まんじゅうこわい〜弐〜

女「な!?まさかアレに毒が!?」


男「捉え方、着眼点、切り返し、どれをとっても性根が腐っているか曲がっているかだよね」


マスター「そりゃあ甘くしているとはいえ、あれだけ刺激のあるものを食べれば胃も悪くなるな」


女「居酒屋は車で来ているお客には飲酒を禁じているわ」


男「藪から棒だね」


女「飲食店の配慮。いや、義務とも言えるわ」


マスター「まさかレモンケーキをたらふく食べさせた私に過失があるとでも?」


女「過失……そうね、私の口内炎に起因する事柄から導き出すならばそう言わざるを得ないかしらね」


マスター「そんなことを言う子には、もう二度と出さない」


女「な!?提供をそちら側から断ると言うの!?なんて事……」


男「マスター。僕から謝罪をさせて下さい。幼なじみとして僕は恥ずかしい!!」


女「そうね、その選択は正しいわ。しっかりと謝罪するべきよ」


男「口内炎が酷くなれば良いのに」



女「なによその呪詛らしい呪詛は。私が苦しむ姿を見て悦に浸るなんてどんなサディストよ」


男「いつからこんな子になってしまったのか……思い返したけれど出逢った時から変わっていなかったよ」


女「一貫しているのよ私は。……っつ!痛たたたた!話しているだけでも痛むわ」


マスター「是非もない。口内炎はイソジンでうがいをすると早く治ると聞きます。さっ、これでうがいをして来ると良いですよ」


男「マスターは本当に優しいですね」


マスター「これも仕事ですから」


女「気が利くわね、さすがよ。それじゃあ今日はチーズケーキにしておくわ」


男「え!?チーズケーキ!?正気かい?」


女「治りが早くなるのならば、もし今日チーズケーキを食べて悪化したとしても通常に過ごして治る期間と大差ないはずよ」


男「どういう理論だよ」


女「良いのよ。私は本能のまま生きているのだから」


マスター「知りませんからね、まったく」


女「ふんっ!まったくいちいち二人して意地悪なんだから」


イソジンをもって洗面所へ行く女


男「すみませんねぇマスター」


マスター「……ふふふ、ふふふふふふ」


男「うおっ!なんですかそのVシネに出てくる哀川翔さんみたいなブラックスマイルわ!」


マスター「いえね、私は先程彼女に言われた通り、意地悪な性格をしておりましてね」


男「根に持つタイプなんですね」


マスター「彼女が黙ってコーヒーだけを飲んで帰る子だなんて長年相手をしていたら想像出来ません。何か甘い物をお頼みになられるだろうと思い、くくくっ。ふははははは!飲食店の恐ろしさをお見せして差し上げようとこうして用意させて頂いておりました!」


男「ん?チーズケーキ……じゃない!?」


マスター「その通り。既に作り置きしておいたレモンケーキにカラメルをかけ、軽く炙ればこの通り!見た目はすっかりチーズケーキという訳です」


男「な!?いつの間に!?」


マスター「ふふふ。私も四半世紀ここでマスターをしてはおりません。臨機応変な対応が出来てこそのマスター!甘いだけでは無いのですよ、このケーキのようにね!」


男「か、かっけえ」


女「なに?騒がしいわね。五月にも関わらず暑苦しいわ、まるで群がる蝿のようにね」


男「文体だけで五月蝿いを表現しないで貰える?ボイスドラマなのだから伝わりづらくなってしまうだろ?」


女「変な所でその脳は良く回るようね。でも脳の体積が少なくてカラカラと音が鳴っているわよ、そう、これこそ空回り」


男「ふっ、今に見てろ」(ボソッ)


女「なに?何か言ったわね。コソコソカサコソ壁を這い回るあの忌まわしきGのようにささやかな音だのに、いやに耳に残る不協和音のソレよ」


マスター「まあまあ、ケーキも出来上がりましたし。さあさあお座り下さいな」


女「ふんっ、何か怪しいわねあなた達。まさかまさか私に何か嫌がらせでもしようと言うんじゃないでしょうねまさかまさか」


男「そ、そんな事ないよ!」


女「益々訝しいわね、その反応。まさかまさかまさか、またこのケーキに毒を盛ったのでは無いでしょうね」


マスター「お客様が居ないとはいえ、営業妨害甚だしい発言だな」


男「本当だよまったく!」


女「ふん!良いわ、毒を盛られようとも平らげてご覧にいれましょう。あなた達が何を企んでいようとも私には通用しないのだから」


マスター「それじゃあ遠慮なく、そこへお座りになってお食べ下さいませお嬢さま」


男「くくく」


マスター「くくくくく」


女「下卑た笑みね。何かこのケーキに細工があるのは火を見るより明らかね。……そうだ。一つ私と賭けをしましょう」


男「なんだい?」

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