウリオは部屋の主である少女を差し置いてソファーに寝そべり、少女・ネレアはその傍らにそれを咎めるでもなく静かに立っていた。

 そして少女が静かに口を開く。


「ねーぇ、おじさま?」

「なんだよ随分と甘えた声だな。どうした」

「私たちが最初に会った日の事、覚えてらっしゃる?」


 それまで言葉数少なげに然程大事でもない仕事のことを話していた二人だったが、ネレアが突然それまでの固く尖った声音をコロリと変え、猫撫で声、とでも形容すべき、トロリとした言葉でブラウリオに話しかける。


 心震わせるような蜜と紛うばかりの声は少女の口から発せられるにはあまりにも蠱惑的で、聞いた者を皆蕩けさせてしまうような甘さがあった。


 その万人を狂わせかねない声色に対してもブラウリオは寝そべりながら片眉をピクリと上げるだけの反応に留めつつ、素知らぬ顔で平然と返す。


「いや、忘れたな」

「嘘。あの日、真夏の基地の中、私は白いワンピースでお父様に手を連れられて、暑苦しいだけの平和祈念式典に参加していたわ。そこでおじさまに会ったじゃない」

「どうだったかな……。年を取ると物忘れも多くなるしな」


 年頃相応の、と言って差支えの無い可愛げさを持って唇を尖らせるネレアの言に迷いはない。とはいえ、胡乱げに応じるブラウリオの様子にも変化は見られなかった。

 少女はそんな男の様子に構わず言葉を続ける。


「式典も終わりに近づいた時に、軍の若い将校たちが一斉に立ち上がって銃をいっぱい撃ったわ。お父様もその時に撃たれてしまった。でも、私は生き延びた。おじさまが身を呈して助けてくれたから。この目の傷もその時のもの……」


 ネレアが眼帯の上からブラウリオの失われた左目をそっと撫でる。その優しい手の動きは、確かな親愛の情を見せて男の顔に刻まれた皺へと這わされる。

 男はそれに鼻息一つで応えると、何でもない事のように吐き捨てる。


「さぁな。あの時は子犬一匹守るのが精いっぱいだったしな」

「もう! ほんとは覚えているくせに! あれから10年、私は頑張ったわ。お父様の残した会社にいた反乱分子を追放したし、将校たちを扇動した経済界の裏の顔たちも全員吊し上げて世間にあの時の真実を伝えたわ。それに腐りきった政治家たちを一掃するために私自身が未成年でも貴族であれば政治家になれるこの国の未熟な法律を逆手にとって政治家になって、法律から全部、なにもかも変えてやったわ。ついでに周りの邪魔者たちもね」

「あぁ、素晴らしいの一言に尽きる手腕だったよ。俺の様なロートルの軍人にはとてもできない真似だ」


 滔々と事もなげに述べられたのは彼女の為した偉業の数々だ。

 それはどれ一つとっても今のようなひと息の言葉で片付けることなどとても出来ぬもの。


 少女を、皇帝が間違いなく別に存する帝国にあってなお、『女帝』と人民に言わしめた覇業の山。


 全ての成人より年下であるはずの美しい彼女を評する言葉が『姫』ですらなく、『女帝』である意味。


 飾れば正しく、傾国の美姫、と讃えられること間違いなしの彼女が、その美貌によってではなく知略によってのみ成し遂げたその結末は、それまでの国の有り様全てがひっくり返ったという意味において、字面通りに"傾国"と言っても差し障りの無い事であった。


 その結果として今や多民族大国家として膨れ上がった帝国が得たのは、繁栄。

 傾くなどという生ぬるい成果に甘えることの無かった女帝たる少女は、何もかもを覆し、その全てを掬い上げてしまった。

 勿論、救うに足らぬ者どもがどうなったかなどは言うに及ばぬこと。


 だが、少女にとってそれら全てのことは、先程のように言って捨ててしまえば終わるような戯言に過ぎなかった。

 彼女の本心は、次の、ただ一つのことに過ぎる。


「それもこれも! 全部おじさまとの約束のためよ! その為に私頑張ったのよ?」


 余りにも軽々しく使われた"頑張った"などという言葉。

 帝国200余年の歴史において立国の祖である初代皇帝ですら遠く及ばぬほどの繁栄。


 それを他者との"約束"などという曖昧なモノだけで手にしてしまう少女が言う"頑張った"とは、余人の誰も口にすることが許されぬほどのいっそ傲慢さすら見える軽口。

 しかし、その傲慢さに言葉を挟めるものなど帝国内にはもはや一人もいない。

 彼女は誰の助けも借りず、ただ利用するだけで、何もかもをその小さく儚げな手のひらの上で転がしてしまったのだ。


 生れついての支配者。

 息を吐くように人を操り、心さえも掴んでしまう者。


 誰が彼女に逆らえようか。

 機械よりも正確で間違いを犯さず、どんな偉人と比べてなおより素晴らしいとしか言えぬカリスマ性。


 弱く柔らかな肢体にその魂を納めてなお絶対強者としか認識できぬ、人間の極致。


 そんな誰からも畏れられ敬われる少女が口にする、いかにも少女然とした幼くも取れる物言いは、 普段の彼女を知るものが聞けばその場で卒倒しかねないほどのもの。


 ネレアの軽口にはそれだけの意味が込められていた。


 だというのに、目の前で依然としてその戦いの為に練り上げられた鋼の肉体をゆったりとソファーに沈めるブラウリオは、彼女の幼い言葉にのみ応じるかのようにとぼけてみせる。


「はて……、そんな約束してたか?」

「ほんとにもう! いやな人。助けられた私がうっかりおじさまに惚れて『命の恩人に私自身で恩返しをしたい』って言ったら、『こんな国をぶっ潰せるぐらい立派になったら考えてやる』って返したじゃない! それで私こんなに頑張ったのよ。全部ぶっ潰してやったわ全部。言いつけどおりにね」

「抜けてる言葉があるだろ。俺は『アホなこと言ってないでこんな国からはとっとと逃げた方がいい、そうじゃなきゃ、全部ぶっ潰すぐらいやってみろ』って言ったはずだったがな」


 ネレアに視線を向けることも無く忘れたふりをしてみせていたブラウリオに対して、彼女は10年前の銃声飛び交う喧騒の中で交わされた言葉の全てを少女にとって最も大切な記憶の一つとして、克明に覚えていた。

