第15話 剣術大会①
学院の剣術大会が始まった。
大会初日の学年別予選第一ラウンドは、シード外の選手が翌日の第二ラウンドへ進むことが出来る8名の枠を目指すトーナメント。どの学年も多数の生徒がエントリーしていて、三年生は屋内演習場、一年生と二年生は野外演習場を区切った臨時の試合場でそれぞれ分刻みのようなスケジュールに沿って進められていく。
揃って下馬評通り順当にシードされたフェルとレミィが出場するのは、二日目に行われる第二ラウンドからだ。
その学年別予選の第二ラウンドでは、シード選手8名と第一ラウンドを勝ち上がった8名の合計16名によるトーナメントが実施されて、二、三年生は各四名、一年生は二名の学年代表を決定する。
そうして代表となった選手は、三日目から始まる全学年の代表選手による決勝リーグ戦へと臨むことになる。
フェル達の一年総合学科クラスからは男子生徒の大半と女子生徒もフェルとレミィ以外に数人と、当初フェルが思っていたよりも多くの生徒がエントリーしているが、他にシードされた生徒はおらず、二人以外は全員が第一ラウンドからの参加だ。
この日は試合のないフェルとレミィが会場入りしているのは、そんなクラスメイトの応援とサポートの為。
魔法は一切使用禁止。剣術・体術のみで優劣を競い合うこの大会は、元々剣術に重きを置いている騎士科に有利なレギュレーションで、弓や魔法なども併用した実践的な戦い方の修練を常とする総合学科の生徒には不向きな大会だが、それでも総合学科の生徒達はフェル達に続けと奮闘中だ。
それぞれのクラスが、自分達の本陣のように試合場に面して張った大きな天幕の下を観戦席であり待機場所、休憩スペースに仕立て上げていて、フェル達もその最前列からクラスメイトに声援を送っている。
ちなみにこの大会では、公爵家騎士団が期間中の来賓・来客に関する警備だけでは無く試合の運営についても全面的なサポートを行っていて、予選から全ての試合の補助審判員として騎士が立ち会うという珍しくも贅沢な形を執っている。
補助審判員は生徒と年齢の近い若手騎士を中心に人選され、彼らは試合の判定の手助けを行うだけではなく、試合の都度、勝者にも敗者にも必ずアドバイスや励ましの言葉を掛けるのだ。これはアトランセル学院で始まった形式を踏襲したもの。
今も二回戦の試合に勝利を収めたロイスが、試合に立ち会っていた騎士から剣を構える仕草と笑顔で声を掛けられている様子がフェル達の目にも映っている。
「ふぅ…、なんとか勝ったわ」
「うん。ちょっと危なかったね」
笑顔で手を振ってはいるが、双子の弟の辛勝に安堵した言葉を漏らしているレミィに、フェルは半分苦笑いでそう応じた。
ロイスは、すぐにフェル達が居る所には戻らず。救護班が居るテントに向かった。
今の試合で左手に負った打ち身の治癒を受けに行ったんだろうとフェルが思っていると、同じくロイスのその様子を見ていたレミィがフェルに尋ねた。
「フェル? ミレディ先生も来てるんだよね」
「あ、うん…。大会中、特に今日の予選第一ラウンドは治癒学科の先生と生徒は大忙しだろうって言ってたから、ミレディさんも来てるはず。多分、三年生の会場に居るんじゃないかな」
「そう言えばレデルエ先生が、毎年三年生は無茶する生徒が多くて怪我人も多いって言ってたね…」
「……言ってた。この大会の成績で学院推薦がほぼ決まるって言われてるみたいだし。三年生は必死なんだよ」
と、そう応じたフェルは、仕方ないよと言わんばかりの少し神妙そうな顔つきでレミィに頷いて見せた。
フェルが言っている『学院推薦』とは、騎士団や中央軍などの選抜試験における学院からの推薦のこと。
例えば、毎年実施される公爵家騎士団の入団選抜試験では、王国内の学院から推薦された生徒だけを対象とした選抜試験が一般入試に先駆けて別枠で行われている。各学院は推薦の意味と重みを十分に自覚しているからこそ、それに値しない生徒を推薦することはほとんど無く、結果としてこの推薦入試の合格率は極めて高い。
剣術大会の主役と言ってもいい騎士科に在籍している生徒達は、その名が示すとおりに騎士になること、即ち騎士団への入団を目標としている者ばかりだ。
彼らのうち特に三年生は、騎士団や中央軍ヘの学院からの推薦を受けることが何よりも大きな目標であり、その査定に大きな影響があるとされる剣術大会で良い成績を修める為に必死に取り組んでいるのだ。
レミィと頷き合っていたフェルは、更にこの推薦に関する話を続けた。
「……実際、騎士団への推薦って何人ぐらいなのか。レミィ知ってる?」
