Angel Smile.(仮称)
会津さつき
第1話 すべての始まり。
目覚まし時計が鳴り響く。春休み気分が抜けない中、千夏は気持ち的に重たい身体をゆっくりと起こす。寝ぼけのせいかベッドから落下してしまった。
「痛てて……」
とても女の子とは思えない姿をしている。
高原千夏。実家は神奈川県の箱根にある高原箱根荘。高原三姉妹の末っ子である。オレンジ色の髪で明るく不屈の心の持ち主。
そんな半覚醒状態の千夏に襲い掛かる第二の刺客、千夏の姉であり次女の葵が声高らかに千夏を覚醒状態へと導く。
「いつまで寝てるの! 今日から学校でしょ!」
勢いよくふすまを開け、勢いよく千夏を起こし、勢いよくふすまを閉める。そんな嵐のような葵が過ぎ去ってから数秒、千夏は思い出したかのように叫ぶ。
「えぇ⁉」
時刻は午前七時五十分を少し回っている。千夏の実家から学校までは歩いて二十分ほどかかる。今から急いで支度しても遅刻ギリギリだ。千夏は急いで身支度を済ませリビングに降り、朝食であるトーストを一枚かじって家を出る。いつもはお客様の通る表玄関は使わないようにしているが、今日は状況が状況なので葵から怒られるのを覚悟で表玄関から出る。するとすぐに葵の声がリビングの方から聞こえる。
「コラァ‼ 表玄関使うなぁ!」
「ごめんなさぁい!」
再度トーストを銜え、学校に向けて出発する。家の前の坂を少し下って右に曲がり、ケーブルカーの踏切を越えて観光地である強羅公園を横目に突き当りまで坂を下る。線路沿いに通る県道を彫刻の森駅方向に歩き進める。この頃には銜えていたトーストはすっかり千夏のお腹の中に入ってしまった。沢に架かる橋を越えると道は大きく左にカーブし、駅を越えた辺りでまた右側にカーブする、このカーブの道の右側にあるのが千夏の通う私立嶺の丘女学院。通称嶺女。名前の通り女子校で、全校生徒は百人程度の小規模の学校である。校門には桜の木があり、桜の花は新入生を迎えるために準備万端と言わんばかりに咲き乱れている。
今日は始業式と入学式が行われる。まだこの時間は在校生しかおらず、生徒数が少ないお陰か千夏の顔馴染の生徒が多くいる。というよりは、ほぼ全員と顔馴染だ。
見慣れた昇降口へ向かい、持参した上履きに履き替え新しい教室へと向かう。新しい教室とは言っても間取りは同じ、生徒が少ないのでクラス替えというものは無い。というのも、人学年大体二クラスで、一クラス辺り大体二十人程度。クラス替えをするよりもそのままをキープした方が生徒側からしても非常にいいのだ。
三階建ての校舎の二階にある新教室へと向かう。教室の扉を開けると、千夏と一年を共にした友人たちが居た。
「おはようちなっち!」
一番最初にそう声を掛けてきたのは幼馴染の三原沙輝だった。千夏と沙輝は小学校からの付き合いで、家が近いこともあり度々二人で登校することがある。そんな沙輝は千夏を見てクスクスと笑ってこう言った。
「さては寝坊したね」
「えぇ~、なんで分かるのぉ?」
千夏には分からない。だが沙輝には分かる。決定的な根拠は。
「寝癖、付いてるよ」
「うそっ!」
カバンを教卓の上に置いてトイレへとダッシュする。備え付けの鏡を見ると、そこには寝癖の付いた千夏の姿が映っている。トボトボと教室に戻り少し頬を紅潮させた千夏を背に、沙輝は寝癖直しとヘアブラシを自分のカバンに入っていたポーチから取り出す。
「とりあえず千夏の席ここだから座って、直しちゃうから」
「ありがとぉ……」
沙輝の指差す席は彼女の隣の席だった。千夏は教卓の上に置いてあった鞄を自分の机の横にかけて椅子に腰を下ろす。すぐに千夏の寝癖を直す。これも中学時代から日常的の行為だったためか、手慣れた様子で進められる。約五分程度で沙輝の手は止められた。