 だから、彼女の要点だけを絞った言葉に返してきたブラウリオの言葉に憤慨してみせる。


「やっぱり覚えてる! 私が命の恩人をおいて逃げ出すわけないじゃない」

「逃げると思ったんだよ。あんな震えあがってションベンちびってたガキがここまでやるなんて誰が思うかよ」


 ここまで、をどこまで示すかは定かではない。

 だが、少なくともブラウリオの想定ではあの日から10年という月日が経った今日という日までの間に、帝国は、必ず滅亡しているはずだった。

 そしてそこに至るまでの腐りきった道中において彼もまた確実に命を落としているはずだった。


 生き永らえた、というには余りにも多くのものが未だ手元に残ってくれていた。

 その中で一番失う訳にいかなかった目の前の小さな花は、自分の命を使ってでも守るべき庇護者は。


 彼を"護った"のだ、逆に。


 まったくあべこべの話しである。

 守るつもりが護られていたなどと。

 それも年端も行かぬ小娘に。


 彼が少女の前に立ち、盾となれたのはあの式典の日、一度きりのみ。それ以降、彼女が脅威に晒されたことは一度もない。

 逆に彼の前に現れるはずだった刺客が別の何者かによって殺し返されること、多数。


 結果、死ぬはずだった帝国も彼自身も今の今まで生き延びてしまう。


 であるからこそ、彼は、帝国を盤石のモノへと変えた目の前の怪物女帝に対して、媚びへつらうわけにはいかなかった。

 それは男として、軍人として、越えられぬ一線。


 よって軽く彼女の言葉を受け流し、煽ってさえ見せる。

 それまでと変わらぬように、他の誰にもできぬ愛情表現の代わりとして。

 案の定、彼の軽口を女帝はお気に召したようだった。

 逆に煽り返してくる。


「ふふん。稀代の変人総司令官様は人を見る目がないようですわね」

「ほっとけ。俺の専門は所詮人殺しなんだよ。人の中身まで気にしてられるか」


 やりあっても勝てないのは分かっているので、ブラウリオはあっさりと引き下がる。

 そのつもりだったが、少女は男の頬にその白くほっそりとした手を乗せたままで話しを区切るつもりはないらしい。


「そんなこと言って。私が経済と政治にやっきになってる間に、爆発寸前の火薬庫になっていた軍の清浄化をおじさまが全部やってくれたこと、私はちゃんと分かってるわよ。もちろん、汚い手の方も」

「ちっ。うちの諜報部まで抱き込んでよくやるぜ。お前が手を出さなかったのは俺を使えば足りそうだと思っただけだろうがよ。なんだ。今日は随分様子が違うと思ったら俺をしょっぴくつもりか?」


 確かに男は野合の衆とも言うべき無能達を軍隊と呼べる形まで叩き上げた。

 手段は問うまい。

 結果が全てだ。


 だが、その全てを自分で勝ち得たなどとはとてもではないが思ってはいない。

 陰日なたに見え隠れしたのは女帝の姿。

 彼女の暗にも陰にも及んだ支えのお陰で彼は軍を一つの矢じりにまで練り上げることができたのだ。


 彼女が分かっていないはずがない。

 やっきなどと言ってもその目は、耳は、全てを捉えていたのだから。


 男のそれら全部に溜息を吐きたくなるような言葉に対して、少女はさも心外とばかりに手を口に当ててみせる。


「まぁ! そんなつもりありませんわ。ただ、私はあの日のなにも知らない貴族の娘のままではないということを知っておいてほしかっただけです」

「……よく分かってるよ。そんなこたぁ。十分知ってるさ」

「本当に?」

「本当だとも」


 ネレアは確かめるように言葉を重ねてくる。

 疑っている、というよりは、確認しているような疑問符。


 そして彼女はポツリと問い掛けを落とす。


「それは、私の命の恩人であるおじさまとしての言葉かしら? ……それとも、私の年の離れた恋人としての言葉かしら?」


 それは今現在の帝国において、ほんの一握りのものしか知らぬ事実。


 まことしやかな噂は数あれど、帝国軍隊を束ねる元帥と帝国そのものを統べるとまで呼ばれている若き首相であるところの女帝、彼らが懇意どころか恋仲にまであるとは容易には辿りつく事のできない真実であった。


 なにせ少しばかり、いや大いに余るほどの年の差は祖父と孫娘とまではいかなくとも、間違いなく親と子以上には見た目も実年齢も離れた二人だ。

 公の場で並んでいたとしても、手を組むわけでもない彼らの姿はとても恋人になど見えるわけもなく、人々はうら若き可憐な女帝とそれに仕える元帥閣下としか彼らを見ることは無かった。


 だがネレアの言葉に偽りは無い。


 彼女は確かにこの年嵩の恋人からかつて言質をもぎ取っていた。

 そして一度認めた後に彼がそれを否定したこともなかった。


 とはいえ、ネレアには小さな不満があった。


「言わせる気か?」

「あら、私だって女ですもの、たまにはちゃんとした言葉で伝えていただかないと、落ち込んでしまいますわ」


 彼女の恋人はなかなか彼女を喜ばせてくれることがない。

 それは、他に耳目のない甘い空間になるはずの二人きりであってもほとんど垣間見る事が出来ないほどだった。


「ぬかせ。企業家も政治家も元貴族様もケツの毛が禿げるまで震え上がらせた上に、俺だってまぁあんな想像もしてなかった手練手管で手籠めにしやがって。天下の女帝様がよく言うもんだぜ」

