第7話 危なっかしさへのアプローチ 4
逆説的だけど、大槻君は、あまり子ども好きでないからこそ、児童福祉、つまり、よつ葉園での仕事に向いているのではないか。
確かによつ葉園は、子どもたちの世話が主たる仕事の職場だけど、それだけがすべてじゃない。
大きな目で見れば、若い保母さんたちの学校を出て結婚までの間という、人生の大事な時期を、親御さんたちから預かっている職場でもある。彼女たちにとっても、大槻君は、職場の先輩である児童指導員というだけでなく、森川園長や山上先生同様、彼女たちの人生を預かる大人の一人だ。
学校出たての若い女性や、今よつ葉園にいる子どもたちにきちんと社会性を育める「大人」の存在が必要ではないか。
子どもと一緒に遊んで、一緒に飯食って風呂入って寝て起きて、そういう大人も確かに必要。その人たちなくしては、養護施設はそもそも成立し得ない。
けど、そういう大人たちをきちんと導ける人材が、よつ葉園という養護施設には、絶対に必要不可欠だ。
そういう大人の必要性は、いずれ今以上に高まるだろうね。
もちろんそれは、よつ葉園という岡山の一養護施設の問題じゃなく、日本の児童福祉という分野全体においての話さ。彼はそういう役割を持った仕事には、実に適任ではないか。
お会いしたことも直接お話したこともないから何とも言えないが、その今西さんって人が、この仕事に向かないとは思わない。大槻君と同等以上の仕事ができる女性であると、おじさんのお話を聞く限りは思う。
だけどね、男であるからこそ、大槻君がこれからのよつ葉園という養護施設でできる仕事があるのではないか。
もっと言うよ。他の職員全員お引取り願って、それで職員を総入替えしても、大槻君だけは、辞めさせてはいけない。
これはぼくの勝手な見立てに過ぎないが、おじさん、どうでしょうか?
そこからしばらくの間、森川園長は、考え込んでいた。大宮青年は、黙って老紳士の次の一言を待った。その間、アイスコーヒーをすすったり水を飲んだりしていた二人だが、数分後に言葉を発したのは、森川園長だった。
なるほどなぁ。哲郎は賢いのう。逆説的な意味で大槻君が子ども相手の仕事に向く、とはねぇ。
わしはそんなこと、考えもつかなんだ。
あの山上先生が、大槻君の時々見せる一見ひねくれた言動、とはいうものの、わしに言わせればそこまでとも思わんが、それを聞きとがめては、本人に面と向かって言わず、園長のわしに申し出て来られる。大槻君は子ども相手の仕事には向いていないのではないか、って。おきゃんどもの男女くっついた離れた云々より、こっちのほうが正直、わしにはかなわん。正面切った話じゃからな。
確かに山上女史のお見立てからすれば、そう見えるのも無理はない。
とはいうものの、養護施設の職員の仕事というのは、哲郎君の御指摘の通り、子ども相手さえしておればいいというものではない。行政関連の仕事、あるいは、子どもたちの親族との対応、地域住民との対応、大人相手の仕事は、実はいくらもある。
山上さんは子どもべったりの仕事じゃから、そういう見方になりがちだわな。
御存じのとおり、わしはあの娘が18の保母助手の頃からの付合いじゃが、若い頃から、ホンマに子ども好きなところがあって、なぁ。
それは、それは、頼もしい限りじゃ、今も、な。
ただその反面、のめり込みすぎているような節も見受けられる。本人はそうは思っておらんようじゃけど、それ故に問題点がないとも思えん。
これはいずれ、よつ葉園には諸刃の刃になるかも、な。
山上さんはともあれ、大槻君がこれから先よつ葉園でもっともやらなければいけない仕事は、子ども相手に遊んで一緒に何かをして、それで完結する仕事ではない。
例えば去年から来られている東先生のような学校の先生にしても、同僚の職員や行政関係者、それに何より、子どもの親などの親族との対応。要は大人相手の仕事も多い。うちもそうじゃ。
もし引続きよつ葉園に勤めてくれるとして、わしが大槻君に求めるべきは、実は、そこじゃ。わしも、そこはうすうす気づいてはおったのじゃが、哲郎のおかげで、そのあたりがしっかりと意識できた。
とりあえず、明日にでも大槻君には、できるならこのよつ葉園でずっと勤めて、子どもたちだけでなく、若い保母らをはじめとする大人たちの模範にもなるような立場に立って、しっかりと仕事をして欲しいと、説得してみるよ。
老紳士、ようやく意を決することができたようである。
それを聞いた青年は、さらにこんなことを述べた。
そうですね。私も、森川園長が大槻指導員にその線で説得されたほうがよろしいかと思います。
先日、神戸の西沢茂君にも大槻君のことを相談して、彼もやっぱり、大槻君はよつ葉園の職員として勤め続けたほうがいいのではないかと言っておりました。
山上先生がお持ちの不安というか、大槻君がこの仕事に向かないのではないかとおっしゃっていることも彼に述べたけど、それについては、ぼくらは正直、賛成できかねるということで意見が一致した。
大槻君は、なぜリスクなしで事業家になれるチャンスを得られていることに気づけないのか、もったいないことをさせるなって言っていた。
西沢君も、大槻君が自動車屋を興したとすれば成功するとは思うが、リスクが存外あると指摘していた。彼は洋菓子店を会社組織にして全国に展開しているけど、西沢君は実家がもともと洋菓子屋で、しかもお父さんが神戸の市議会議員をしていた人だし、彼も、プロ野球の世界だけじゃなく、ユニオンズでマネージャーをされていた長崎弘さんが国会議員になるにあたって政治の世界も学んで努力してきた人だ。同学年だけど、説得力はぼくよりはるかにある。
西沢君は、大槻君がよつ葉園に引続き勤めるなら、将来は施設長などの要職に就いて福祉の世界を変えていく人物になれると、太鼓判を押していましたよ。
大宮氏の弁に、森川園長は、ゆっくり頷いた。
「そうか、あの西沢君もまったく同意見か。しかし、よつ葉園に勤めることがリスクなしで事業が興せる道という指摘は、目からうろこじゃのう。大槻には感情や情緒に訴える言葉は通用せんけど、そういう線なら、話を聞いてくるに違いない」
「そう簡単に、問屋が卸すだろうか・・・」
「哲郎、あとは、当たって砕けるしか、あるまい。これ以上考えても仕方なかろう」
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