「あ、うん…。騎士団の方は、多い年で10人って感じだったよ。アトランセル学院の時はね」
騎士団への推薦が10人と聞いて、フェルは意外そうな顔を見せる。
その数字はスウェーガルニ学院が分校として始まる前の話。
現在の両校の生徒数の比率で単純に換算すると、スウェーガルニ学院から騎士団への推薦は多くても3人から4人程度ということになってしまうからだ。
「へー、もっと多いのかと思ってた…。ウェルハイゼスの騎士団は、毎年50人ぐらい新人が入るってリズ姉から聴いたことがあるから」
「フェル、それは中央軍からの転籍入団も合わせての話だと思う。高等学院からのストレート入団は狭き門だよ」
◇◇◇
早朝から熱戦が続いた剣術大会の予選第一ラウンドは、二回戦まで終わった所で少し遅い昼休憩の時間を挟み、午後の部からは第一ラウンドの大詰めとなる三回戦と四回戦が行われる。
フェルのクラスメイトで午後の部、三回戦へと進んだのはロイスを含めた七名。
その午後からの三回戦では、クラスの先鋒を務める格好になったロイスがまたしてもかろうじての辛勝を収めて、総合学科一年クラスの生徒達は大盛り上がり。
ロイスに続けとばかりに応援の声は更に大きく、試合に臨む生徒達も奮闘を見せるが、四回戦へ進むことが出来たのはロイスに加えてもう一人のみだった。
三回戦の試合が全て終わると、フェルは四回戦が始まるまでのインターバルを利用してテント裏でロイスの試合直前の調整兼ウォーミングアップの相手をすることにした。
四回戦以降は使用が認められている刃先を潰した試合用の剣を手にして感触を確かめているロイスに対して、フェルはいつもの木剣を持ち、最初はゆっくりと軽く剣を合わせていく。
「……ロイス。今日は、いつも言ってる踏み込む前の肘が上がる癖が何度も出てた」
「えっ?」
「ロイスのその癖。さっきの対戦相手は、事前に織り込み済みだったと思う」
「……そうなのか?」
「多分ね。苦戦したのはそういうとこもあったからだよ」
「……」
少しペース上げるよと、フェルはそう言うと剣を構え直し小刻みなステップに転じてロイスの足を動かし始めた。
「相手の剣だけじゃなく、相手の身体全体をよく見て」
「……解ってるんだけどな」
そう応えたロイスは身体の向きを素早く変えて剣を大きく払うが、フェルはそれを予期していたかのようにバックステップで退いた。
「悪くは無いけど、ちょっと大振りし過ぎ…。あと、そこで終わっちゃダメ。次の攻撃も出していかないと」
「……」
こんな風にフェルが剣を手にして誰かの相手をしている様子は、共に過ごすことが多い総合学科一年クラスの生徒達には特段珍しいものでは無い。が、他のクラスの生徒達にしてみれば滅多に目にすることの無い大いに興味をそそられる光景だ。
次第に遠巻きに二人を眺める生徒が増えて来て、それは一年生だけではなく同じく野外演習場を試合会場としている二年生も。
期せずしてギャラリーが増えたこの状況に困惑した表情のロイスは、
「フェル、嫌だったら付き合ってくれるのはもうこのくらいでイイぞ。俺一人で準備するから」
と、小さな声で言った。
「ん? あー、イイよ別に。どうせ、明日はじっくり見られるだろうし」
フェルはそう応えながら剣をロイスへ向けると、より厳しくなるはずの次の戦いにしっかり臨むため、ロイスの感覚と眼を少しでもスピードに慣らしておくことを目的とした剣捌きを続けた。
そうした時折のアドバイスを交えたひとしきりの軽い撃ち合いの後、調整はここまでと仕草で示して剣を降ろしたフェルは、ふと思い出したように尋ねる。
「……ところでロイス。今更だけど、次の対戦相手はどんな選手?」
ロイスは自分に向けてフェルが差し出している水筒を受け取り、栓を開けてゴクリと飲んだ。
何故か渋い表情に変わってしまっているロイスに、首を傾げたフェルが目で返事を促すと、ロイスはフェルの耳元で小声で囁くような言葉を絞り出した。
「……ワステルド伯爵領って、フェルは知ってるか?」
「んん? えっと…、名前だけは本と地図で見たことがある。ウェルハイゼスの南の小さな伯爵領だよね」
「そう。アトランセルから見ればほぼ真南だから、その認識で大体合ってる」
「で? ワステルドがどうしたの?」
「その伯爵家の三男坊なんだよ。次の相手」
あー…、とフェルは少し納得したような、でもまだよく理解できずに考えを巡らせて、なんとか答えを見つけようとしている最中のような声を発した。
しかし次の瞬間。
フェルの思索は、不意に生じた本能からの警告を伴う異常感知によって中断する。
(モルヴィ、感じた?)