「手籠めなんて人聞きの悪い。おじさまの前ではただの小娘のままでいたいだけですわ」


 可憐な少女に語るにはいささか粗野が過ぎる台詞である。それでもネレアは腰に手を当てて軽く息を吐くだけでまるで堪えた素振りも見せない。

 あくまで年頃の少女然とした振る舞いを崩す事なく、あたかも怪物に向けられたかのような言葉をかわしてみせる。


「よく言うぜ。だがまぁ、こんなしおらしいお前の姿を知ってるのが俺だけってのは、確かに優越感ではあるな」

「ふふ。その言葉だけでも喜んでしまうのは、私の悪いところですわね」


 視線すら向けてもらえずに投げ放たれた暴言だというのに、それだけでネレアの頬には朱が滲み、フワリとした笑みを彼女は浮かべてしまう。

 少しでも感じられる恋人の歓心だけで彼女はもうどうしようもなく喜んでしまうのだ。

 それは確かに年頃の恋に恋する少女のようでもあった。


 そんないとも簡単に緩んでしまっている女帝様に忠臣であるところの軍人は変わらずに優しさもない返しを続けていく。


「だったら、せいぜい悪い男に捕まらないように気を付けるんだな」

「あら、私はもうずーっと捕まってますわ。おじさまというわるーい男に」

「いやなら逃げればいいさ。俺は追ったりしないからな」


 それは拒絶にも聞こえかねない酷く冷たいものだと言えた。

 当然だろう。

 ブラウリアには負い目があり過ぎた。


 だから彼から離れる事は無くても、彼女が離れて行く事を止める気は彼にはさらさら無かった。

 もっともそれが「あり得ない」という事を知っているからこそ取れる態度でもあった。


 遥かに年上の恋人として余裕を持った態度ぐらいは保ちたいという、男の小さなプライドとも言えるだろう。


 当然そんなつまらないプライドから来た言葉は、彼女の小さな口を尖らせるには充分なものだったようだ。


「追ってくれなきゃいやです」

「めんどくせぇ」

「いや。追って。追いかけて、私を捕まえていて」

「……どうしてもか」

「どうしてもです」

「……気が向いたらな」


 駄々を捏ねるだけの幼い言葉。

 戦略も駆け引きも何もない、感情だけの願望。


 それは年齢や過去や躊躇いを引きずる壮年を振り向かせるには余りにも弱々しい力でしかなかった。子供じみたワガママなどでは、例え彼の愛を真実勝ち取っているネレアであっても崩す事は出来ない。


 だからネレアは、女帝は策を巡らせる。


 そうでもしなければ振り向いてもくれない恋人を今日も籠絡する為に。


「はぁ。私が本当に離れていってもいいのですか?」


 諦めたように声音を変え、本来のネレアの持ち味で彼氏へと話しかける。

 それは冷たく自分をあしらう恋人への反撃の狼煙だった。


「お前はいかないだろ」


 ブラウリアは潮目が変わった事に気付くが、ネレアと違い彼はそう簡単に態度を変えられるわけではない。


「あぐらをかいてるとトンビに油揚げをさらわれますわよ」

「自分の目的の為なら国も政治も全部ぶっ壊すような油揚げがあるもんかよ」


 ムスッとしたようなネレアの不機嫌な声にも、ブラウリオは動じずに鼻で笑う。

 だが、実際そうだろう。若く美しいネレアを見て懸想する者など星の数ほどいる。

 ただそれは綺麗な花を見た時や素晴らしい絵画や彫刻を目にした時に感じる美への憧憬とほとんど変わることがない。

 何故ならネレアのその姿に劣情を催したり、或いは、その手に抱かんと我欲を発した者達はすぐに気付くのだ。

 そもそもどこでどうして彼らが彼女の名前を知ったのか。それは新聞であったり、テレビのニュースであったり、街中の噂話であったりした。

 しかしその中でまず語られるのは彼女の美しさについてではない。

 彼女が「何をしたのか」ということがまず語られるのだ。


 例えばそれは、年若い貴族の娘がいかにして親が持っていた企業の経営権を並み居る重役たちから取り返したのか。

 例えばそれは、僅か4年でそれまで名前をろくに知られることもなかった少女がどうやって帝国の女首相へと至ったのか。

 例えばそれは、これまで帝国を蝕んできた悪辣貴族達の害悪さを暴き、その蓄えを国益へと還元し帝国再発進の原動力へと変えていったその手腕か。


 いずれを取っても深く調べる前に気付いてしまう。


 とても手に入れられるモノではない、と。


 まさに相応しき言葉は高嶺の花であろう。

 見るには優しいが、手に入れんと欲すれば持てる物を全て費やしたとしてもまだ届かぬ遥か高みにあるモノ。その認識は今や帝国中のどこを見ても揺らぐことのない常識に違いなかった。


 今ほど彼女自身が言った様な、ただ食べられるのを待つだけの油揚げなどでは決してない。

 ……ないことは間違いないが、かといってこの広い世の中は通り一遍で済むほど分かり易くできてもいなかった。


 そう、例えば。


「…………他の国……、とか」


 たっぷりと含みを持ってネレアが口にする。


 今や大陸の四分の三を手中に収める帝国の実質的な指導者が、年若く未婚で且つ噂は僅かにあれど明確な恋人が発せられたわけでもないという事実は確かに他国にとっては良い獲物に見えるだろう。

 例にあげれば、海を挟んだ北西にある王国の第三王子がネレアに対し熱烈な秋波を送っているという噂は、誰から見てもはっきりとした政治的意図を含んでいるものだった。


「!! ……物騒な話しか!?」


 そういった諸々を反射的に脳裏に浮かべ、ブラウリオがそれまで泰然と沈めていたソファーから勢い込んで半身を起こす。

 その瞳には先程までのゆったりとした空気など既にどこにもない剣呑とした光が宿っていた。


 もっともその目に宿る色は恋人を奪われることを懸念したものではない。帝国に反するものを叩き潰さんとして闘う者、そして背負う者の目だった。


 ネレアはブラウリオの瞳の中に写るものが自身ではなく帝国であるのを見て、その可愛らしい小顔にニンマリとした一癖ありそうな笑顔を浮かべる。

 それでこそ彼女の愛した彼であり、だからこそより自分に溺れさせたいと彼女は思うのだ。


 自分を睨みつけるような視線に僅かも動じることもなく女帝は問い返す。


「だとしたら、どうします?」

「中身を話せ。こんなことしてる場合じゃない」


 こんなこと、が何を指しているのか。

 多忙を極めるはずの女帝の執務室で彼女を独り占めしたままムダ話に花を咲かせていることなのか、それとも彼自身さえ本来忙しい身の上であるのにノンビリと油を売っているのに足る隠された理由によるものなのか。


 その指し示すところは分からないが、今ネレアの前にいるのはこの帝国と女帝に忠誠を誓った将軍だけであった。

 彼女の恋人は今はいない。


 それでもようやく視線を交わすことの出来た軍人様をどこかに放逐し、今ここで必要としている恋人に戻すのまでが彼女の仕事だ。

 大きくため息を吐くと、腰に手を当ててまっすぐと見つめ返す。


「ようやくこっちを見ましたわね。冗談ですわ。どこの国も私には手出しできません。安心してください」

「……はぁ……。お前の駆け引きには参るぜほんとに」


 キッパリと言い切ったネレアに対し、力の抜けたブラウリアはどっかりとソファーに座りなおす。これだけ人の緊迫感を引き出しておいてただの嘘とはたちが悪い。

 だが、彼女が荒唐無稽な話をするわけは無く、懸念すべき注意事項としての真実味は十分であった。実際のところはそうした工作があったことは間違いないが、既にそれは潰してあるので問題は無い、というのが現実なのであろう。

