第4話 危なっかしさへのアプローチ 1
老紳士と30代のサラリーマン風の男性は、寿レストランに入っていった。
「まずは、コーラ2本な。瓶のままで、ええ」
30代の男性はともかく、当時の年配の紳士にしては珍しい注文だ。
ほどなく、20代前半の若いウェイターが冷えたコーラの瓶を持ってきて、テーブルの上で栓を抜いた。
「ひょっとしてあの大槻君、女がらみで何か事件でも起こしたの?」
そう言って、大宮氏はコーラの瓶を持って、二口ほど飲んだ。よく冷えている。
このコーラの瓶、女性の体をモデルにしたものであると言われている。
「あのなあ哲郎、それは勘ぐり過ぎじゃ(苦笑)。で、例の色男じゃがなぁ、うちで結婚相手を見つけてくれる分には一向に構いはせんが、どうもわしゃ心配でならん」
呆れたように苦笑しつつそんなことを言いながらも、「女」という言葉に合せて、瓶を持っていない左手で、瓶の膨らんだあたりを老紳士は指さして見せた。大宮氏も、それには苦笑するしかない。
彼は父が嘱託医をしている関係もあり、加えて自分の通う学区内によつ葉園があるため、幼少期からよく訪れており、森川園長はじめ職員との面識はずっとあった。そんなわけで、森川園長には幼少期から可愛がられており、今も、年の離れた伯父と甥のような話し方をしている。それは、森川園長から高校生の頃、いくら目上だの年上だのと言っても、それなりの場所や関係ならともかく、それ以外では、必要以上の敬語を使って話さなくてもいいからなと言われていたからでもある。
「ということは、おじさん、大槻君は、よつ葉園の同僚の女性職員さんと御付合いしているのか? それだけなら一概に彼を非難できない。とはいえ、それが複数の職員と関係したとかいうことになれば別だ。下世話な下種の勘繰りで尋ねているわけじゃない。園長である森川一郎先生のところに入っている事実関係の情報として、どの程度のものがあるのか、ぼくとしては、まずそれをお尋ねしたい。その上で、お答えします」
大宮氏がそこまで話した後、彼らは、瓶の中にある残りのコーラを飲み干した。
森川園長はウェイターを呼び、改めて、アイスコーヒーを2杯注文した。
「幸い、哲郎が今述べた方向の「事件」は、うちの内外を問わず、今のところ発覚してはおらんが、確かに、大槻がうちの女性職員と付合っているという話は出ている。つい先ほどは玉柏さんが哲郎に、わしが大槻と会議中と言ったようだが、あれは会議というよりも、彼に事情を聴いておってなぁ」
「で、大槻君は、その今西さんって職員さんとのお付合い、「自白」したの?」
少し前のめりになって訪ねる青年に、苦笑しながら、老紳士は答えた。
「自白というのは語弊があるが、確かに認めた。それでじゃ、大槻が付合っているという彼女、今西幸香さんという彼と同学年のS女子大出身の女性児童指導員なのじゃが、彼女と休みの日や休憩時間に、大槻と二人で仲良く話し込んでいるとか、街中のどこで見かけたとか、そんな話が複数の職員から沢山出ておる。年長の職員各位は、そんなこと別に何とも思っていないが、若い保母が何人もおろぅがなぁ。事あるごとに、大槻先生と今西先生が云々と、わしにいちいち、事細かに報告と称してあちこちでキャッキャとしてくれる。あのおきゃんどもには正直、わしゃうんざりしとる」
「退屈しなくていいと言えば、いいかもしれないね。おきゃんサマサマですな」
「まあ、おかげさまで、な。というか、こら! 馬鹿言うな(苦笑)。哲郎の三角建設近辺なら話のネタと酒の肴で済もうけど、仮にもわがよつ葉園は、子ども相手の仕事場である。おきゃんどもを笑って済む話では、ないのだぞ!」
一応怒った顔はするものの、目も顔も笑うしかないという表情の森川園長と、それに受け答えする大宮氏。彼もまた同じような表情だ。
ウェイターがアイスコーヒーを持ってきた。コーラの空き瓶は後程おさげしますと言って、彼は他の客のもとに去っていった。
実はなぁ、哲郎、わしが今日わざわざ休みをとったにもかかわらず、さっきまでよつ葉園に出向いたのは、大槻君に状況を尋ねるためだったのじゃ。今西さんは休暇で実家に戻っておるし、ちょうどええ。
で、今日のやり取り、おおむねこんな感じじゃ。
「おい、大槻君、君は将来どうしていきたいと思っている?」
いきなり女がどうというのも野暮じゃ。まずはそこから切り出してみた。
「いずれは、何かクルマがらみで事業を興したいと思っております」
ここもまあ、予想通り。ご存じのとおり、彼は野心家じゃからな。
「君には確かに、経営能力はある。何か事業を興したとしても、おそらく成功する。それに君は女にもてるのう、うらやましい限りじゃ。さて、もし大槻君が万が一にも事業で失敗するとしたら、その原因は十中八九、金ではなく女じゃ。もっとも、それでも君は立ち直れるだろうが、その時はまた、支えてくれる女性が現れているに違いない。ところで大槻君、事業をするからには、自分で会社を立上げようと考えておるね」
ここまで言っても、あの御仁、今一つ、ピンと来てなかったな、女の下りは。
「ええ、事業をするとなれば、会社を設立する必要もありましょう。最初は個人事業から始めるとしても、そのうち軌道にも乗れば、株式は無理でもまずは有限で。まあその、見せ金してまで見栄を張って最初から会社にすることもないでしょう」
「見せ金云々はともあれ、君は川上君のクルマ屋さんに休みの日に行っていろいろ勉強しておるが、それはそれで大いに結構。だが、クルマを作ったり直したりもいいが、どうじゃ、人を育てて作り上げていくことのほうが、ずっとやりがいがあると思わないか?」
彼に「子どもだまし」は効かんが、このあとの「カマかけ」は、見事に通用したぞ。
「園長のおっしゃるところが、ちょっと、把握しきれないのですが・・・」
「さて、本題に入る。隠しても無駄だぞ。うちの児童指導員の今西さんと付合っておるな。他の職員にも聞いたが、どうもデマとは言い切れんのじゃが、なぁ・・・」
「え? まさか!」
「君の思いそうな「まさか」は心配しなくてよい。そんな報告は受けておらん。君を美人局よろしく「はめる」気はないが、けじめをつけたほうがいいのではないか?」
とまあ、こんなところじゃ。わしがこの後、あんたと会って話をすることも彼は知っておる。
明後日彼と会うらしいけど、哲郎からも、しっかりと説得してやって欲しい。
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