「よしっ、いっちょあがり!」
そう言うと手鏡を先ほどのポーチから引っ張り出し、千夏に手渡す。
「こんな感じでどうかな?」
そこに映るのは、寝癖の直った髪とご丁寧にサイドテールで結ばれている。
「うん、すごく良い感じ!」
「えへへ、髪いじるの好きだからね。千夏のなら尚更だよ」
というのも、中学時代から沙輝は千夏の髪を弄るのが好きで、寝癖が付いている時には大体沙輝が髪のセットをしていた。そんな経緯を経て今のヘアセット大好きな彼女が成り立っている。
そんな話を何の躊躇いもなく遮るように始業を告げるチャイムが鳴り、見慣れた教師の姿が廊下から入ってくる。去年と同じ担任だ。
「ほらほら座って! ホームルーム始めるよ~」
かくして、嶺女の新学期が始まった。始業式も入学式も無事に終わり、千夏と沙輝は帰路に就いていた。途中コンビニで寄り道し、強羅公園にて花見タイム。観光地だけあって入園料はかかるが、ワンコイン程度で綺麗な桜が見られるだけあってコスパは良い。千夏たちも滅多には行かないが、こういう時ぐらいは奮発しなくちゃねという事らしい。ちなみに花見のお供に千夏はペットボトルの緑茶と和菓子を、沙輝はホットココアとチョコ菓子を買って公園の中央部にある噴水の近くのベンチに腰掛けて花見を楽しむ。
「今年も綺麗に咲いたね」
「そ~だね~」
千夏はおばあちゃんのような返事をして緑茶を飲む。もう緑茶にしろ、和菓子にしろ。見た目以外言動がおばあちゃんだ。というのも、千夏の実家が和風旅館の為かそっち方向に育ったのだろう。
しかし、そんな和みの時間もすぐに終わった。
「沙輝ちゃん……少し相談があるんだけど……」
「相談? どうしたの?」
「うん……」
改まった様子で千夏はカバンの中から一枚の紙を出す。そこには可愛らしい女の子が踊っているのだろうか、とりあえず何かしている絵と、『スクールアイドル陪(部)陪員(部員)募集中!』と書かれている。手書きで書かれたせいか、所々に誤字がある。
「部活作るの?」
「うん、折角だしなんか新しい事してみたいなぁって」
「それで始めるのがスクールアイドル……」
スクールアイドル。ここ数年で爆発的ブームを引き起こし、全国大会までが開催されるほどである。スクールアイドルの利点は全国の女子高生の誰もがアイドルになれる可能性を秘めているという事。それに影響されてスクールアイドルを目指す者も多くいる事は沙輝も知ってはいた。
「それでね……沙輝ちゃんと一緒に出来たらなぁって思うんだけど、どうかな?」
まさかの千夏からの告白に、沙輝は目を丸くした。少し間をあけてから、沙輝は千夏に対し満面の笑みで答える。
「うんっ、私もやってみたい!」
その言葉に千夏は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。すぐに返事がくるなんて予想外だったのだろう。
「良いの? 本当に?」
「本当だよ。だってエイプリルフールはもう終わったでしょ?」
確かに彼女の言う通り、今年のエイプリルフールは約一週間前に終わりを告げた。
「じゃあ……」
「うん! 千夏と一緒にスクールアイドルやりたい!」
その返事に、千夏は瞳をキラキラと輝かせている。そして急ぐように和菓子を食べ終え、勢いよく立ち上がり、水素並みの足取りの軽さで沙輝の前に回り込む。
「沙輝ちゃん! ありがとう!」
「うん! こちらこそ誘ってくれてありがとう!」
その後、千夏は嬉しさのあまり広場の中心にある噴水の周りを二周程度回った後、沙輝の隣に腰かけた。
「喜び終わった?」
「うん……喜び終わった……はぁはぁ·····」
息を上げながら千夏は返事をする。しかしながら千夏は休憩という言葉を知らない様子で、部活動のポスターを再度手に取る。