 つまりは駆け引きを兼ねた冗談まじりの報告というわけだ。


 この程度も読み取れなければ彼女と付き合っていくことなど到底出来はしないが、ネレアにとって完了している過去の事項をわざわざ口に出させてしまったのだ、その対価ぐらいは払わなければならないだろう。

 仕方なく、というほど気が向かないわけではなく実際には態度の替え時を探っていただけであったブラウリオはいかにも仕方なく、という風体で彼女に向き直る。

 すぐにネレアは視線を絡ませながら続きの言葉を促してきた。


「それで、本音は?」

「言葉がいるって言いたいわけだな」

「さっきそう言いましたわ」


 いっそ冷たささえ感じさせる鋭い女帝の声は、待ち受ける睦言への期待で膨らみ僅かに上擦っていたが、表面はともかく内実ではまぁまぁ余裕の無い元帥閣下はそれに気付く事もなく返してしまう。


「ったく。………………俺から、離れるな。これでいいか」


「いつまで?」


「あぁん? そりゃ……。ずっ、ん……? ……あ? ……っ!! てめぇ! 気づいてやがったのか!?」


 追いかけて欲しいなどという少女じみた言葉遊びへの律儀な返答であったはずだが、それに対するネレアの言は多少の不自然さを孕んでいた。

 一瞬そのことに気付かず、言葉を続けようとしたブラウリオだったが、自分の今日この場にいる目的にあまりにも沿っていた促しであった事で遅まきながら事態に気付き、勢い余って立ち上がるとネレアを睨みつけるようにしてその片目で見下ろす。

 立ったり座ったりまた立ったりと忙しい男である。

 だが、その鬼をも射殺しかねない眼光をもってしても少女は余裕の笑みを些かも崩さずに、小さな含み笑いさえ溢すのだった。


「んふふ。残念ながら私はおじさまの想像よりも少しだけ上手すぎてしまったようですわね?」

「随分回りくどい芝居打ちやがって。俺が面会日を今日にした理由も分かってやがったな!?」

「もちろん、待っていて下さったんでしょう? 今日という日を」

「……くっ。最初に聞いた時はすっかりとぼけやがったくせに」


 そうだ。ここ暫くの彼女は完全に女帝モードであったし、彼が今日この部屋に入ってきた時も何かの書類を捌きながら、さしたる反応もなくブラウリオを迎えたのだった。

 それを見た彼は本当に久方ぶりに彼女を驚かせることが出来そうだと内心ほくそ笑んでいたのだが、どうもそれは彼の早とちりであったようだった。渋面を浮かべて見下ろしてくる年かさの彼氏を見上げ、ネレアは頬に手を当ててため息交じりの半目までしてあきれてみせる。


「さすがにそれは騙される方が悪いですわ。いくらなんでも忘れるわけありませんでしょう?」

「ぐ」


「自分が結婚できるようになる18の誕生日の日のことなんて」


 然り、今日は彼女の誕生日。

 大陸の王者ともいうべき帝国の実質を統べる女帝が、遂に成人へと至る日。

 侮れる者など最早いるはずもないが、それでも他国の愚か者が引き攣り混じりの精いっぱいの嫌がらせで囀る「未熟者に曳かれた子供の国」などという揶揄から帝国が解き放たれる日。

 つまりは為政者たる彼女がそれを忘れるわけもなく、そこに何の策も持ち込まぬはずもないのであった。


 だが、彼はまんまと騙されてしまったようだった。

 確かめるようにブラウリオの口が動く。


「誕生式典が一か月前になって急に日付が一週間も後ろにずれたのも」

「今日という一番大切な日をおじさまとの時間に使いたかったからですわ」

「俺の日程が妙に空きだしたのも」

「おじさまの腹心の部下の内、数名は私の信奉者ですわ。頑張ってもらいました」

「そもそも演説の草稿は自分で書くから、今日はぎりぎりまで忙しいんじゃなかったのか」

「そんなのとっくに終わってますわ」


 全ての疑問にスラスラと答えが返ってくる。

 どれも予想通りの質問ということなのだろう。

 中には聞き捨てならない台詞もあったが、今はそこまで追求をかけていられない。


 思わずその大きな手で自分の顔を抑えてしまいながらもブラウリオはせめてもの反撃を試みる。


「だっておまえ、『自分の誕生日なんてどうでもいいこと』って言いきってただろう!?」

「そうでもしないと今日は空けられませんから、そればっかりは仕方ないですわ」


 切って捨てられた。

 確かに聞いたはずだが、ただの方便だったらしい。

 彼女は政治家なのだ。トータルで利があると見込めるならば正直者でいる道理などどこにもない。


 彼女の獲物は彼自身。

 釣り餌にひかれて彼はいとも簡単に釣りあげられてしまったようだった。


「全部お前の手のひらの上ってわけか」

「あら、おじさまが今日本当に来てくれるかまでは私には分かりませんもの。来てくれて本当に嬉しかったんですよ?」

「で、まんまと俺が来たわけだな。土産を持って」


 彼らの逢瀬の機会は極端に少ない。お互いが忙しすぎるのだ。

 あらかじめ申し合わせておけるようなものでもない。

 だから機会だけは万全に整えた。自分の信じた人が期待を裏切らないと信じて。


 ネレアの目論見通りに彼は来てくれたのだが、どうやら遥かに年長者であるはずのブラウリオは心にまだ少年を飼っていたようだった。

 それすらもネレアには愛おしい。

 だがまぁ、せっかくある隙を弄らないのももったいない。


「おじさまが中々言い出して下さらないから、つい私から水を向けてしまいましたわ。ごめんなさいね」

「そりゃおまえ。男がそうそう言い出せるもんかよ。空気ってもんがあるだろう」

「ですからその空気も、作らさせて頂いた方が良いかと思って」

「ほんとにお前は出来た女だよ」

「ふふ。お褒めの言葉と受け取っておきますわね」

「よく言うぜ」


 ブラウリオが苦笑と共に投げた皮肉にも動じることはない。ここまでは計画通りだからだ。

 肝心なのはこの先である。


 どっかりとソファーに座りなおしたブラウリオの目の前に立ち、彼からの次の言葉を待つネレアだったが、続きが来ない。十分な助走になったつもりだと思っていたが、どうやらまだ足りなかったらしい。

