第3話 里帰り

1969(昭和44)年8月20日(水) 国鉄山陽本線岡山駅構内にて


 大阪に本社のある三角建設に勤める大宮哲郎氏は、その翌日、函館出身で元同僚の妻と今年で4歳になる息子の太郎を連れて、朝早く会社の社宅を出発し、大阪から岡山に里帰りした。西鹿児島へと向かう気動車特急、沖縄の日本復帰を願って名付けられた列車である「なは」の普通車に乗って、妻子とともに2時間ほどの列車の旅を楽しんだ。

 列車は定刻で岡山駅に着いた。

 降りた下りホームには、赤地に金色の筋の入った制帽をかぶって、ダブルの全身白い「盛夏服」を着た40代後半の国鉄職員が迎えに出てきていた。その人物は、岡山駅の玉柏定義首席助役。よつ葉園事務員を務める玉柏英子女史の夫である。妻より大宮一家が帰省することを聞いていたので、今日は巡回を兼ねてわざわざ迎えに出てくれたとのこと。彼は一家を西口に案内し、西口側のロータリーに迎えに来ている大宮氏の父親のクルマに案内した。自分は最低限の荷物だけを持ち、父親に妻子と自分の残りの荷物を任せて実家へと向かわせた後、近くの公衆電話へと急いだ。


 「はい、よつ葉園でございます」

 中年女性が電話をとった。数年前より事務員として勤めている玉柏英子女史である。彼も、帰省時に何度か会っていて、面識がある。

 「玉柏さん、御無沙汰しております。大宮です。森川園長は御在園でしょうか?」

 「ところで大宮さん、今、どちらに?」

 「岡山駅の西口に着いたところです。妻子は、父のクルマで実家に向かわせました」

 「そうですか。今、森川は大槻と園長室で会議をしておりますから、これからお呼びします。ちょっと待っていていただけるかしら」


 待つこと1分ほど。森川一郎園長が電話口に出た。

 「おお、哲郎、よく帰ってきたな。すまんが早速、相談したいことがある。まずはそっちにいる川上君のクルマでうちに来てくれるか。それから別の場所に出て話そう」

 「わかりました。じゃあおじさん、これから参りますね」

 それだけ話して、彼らは電話を切った。


 「じゃあ、大宮君、これからよつ葉園に向ってくれるか。森川先生がお待ちだから、くれぐれもよろしく。それじゃあ、気を付けて」

 玉柏助役が、大宮氏のために知人を呼んでくれていた。その運転手は、津島町の自動車屋を経営している川上正喜氏であった。彼は、創立間もない頃のよつ葉園に在園していた「元園児」である。嘱託医の息子として、また「近所の子」としてよつ葉園に遊びに来ていた大宮哲郎氏にとっては、数歳年上の幼馴染でもある。


 現在よつ葉園で児童指導員をしている大槻和男青年は、趣味であると同時に将来クルマ屋で一旗揚げたいという気持ちもあって、この川上氏のクルマ屋に出入りしては手伝いをしている。

 彼がクルマに興味を持ったのは、少年期に近所の本屋で立読みした本で見た、アメ車をはじめとするアメリカ文化に興味を持ったことがきっかけだった。

 学生時代、学生街の洋食屋に行っては、フォークとナイフを使って食事をしていた。瓶のコーラを飲みながら、彼女を乗せてアメ車でドライブ。カーラジオから流れてくるのはビートルズなどの洋楽。

 土曜の夜にはバーに出向いて、バーボンのロックを片手にジュークボックスでスウィングジャズに耳を傾け・・・。

 そんな青春にあこがれていた。


 大宮氏は国産高級車の助手席に乗り、津島町にあるよつ葉園に向かった。東口からとなると、多少距離が長くなることと、何より踏切にかかる可能性が高いため、時間がかかってしょうがない。もっとも、よつ葉園や実家のある方向がそちらなので、結局いつも、西口側から入ることが多い。10分も経たぬ間に、津島町のよつ葉園前に到着した。


 「哲郎君、すまんけど、森川先生を呼んできてくれるか」

 「わかりました。じゃあ川上さん、ちょっと待っていて」

 少し年上の幼馴染に頼まれ、彼は数年前に建替えられた鉄筋造の管理棟へと急いだ。


 「森川先生は、おられますか?」

 老紳士は、程なく玄関から出てきた。男性指導員も、老園長に同行してきた。そこで少しばかり、大宮氏は自分より8歳ほど若い男性と、あいさつがてらに立ち話をした。

 「大宮さん、お久しぶりです。明後日はよろしくお願いします」

 「やあ、大槻君、お久しぶり。元気にやっているようで何より。うちに連絡よろしく」

 森川園長の紹介で、大槻和男指導員は、学生時代から大宮氏に世話になっている。2日後がちょうど公休なので、折角だからどこかで話そうということになっている由。


 運転手は、大通りに面する門前で中年男性と老紳士を乗せた。

 「川上君、それじゃあすまんが、駅前の寿レストランまで願えるかな?」

 大槻青年は、老紳士と先輩たちを見送った。川上モータースご自慢の営業用国産高級車は、幸い踏切にもかからず、岡山駅前の寿レストラン前に到着した。


 「じゃあ、森川先生、大宮君、お気をつけて」

 川上氏は、そのまま取引先との交渉に向かうべく、岡山駅前を後にした。

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