「よし! 部員も増えた事だし私の家で勧誘用のポスターを作ろう!」
「イラストは私にお任せ!」
「それじゃあレッツゴー!」
こうしてお花見は短く終わりを告げ、足早に千夏の実家である旅館へと向かう……。だがその前に、時刻は十二時を少し越えたくらい。それに昼食がまだだった事を、彼女たちは完全に失念していた。それを思い出させたのは言わずもがな千夏の腹部から発せられた可愛らしい音だった。
「えへへ、鳴っちゃった……」
「なっちゃったか~。それじゃあ早めにちなっちの家に行こうか」
「そうだね~、腹が減ってはなんとやらって言うしね」
それを聞いた沙輝はクスクスと笑いつつ、千夏の手を引き彼女の家を目指す。強羅公園からは徒歩で五分程度、さほど遠くはない。
朝通った道を遡るようにして歩き、千夏の実家である旅館の前に着いた。表玄関を使うと葵からのお説教を受ける事を思い出し、表玄関の左側に小さくある自宅用玄関を使う。
「ただいま~」
「おじゃましま~す」
自宅側には誰もいないのか返事がない。家族総出で旅館を営んでいるので、料理長である父親は厨房に女将である母親は受付に、若女将である葵は……部屋で寝ているか、別館のもみじ亭に居るとされる。もみじ亭はここ箱根の訪日外国人の増加に伴い増設した別館である。本館に無い設備を盛り込み、少し奮発しすぎたかもしれないが箱根の観光地を訪問する観光客が多くこの旅館に宿泊する為丁度良いらしい。むしろ本館の方に人が入らないくなっているほどだ。
「葵ねぇ?」
二階にあるリビングには誰もいない。多分別館にでも行っているのだろう。
「ん? なんか置いてある」
食卓の上に小さな招き猫の置物で押さえつけられている便箋が置いてある。千夏は便箋を手に取る。そこには母親からのお願い事が書かれていた。
『おかえり千夏。どうせあなたの事だから、この後沙輝ちゃんと遊ぶんでしょ? それはそれとて、あなたと沙輝ちゃんにお願いがあるの。お母さん、箱根の温泉協会に行かなきゃだから本館の面倒を葵に任せてるの。凛は今日出かけてるから、別館の客室清掃をやってほしいの。報酬はお昼代と貸切露天風呂使用権とお駄賃あげるから。よろしくね。クールビューティーな母より。』
「えぇ~⁉」
その内容に千夏は気が抜けるような声を出す。
「ちなっち、どうしたの?」
その様子を見ていた沙輝が千夏の肩に手を掛け千夏の母からの手紙に目を通す。
「あっ……これ完全に私たちの動き読まれてるね……」
「むぅ……この後スクールアイドルの話しようと思ってたのに……」
「仕方ないよ、ほら! ちゃちゃっと終わらせちゃおうよ!」
二人は千夏の部屋に向かい、動きやすい格好に着替える。着替え終わった二人は、道路を挟んだ向かいにあるもみじ亭に向かう。原則として空室は必須で掃除、宿泊客がいる部屋は入り口に掛けられている『掃除をお願いします』的な事が書かれた札が掛かっているところのみ掃除と決まっている。あとは廊下の掃除や部屋のお風呂や大浴場の洗剤詰め替え等々、する事は多岐にわたる。
しかしながら、今回の清掃は十五部屋中、四部屋程度で済み。大浴場の洗剤詰め替えもこれと言って膨大な量を行う訳でもなく、ただただ大変だったのは廊下の清掃。地上三階建ての別館に温泉をつなぐ通路の掃除が一番面倒だった。
疲れ果てた二人は本館にある自宅に戻り、千夏の部屋でぐったりタイム。食事など今の彼女たちは必要ない。今の二人に最も必要なものはひとときの休息。
箱根の町に降り注ぐ春の木漏れ日が、彼女たちに温もりを与えている。
Angel Smile.(仮称) 会津さつき @Satsuki1850
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