 なお、せわしなく重みを課せられたソファーはいい迷惑だっただろうが、いかにも高級な来客用のソファーはぎしっという抗議の音だけを軋ませるに留まった。


「……それで、おじさま。私はいつまで待っていればよろしいのですか?」


 声を出さない程度に小さく呻きながら中々口を開こうとしない彼氏に発破をかける。


「この空気で言えってか」

「もしこのままおじさまに帰られたら、私そこの窓から飛び降りてしまうかも」


 おそらく彼女はやるだろう。彼女は嘘をつくが、自分で決めたあらゆることを行うのに躊躇いを持ってはいない。


「そうなりゃこの国はおしまいだな。俺も世紀の大悪党だ」

「おいやでしょう?」

「今さら汚名は構わねぇが、おまえがいなくなるのはつまらんな」

「ですから、私をそんな気にさせないでくださいな」

「この胸ポケットにあるモノを使ってか?」


 ブラウリオが自分の筋肉で隆起した胸を親指で突くとそこからはコツという硬い音が返ってくる。

 分かってはいるが、直接的にねだるなどできようもないソレを示唆されて、ネレアの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。


「そうですわ。銃なんて物騒なものでもないのに膨らんだ、その不自然なおじさまの胸ポケット。私が一番欲しいものが入っているんでしょう?」

「あめ玉かもしれないぞ」

「おじさまが下さるものならなんでもいいですわ。お言葉を添えてもらえるなら」


 それこそが最も大事なこと。

 この場が何のためにあるかなど、どちらもきっちりと分かっている。

 それを抜きにこの執務室から彼を帰そうなどという気はネレアにはさらさら無かった。

 だがいささか気が急いていてしまった結果なのか、ブラウリオの顔には高揚というよりも諦念の方が見えていた。


 本当に男性というのは難しい。

 恰好をつけずにはいられない不器用な生き物だ。勢いで押し切ってしまえばいいと思うのだが、邪魔するものがあるのだろう。

 とはいえ、そうであって欲しいと願ってしまう感情も確かに彼女の中に存在していた。


 男女の機微ほど面倒なものは無いと彼女は思うが、困った顔をしている彼の顔もまた可愛く見えてしまっている。

 にっこりとした笑みがつい深まってしまいそうになるのを必死で抑えていると、年嵩の彼氏は髭面をなぞりながら呻く。


「お前はいよいよ俺を情けない男にしたいようだな」

「そんなことないですわ。おじさまはいつだって素敵でかっこよくて、私の理想の男性ですわ。どんな言葉を紡がれても素敵な私のおじさまのままですわ」

「ほんとに。いつからこんな減らず口になったのかね」


 かつては間違いなくこんなではなかったのに。少なくとも10年前はもっと可愛げがあったはずだった。


「だって、こうでもしないとおじさまは私から離れてしまいそうなんですもの」

「はん。安心しろ。そいつはお前の考え過ぎだからよ。お前みたいないい女おいて、どっか行く理由なんてどこにもないさ」


 ブラウリオはネレアの持つ不安感に即座に否を返すが、小さな彼女は白磁のような頬を膨らませるだけだ。


「だって、今まで私がどんなに誘惑しても手を出してくださらなかった」

「俺のことなんてすぐ飽きると思ったからな」

「私が子供だったからですか?」

「いや、俺の歯止めが利かなくなりそうだったからな」


 どちらも本心だが、彼にも一応常識や理性というものがある。口には出さない内心でこっそりと思うが、人を見抜く女帝に隠せることはない。


「そんな"モノ"捨ててくださってよろしいのに」


 案の定心を読んできたかのように彼に躊躇いを捨てろと迫ってくる。


「手なんか出さなくても十分に骨抜きにされてるだろうがよ」

「お遊びもすっかり行かれてませんもんね」

「遊び女じゃ物足りなくなっただけだ」

「私に夢中で?」

「……っ」


 弾んできた軽口の応酬に口が軽くなってきたかと思えば、途端に核心の刃で刺されそうになり彼は思わず口をつぐんでしまう。


「……ふん」

「今日はだんまりは無しですわ」


 座り込んでそっぽを向く、ちょうど自分の胸元ほどにあるブラウリオの頭を優しく抱きかかえ、彼女は優しく聖母のような声音で諭していく。


「もっと沢山喋っていただきたいもの。大事なことを、色々と」

「……ふ―……。そうだよ。俺は年甲斐も無く、娘はいないが娘どころじゃなく年の離れたお前に夢中だよ」

「私のこと、好きですか?」


 ほんの僅かに声が掠れたことに気付いたのは、音を発したネレアだけだった。


「…………そんなもんじゃねぇ」

「愛してる?」

「その言葉が欲しいのか?」


 欲しい。どうしても欲しい。欲しいがきっと彼女はそれだけではまだ満たされない。


「それだけじゃ足りませんわ。でも、その言葉もとっても欲しいです」

「…………お前がいつもこっちを向いてくれている事につい喜んじまう気持ちを呼ぶなら、そうだろうな」

「ちゃんと、言ってほしいです」


 どうしてこの白髪の彼氏は彼女をいつもじらすのか。

 気持ちが暴発して噛みついてしまいそうな気持を必死に抑えながら、たっぷりと溜めを作るブラウリオを胸に抱いたまま彼女はその言葉を待った。

 そして、ボソリと言葉が響く。


「………………愛してるよ」


 ようやく待ち望んだ言葉が来た!


