まんじゅうこわい〜参〜
女「私がこのケーキを平らげたならば、このケーキ代はあなたがお支払いなさいな」
男「ほう。じゃあそのケーキを平らげられなかったならば?」
女「あなたのそのコーヒー代も私がお支払い致しましょう」
男「良いね。乗ったよ、その賭け」
女「聞いたわね?マスター」
マスター「ああ、勿論」
女「有難う。では頂きます」
マスター「くくく、召し上がれ」
女「(食べる音)っっつ!ん!?んーー!」
男「ふふふふふ!どうしたんだい?苦痛に顔が歪んでいるようだけれども!」
女「くっ!謀ったわね!しかし!なんのその!(食べる音)」
マスター「ふふふ、無理する事は無いよ」
女「んー!!(食べる音)」
男「な、泣いているじゃないか!意地を張らずにギブアップをするんだ!」
女「なんの!」
マスター「……あ、あぁ」
女「(飲み込む音)ぷはー!食べ切ったわ!」
男「な、な、なんて執念なんだ」
女「ふん!これくらい軽いわ!あと何個でも食べられるわよ」
男「……今なんと?」
女「何度でも言って差し上げましょう。あと何個でも食べられると言ったのよ」
男「ほほう強がりが裏目に出たね。マスター、あと二個!あと二個オカワリだ!勿論、今彼女が食べたものと同じものを!」
女「な!?あなたどこまでサディスティックなの!?」
男「おっと?前言を撤回するかい?一度振り上げた拳を振るわず降ろすのかい?」
女「くっ!いいわ!勿論このケーキも平らげられたならお支払いはあなた持ちなのでしょうね?」
男「ああ、良いとも!」
マスター「(小声)き、きみきみ、良いのかい?彼女の執念ならば食べてしまうかもしれないよ?」
男「(小声)もうこの際、食べ切ってしまうかしまわないかではなく、苦痛を味わってもらって痛い目を見てもらいましょう!その為の損なら僕は大いに結構!」
マスター「その意気見事!あい、わかった!この勝負、私もしかと見届けよう!」
女「さあ、早く出しなさい。姑息にも偽ったあの忌々しいレモンケーキを!」
マスター「目にもの見せてやる!」
(食器の音)
マスター「さあ!これでも喰らえ!」
女「ひぃーー!見るだけで口腔内の炎症が悲鳴をあげているわ。だけれど遠慮なく頂きます。ふっ」
男「くくくっ。……ん?今笑った?」
女「あー痛いわー。なんて染みるのかしら、あー忌々しい。忌々しいわこの酸味の効いた中にギュッと閉じ込められた控えめな甘み」
男「……あ……ね、ねえ。言葉と表情が噛み合っていないようなのだけれども」
女「あー痛い。痛い痛い痛い。こんな仕打ちあっても良いのかしら。この恨みはらさでおくべきかー」
マスター「……ま、まさか。君、口内炎というのは……嘘かい?」
女「えー?痛いわよー?口内炎。今も尚悪化の一途を辿っているわー。何か喉の調子も可笑しくなってきたみたい」
男「た、た、謀ったね!?君は最初からこれを狙って!?」
女「なんの事かしら?んーこんなに辛い仕打ちは初めてだったわ。口の中が地獄の様よ。もしかすると次は炭酸のよく効いた冷たいレモンスカッシュが辛いかもしれないわね」
マスター「あ!!最初のべらんめぇ口調はこのせいか!」
男「え!?どういう事ですか?マスター」
女「ふふふ、二人ともご馳走様でした。長いは禁物のようね、どうもお後が宜しいようで」
男「ま、待て!」
(店を出る音)
マスター「一本取られましたね。はなから落語の演目にあるまんじゅうこわいを実践しようと決めて来ていたみたいですね」
男「まんじゅうこわい!?聞いた事がある!く、くそぉ!すっかり騙されたって訳か!」
マスター「はぁ、まぁ女ってのは嘘をつく生き物ですからねえ」
男「これに懲りて今後は痛い目を見せようだなんて思わないようにします」
マスター「そうですね。あら?お帰りで?」
男「ええ、意気消沈なもので」
マスター「そうですか。それじゃあ合計で3200円です」
男「3200円!?くっ!くそ!」
(お金の音)
マスター「はい、毎度あり!あ!きみきみ!今度はね蕎麦でも出そうと思っているんだ」
男「喫茶店なのに?」
マスター「ええ、なんせ最近落語にハマっているもんで」
~[完]~
シャンソンの鳴る喫茶店 vol.1 青田堂 @p-mam09
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