ミュ…
フェルがロイスの調整相手を始めた頃からずっと、フェルの制服の胸元に潜り込んでいたモルヴィが、頭だけをブラウスから覗かせて短く返事をした。その意味はフェルの感知を肯定し懸念についても同意するもの。
ほんの一瞬。時間にすれば、僅か1、2秒という程度だが、フェルが敏感に感じ取ったのはロイスと自分に向けられた微かだが強い悪意を含んだ視線だった。
周囲には、滅多に目にすることの無いフェルの剣技が観れるかもという期待を抱いてずらっと並んでいるギャラリー。そのほとんどが学院の生徒達。
彼ら彼女らの中から、異様さが滲んでいると言って良いほどの悪意を発していた者を特定するべく、フェルはその源と思しき方向を凝視するが、そうし始めてすぐにフェルは、思い直したように自問自答を始めた。
───いや、待って…。今のって、普通の人間が発する気配じゃなかったよね…?
それは、おそらくは人ならざるもの。但し魔物などが発する魔の気配でもなく、また別の異質な気配だったという感触がフェルの中には残っていた。
一瞬で消えて、今は既にその気配は感じられなくなっている。
しかし、まるでロイスと自分を否定し憎んでいるような、ある意味人間らしいと言えなくもない感情の発露が人ならざるものから一瞬だけ迸った。
そんな風に考え更に疑念を膨らませながら生徒達を凝視していたフェルの視界の中、突然踵を返して立ち去り始めた一人の女子生徒の姿にフェルは着目した。
「ロイスごめん。ちょっと急用が出来たから外すよ。あとは防具を装備するだけだよね。レミィにちゃんと具合を確認して貰うんだよ」
四回戦からは木剣ではなく模擬剣の使用が認められていることと合わせて、素材はサイクロプスの皮革という学院が所有する贅沢な防具の着用が選手には義務付けられているのだ。
「えっ? あ、うん。てかどこ行くんだよ」
「後で説明するから…、ロイスは試合に集中!」
そう応じた時には、フェルは女子生徒の後ろ姿を見失わないように足早に後を追い始めていた。
◇◇◇
剣術大会初日の、この一日の為だけに野外演習場に用意された一年生と二年生の試合会場は、校舎群に隣接する平原エリアを大きく区切る形で造られている。
ここはフェルとレミィが出場したチーム戦の際に使用されたエリアでもある。
多くのテントが試合会場をぐるりと取り囲むように並び、今は四回戦が始まる前のインターバルだからだろう。あちこちで生徒が話をしていたりふざけ合っていたり、そして何かの用が有って校舎の方に行き、またある者は校舎から会場に戻ってきたりと、辺りを行き交う生徒や教師も多い。
そんな雑踏のような中を摺り抜けて歩く女子生徒の背中を、フェルは追った。
この子はいったいどこに向かっているんだろうとフェルが訝しく思った時には、その女子生徒は野外演習場の奥へと、その足先を向けてしまっていた。
見覚えは無いがおそらくは自分と同じ一年生なのだろうと、フェルはこの女子生徒の姿を最初に見た時からそう思っている。それはじっと見続けた後ろ姿から感じとった振る舞いの様子を加味しても変わっていない。
平原エリアの奥に続く森林エリアは、野外演習場の70%を占めるほどに広い。そこに入られてしまうと密な木立ちは身を隠すには絶好だし、逆にもし荒事を望んでいるとしても、その意味でも人の目が届きにくく都合がいい場所だ。
「モルヴィ、どうやら後を付けてることに気付かれたみたい」
ミュミュ…
「えっ? 普通じゃない? 存在があやふやになってきてるって、どういうこと?」
木立の中を進み始めてから今も尚、その女子生徒の後ろ姿はハッキリ見えている。なのにいつの間にかそれは、よく似た紛い物のような印象を醸し出し始めていた。
知覚系のスキル的には異常は更に顕著で、肉眼では見えているのにその存在は極めて不安定で希薄なものへと変貌しているのだ。モルヴィがフェルに伝えたのは、この現象を指してのこと。
「まずいね。こりゃ、嵌められたっぽいよ」
ミュー…
「……だよね。さっさと決着付けよう」
モルヴィにそう言って、正体を暴くべく一気に近付こうと歩調を速めたフェル。
だが、両者の距離は縮まらない。
フェルは、遂には小走りで追い始めたが状況は変わらなかった。
立ち止まると、背中を見せている女子生徒の動きも止まった。
「はぁ…。これって、前にニーナと広域隠蔽魔法の話をしていた時にシュンが言ってた『
ミュミュ…?
「うん、それ。ニホンの伝承の話だったんだけどね。闇魔法では無理でも精霊魔法なら同じことが実現できるんじゃないかって、シュンはそう言ってたんだよ」
ミュー…
「そうだね。身体機能的な知覚に干渉されて、スキルにも干渉されてる。方向感覚はグチャグチャで、見えている景色もほとんど全部幻と繋がってしまってる。こりゃ、すぐには抜け出せそうにないや」
フェルとモルヴィの学院物語 @yabe
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