「~~~~~っっ!! 私も愛してますわ! おじさま!!」


 たまらずネレアは自身の思いを言葉にする。彼と違い即座に言葉に出来るが、その思いには些かの遜色も無い自信はあった。

 だが、言われ慣れてしまったのか元来の性分なのか彼女の言葉に対するブラウリオの反応は素っ気ない。


「そうかよ。おい、ところで俺はいつまで『おじさま』なんだ? お前がそんな風に呼ぶから俺は」

「あらだって、私の呼びたい呼び方はまだ出来ませんもの」


 不満げに言い募るブラウリオの言葉を遮るようにして彼女は意地悪く微笑んでみせる。

 さぁ、いよいよクライマックスになりそうだと、否が応でも期待は高まっていく。この気の置けない遠慮ない愛のやり取りが楽しいのだ。


「作法はご存じでしょう?」

「あぁん? 俺が求めればそう呼ぶっていうのか?」

「もちろんですわ。私の前で跪いて、そっと私の左手を取って、そして私に誓ってくだされば」


 こういうのは有耶無耶で進めてはいけない。きちんとした段階を経なくては。

 後になってから「そのつもりだった」などという曖昧さでボカされるわけにはいかないのだ。

 だが、ここまで来ても彼の心の少年は素直に事を進める気になってくれないらしい。


「柄じゃねぇな」

「柄じゃなくてもそういうものです!」

「柄じゃねぇ」


 まったくもって埒が明かない話しである。


「もう! それならなにがおじさまの柄だって言うんですか? どうなされたいんです?」

「はん。俺みたいな男がいちいち膝なんてついてられるかよ。やるなら、こうして!」

「きゃっ!?」


 言うが早いかブラウリオはネレアの腰を片腕で抱いて掬い寄せると、それまで自身が座っていたソファーへと彼女を横たえさせて押さえ付けてしまう。

 そのまま腰だけを浮かせるように引き寄せながら、ぐぐっと髭だらけの顔をネレアの目の前へと近づける。

 そして突然引っ張られたことに驚いた声をあげながらも顔は平静なネレアに反して、照れか羞恥か壮年男性の赤面顔という、恋人であるネレア以外にはこの世界では需要の薄い顔を晒しつつ彼は何事か言おうと口をもどかしく動かしていた。


「逃げられないように腰を取って、それで一言……」

「一言……?」


 もったいぶるブラウリオに期待のまなざしを向けるネレア。その内心はドキドキと高鳴っている。


「い、言うだけだ。簡単だろ」

「なにを、言ってくださるんですか?」

「そ、それはお前……」

「早く言っていただかないと私腰が折れてしまいそうで」


 パクパクと陸に打ち上げられた魚のようになっているブラウリオに対し、ネレアは組み敷かれ抱かれたままでも一切引く気がないとばかりに真剣な表情でじっと彼を見上げている。

 ブラウリオとて分かっているのだ、ここで言わねばならぬ事が何かを。


 だが、その一言が出てこない。


「そりゃ……、お前、俺と……」

「俺と?」

「けっ……」

「け……?」

「(ごくっ)」

「(ごくり……)」


 しかし。


「なぁ、おい」

「えっ、は、はい?」

「言わないのは無しか?」

「……ここまできてそれはずるくありません?」


 なんとここにきてブラウリオはヘタレてしまった! 彼こそは天下に悪名を轟かす屠殺将軍御閣下であるはずだが、今の彼はヘタレたオジサマでしかなかった。

 こんな様を見せられては流石のネレアも仕切り直しが必要だと思ったのか、ため息を吐きながら呆れた目で彼を見上げていた。


「逃げるのは、許されませんよ?」

「だよな」

「もちろんです」


 お互いの心臓の音が響きそうなほどにしっかりと抱え抱き合ったままに、二人は顔を寄せ合う。

 ネレアが離さないとばかりにブラウリオの首に手を回せば、彼もまた確かめるように腰に回した腕に力を込めた。

 そこでふと気づいたかのようにブラウリオが言う。


「それにしてもお前軽いな」

「いつでも抱き上げていただきたいですもの」

「少し細い」

「おじさまの好みは少し細めですわ」

「いい匂いがする」

「今日は特別なのにしました」

「……柔らかいな」

「おじさまの為の柔らかさですわ」


 ようやくいつものペースになってきたようだ。彼は誰もが知る愛の言葉よりもこういう会話の方が得意だ。

 そして、気を取り直したのか、確かめるようにして真面目な顔で腕の中の彼女に問いかける。


「お前は俺の女になるのが構わないのか」

「もうずっとおじさまだけの女です」

「先に俺が死んでもか」

「それは……、一日でも長生きしてほしいです」


 長い間聞けなかったことだ。どうしても今確かめなくてはいけない。

 ネレアもからかう様な口調も意地の悪そうな笑みも潜め、真摯な表情と言葉で返していく。


「いなくなってしまわれる時のことなど考えたくもありません」

「俺が死んだらどうする」

「私も死にますわ」

「なんだと?」


 思った以上に重い返しが返ってきてしまった。

 気色ばむブラウリオに流石に言い過ぎたかと思ったのか、ネレアはすぐに否定の言葉を重ねる。


「冗談です。勝手に死んだりしませんわ。おじさまに頂いた命ですもの。最後まで生き抜いてみせます」

「そうか。それならいい」

「おじさまと一緒のお墓に入るぐらいは、構いませんわよね?」


 冗談と言いながらも先ほどのは紛れもない本心だったのだろう。それに比べればまだマシな希望に彼は知らず小さなため息を吐いて許してしまう。


「お前がそうしたきゃそうしろ。その時は俺はもういないからな」

「自己満足と言われてもそうしますわ」

「好きにしろ」


 軍人である彼の死生観は死んだら終わり、それだけのものだ。残されるであろう者達の為に後追いをしてこられるのは勘弁であるが、天寿を全うしたならばその眠る先まで彼が縛るいわれはない。

 多少重めだがいじらしいと思えば可愛いものだった。


「他にお聞きになりたいことは?」

「……ないな」


 少し黙り込んだ彼に少女が念押しを行う。

 暫く考えた後に呟いたセリフからは一切の迷いが消えていた。

 彼も心の準備が整ったようだった。


「ふふ」

「…………いいか、一回だけしか言わないからな」

「えぇ、聞き逃したりなんかしません」


 その為に世界の大半を巻き込んだこの激動の10年があったといってもいいのだ。例えここが爆音轟く戦場の只中だとしても聞き逃すなどありえない。


「……俺にここまでさせた女はお前だけだよ」

「嬉しいですわ。おじさまの初めてがようやく手に入りました」

「こっから先は俺の初物ばっかりだ。好きなだけ持ってけ」

「私の初めても沢山差し上げますわ」


 ネレアはほろりと顔を綻ばせる。

 彼の人生をかつて彩ってきた数多の女性に対する妬心も少しは晴れようというものだ。


「そいつは楽しみだな」

「絶対に飽きさせませんわ」

「今までもそうだったな。よし。おい、耳かっぽじって聞けよ」

「はい……っ」


 多少言い方に品がないが、それこそが彼らしさであった。


 そして、遂に男は待ち望まれた言葉を年若い恋人へと告げる。



「……俺と、結婚しろ。結婚して俺の女になれ」



 瞬間、花が咲いたような笑みがネレアに広がる。

 指輪が出され跪かれたわけではないが形など大事ではなく、そこに込められた本気の想いこそが彼女が真に欲し続けたものだった。

 用意はされていたはずの指輪は今ブラウリオの胸ポケットで完全に忘れ去れているが問題は無い。


 大事なのは、想いなのだから。


「……はいっ…………っ!!! はい! はい!!」


 熱に浮かされるようにして、ネレアが何度もうなずく。

 絶対に返事の言葉を聞き逃させたりするまいと何度でも力強く返事を返す。


 対して仕事を終えたとばかりにブラウリオは腰の腕も緩め、空いた手でこめかみをかきながらぼやいていた。


「あーくそ、なんて疲れる台詞だ。戦場で部下に撃たれた時より応えるな」


 だが、将軍閣下が休むにはまだ少し早すぎたようだった。


「……もういっかい」

「あぁん?」

「もういっかい言ってください」

「てめぇ、さっき一回だけって」


 懇願するような愛らしいおねだりが腕の中から聞こえてくる。

 それは先ほどは通じなかった少女のおねだり。


 いや、今や婚姻の約束を結んだ女性に少女は失礼であろう。

 妻目前の愛らしい淑女からのおねだりであった。

 うるうると瞳すら熱で潤ませながら、それまでの平静冷静であった全てをかなぐり捨てた必死の願いに抗しきれるほど彼もまた既に常の通りではなかった。


「どうしてもか」

「お願いです。私におじさまの言葉を染み込ませてください」


 一度も二度も変わらない。

 そう自分に言い聞かせて彼は恥ずかしさでいっぱいだったはずの言葉を繰り返す。


「……っ。……俺と結婚しろ」

「はいっ……っ!!!」


 心に偽りのある言葉ではないのだ。

 一度堰を切れば、何度でも言葉はあふれ出す。


「俺の女になれ」

「はい! なります!!」

「……愛してるぞ」

「私も愛してます。大好きです。おじさまだけが私の愛の全てです」


 睦言は止まらない。


「へっ。なんだ言い続けたら返してくれるのか」

「何度でも」

「俺を旦那と呼べ」

「はい。旦那様」


 さっきまでの人を食った様なさまなど最早どこにもなく、ネレアは熱に浮かされたかのような恍惚とした表情でブラウリオに囁かれるままそれはもうただ嬉しそうに頷いていた。

 ブラウリオもここまで素直に喜ばれてしまえばいい気になろうというものだ。念願の「おじさま」呼びからも抜け出せたお陰でもう少しサービスしてもいいかという気分になってくる。


「好きだぜ」


 自然とそんな言葉も出てくる。

 それに対するネレアの反応は十分すぎるものだった。


「好き好き好き! 旦那様大好きっ! あぁぁっ、嬉しい!! やっと言ってもらえた!」


 感極まったと言わんばかりに、もたらされた愛の言葉に喜びを露わにする。

 高ぶり過ぎた感情からか目の端には薄っすらと涙さえ浮かべていた。


「ほんとに言葉がいいんだな。俺の気持ちは分かってたんじゃないのか」

「それでも言ってもらえるのが嬉しいんです。あぁ、旦那様……。旦那様……。んふふっ」


 喜色満面とはこのことだろう。噛みしめるようにして遂に許された呼び方を何度も繰り返しては悦に浸るネレア。

 それは彼でさえこれまでほとんどと言っていいほど見た事の無かった年頃らしい表情だった。

 未だ組み敷いて密着した姿勢のまま、彼らはお互いの熱を直接感じる距離感で囁き笑いあう。


「へ、そんな顔は年相応だな。可愛いやつだ」

「可愛い…。私、可愛いですか?」


 普段の自分がどうであるかをよく理解しているネレアは、第一印象としての外見はともかく本質としての己に可愛い要素などないと思っていたので意外そうに聞き返す。

 なにせ世間一般からの評価は「女帝」であるのだから間違えのしようもない。

 だが、ブラウリオからしてみればこの妻が可愛い以外の何かであるはずもなかった。


「あぁ、もちろんだ。可愛いぞ」

「えへへへ、可愛い。可愛い。旦那様に可愛いって、んふふふふ」

「可愛いって言われるのがいいのか。何度でも言ってやろうか? 可愛いぞ」

「はいっ! うふふ、あぁ、本当にたまりません。胸が幸福で張り裂けそうです」


 コロコロと笑い全身で幸せを堪能するネレアは正に幸せの絶頂と言わんばかりだった。

 人生を賭したともいえる宿願が叶ったのだから、過剰な反応などと言える者はどこにもいないだろう。

 とはいえ、一人で楽しまれても困るのは夫の方だ。


「おいおい、こっからが楽しいんだろう。勝手に裂けてもらっちゃ困るな」

「あっ、そうですわね。旦那様といっぱい愛しあうのは、まだまだこれからですものね」


 ため息交じりの苦言を伝えると、我に返ったとばかりに彼女は視線を合わせてくる。

 そんな普段よりも幾分か女らしさを見せるネレアを見て、ブラウリオにも男の本性が見え始める。


「ま、裂いてしまいたいところもあるがな」

「え……? ……あぁ、好色な旦那様のお好きなモノ、ですわね」


 意図することに気付いて、ニンマリと笑みを浮かべるネレア。

 その表情に否はないどころか、待ち望んだといった様子だった。

 今日の彼女にブレーキは無い。普段も比較的無いが今日は特に無かった。


「俺はそんな好色だったか?」

「8年前までは」

「もうそんなになったか、俺もやきが回ったもんだ」


 色々とシリアスな理由からそんな余裕が無かっただけが切っ掛けだったはずだが、いつの間にかこの若くとも帝国を引きずって走り続ける女帝に対しての通すべき筋のようになってしまっていた。

 他の女に対してそんな気が起こらなくなっただけというのが彼自身の素直な気持ちではあったが、それ以前と比べればこんなにも長い間ご無沙汰だったということに気付かされると知れずぼやきも出ようというものだった。

 もちろん彼のそんな反応に喜ぶのはネレアだ。

 自信満々に自身の薄い胸に手を当てると、捧げるべき操があることを宣言する。


「ちゃんと取っておいてありますわ。私の初めて。旦那様が私から得られる沢山の『初めて』の中でも私が一番差し上げたいもの」

「はぁん。そいつは今からでもいいわけか?」

「もちろんですわ。その為に今日一日があるんですもの」

「俺は尽きないぞ」

「私も飽きさせませんわ」


 挑発的で獰猛な物言いにも欠片も動じることは無い。

 彼女は女帝だ。


「ふん、初物のくせにそこまで言えれば上等だ。啼かせてやる」

「構いませんわ。旦那様のモノで私を旦那様の女にしてくださいな」

「減らず口がいつまでもつかな」

「いつまでも」


 これは放っておけば本当に永遠に減りそうにない。

 ブラウリオはすぐに行動に出ることにした。


「先に塞ぐか」

「えっ。……んむっ。んあ……」


 髭だらけヒビだらけの口で18歳になったばかりの新妻の小さく可憐な唇に蓋をする。

 軽く何度か押し当てただけだが、それだけで淑女はすぐに大人しくなった。


「やっと静かになったな」

「ん……。好き……」


 甘える様な熱のこもった声でもっとをせがんでくる。

 本当に今日はよく表情が変わる。使い分けているというよりは自然とそうなってしまっているのだろう。

 こみ上げる愛おしさに彼の低く太い声も優しげに変わる。


「知ってるよ」

「でも、好き。あむっ、ふぁ、んちゅ……」


 一つ外れた枷に溺れるようにキスを繰り返すネレア。

 応じながらも染み込ませる様に彼は伝える。


「お前は俺のものだ」

「はい。旦那様。私は旦那様のもの……。んっ」

「一生離れるな」

「はい。絶対に離れません。はぷ……、んむ……」


 傲慢ともいえる台詞だが、それこそが望まれている言葉なのだと彼はよく知っている。


「初めてはさすがに少し怖いだろ、俺に任せておけ」

「はい……。お願い、します。んぁ」

「ほんとにお前は可愛いやつだよ」

「えへへ。嬉しい。こうやって旦那様って呼ぶことが出来て、こうして腕の中にいることができて…」

「楽しみにしてろ。これからだ」

「はい……っ! 旦那様、旦那様、旦那様……っ。んっ」


 ソファーに組み敷かれたままお互いの身体をまさぐるように触りあうネレアの頭を、優し気な顔のままブラウリオが撫でる。


「よしよし。……そういえば、こうやってお前の頭を撫でるのも久しぶりな気もするな」

「5年ぶりですわ。んふふ。やっぱり嬉しい」


 もう子供ではないのだからと勝手に思っていつからかやらなくなっていた仕草だったが、彼女は心待ちにしていたようだった。

 そんなただ甘いだけの空気の中で彼はふと気付く。


「よく覚えてるもんだ。そういえば周りのやつらにも言わんといかんのか。面倒だな」


 彼らは二人だけで世界にいるわけではないのだから当然だろう。

 秘密を公然にしなければならないかと思うとその手間に気が滅入りそうになるが、避けられるものではない。


 だが、もうすぐ新妻となる女帝様に隙は無い。


「ん……。あら、それは心配いりませんわ。準備万端ですから」

「……なんだと?」


 こともなげに懸念を吹き飛ばす態度はむしろブラウリオを不安にさせた。

 成人したばかりの年若い女首相と、壮年もいいところを過ぎた老将軍の結婚である。どれほどの労苦があるのか全てを想像しきることも出来ないほどだというのに、彼女にとってはなんてことのない対処済みのことであるらしかった。


 抱き合う身体からは手を離さぬままに声音だけを平時の鋭いものへと変えて女帝は告げる。


「……おじさま。どうして私が私の誕生祭を一週間ずらしたと、お思いですか?」

「なっ。お前、まさか」

「もちろんです。やるのは私の誕生祭ではありませんわ。『結婚式』です」


 そこにはただ当然と言わんばかりに「予定」を口にするネレアがいた。してやったりと微笑むわけでもない。プロポーズされたのだから結婚をする。それだけだ。

 そして彼に必要なものは全て自分が用意すると決めているネレアにとってこの程度の準備を済ませておく事はごく当たり前の事だった。


 サプライズになってしまったのは仕方ない。言い出すのが遅い彼が悪いのだ。

 とはいえブラウリオからすれば、やられた、とい感情以外は無いのも事実だった。


「計画ずくか……っ」

「そうでもなければ周りが私の誕生祭の日取りを諦めたりするはずありませんわ」

「それを上回るほどの理由がなければ、ということか」

「国の誰もが望んでいる事でもありますわ。一国の上に立つ者が成人しても未婚ではちょっと困りますもの」


 それは紛れもない真実であり、ネレアがちょっと困る程度には問題として無視できないものだった。

 つまり逃げ道は完全に絶ってありますよと、ネレアは言外に言っているのだがそれで怯むほどの覚悟であればここまで女帝に付き合ってこれるわけもない。

 深く息を吐いて確認を入れておく。


「という建前だろうどうせ。俺の気が変わらないうちに結婚式をあげて俺を逃げられなくする腹づもりだな」

「あら、分かりますの?」

「お前が俺を巻き込んでなにかする時の動機ぐらいいい加減分かってる。ったく、逃げたりなんかするかよここまで来て」

「それを聞いて安心しましたわ。……本当は不安でしたから、私の早とちりだったらどうしようって」


 胸を撫で下ろす平静な様に不安さは見えないが、偽らざるネレアの本音であった。

 そんな彼女に彼が最も信頼する者を引き合いに出して鼻で笑う。


「ふん。お前が自分の見込んだ男を見誤る様な女なもんかよ。見込みどうりだろ、お前の惚れた男は」

「はい……っ。やっぱり私の旦那様は、旦那様しかいません。間違いないです」

「お前はそうやって一生言い続けてくれそうだな」


 思わずあきれてしまいそうな程にネレアはネレアだった。もう10年、日々驚くほどに成長しながらもそこだけは全く変わらない。


「もちろんです。ずーっと言い続けますわ。私の旦那様が世界最高で、私は旦那様をなによりも愛してるって」

「この国よりも?」

「国など背伸びしておじさまと並ぶための踏み台に過ぎませんわ」


 今しがた過去になったはずの呼び方まで使って彼女は堂々と言い捨てる。

 時代を一つ前に進めたと言われるほどの女帝の動機はそれだけだった。それだけで、充分だった。


「大した女だ」

「旦那様の惚れた女ですわよ?」


 先ほどの言葉を返されて思わずブラウリオは笑ってしまう。彼がどれほど彼女を思っているのかを分かっているし、自分もそれと同じだと言いたいのだ。


「違いない。俺の女房は最高だな」

「はい! 今までも、これからも、この先も私は旦那様の最高の女でい続けますわ」


 輝く笑みでネレアは応える。彼の最後の時まで変わらずに最高でいつづけてくれると、そう確信させてくれる光だった。

 愛おしさで額に口づけを落として彼も笑う。


「楽しみにしてるよ」

「お楽しみに」

「続きはベッドで聞くとするか」

「お望みのままに。んっ…」


 執務室に響く睦言は、終わらない。


(おしまい)

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睦言は執務室で GertRude @openfiln

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