となりあわせ
一白
□
「……なにを言いたいのか分からん。……誤変換が目立って内容が入ってこねぇ……。……、せめて、日本語で書いてくれ……」
私の隣でぶつぶつと小言を洩らしているのは、同期の木村だ。
時折、頭を抱えては、気分転換に菓子を摘まんだりコーヒーを飲んだりしている。
ひょい、と木村が睨みつけているディスプレイを覗いてみれば、隅から隅までびっしりと文字に埋め尽くされていた。
「うわぁ……すごい傑作だね、それ」
「そう思うなら、俺の代わりに読んでやってくれ」
「さあて、納期の確認しなきゃなー」
「この野郎……」
興味本位で話しかけてみたら、こちらにバトンを渡されそうになったので、素早く自席に身を戻す。
決算報告書だったり企画書だったりを読むのであれば何とか耐えられるけど、あんな、改行皆無な読みにくそうな文章を読む気にはなれなかった。
「俺だって、読みたくて読んでるんじゃねーんだよ……。助けてくれ……」
ぐったりと机に身を伏せる木村と私とがこの会社に中途入社したのは、かれこれ五年前のことだった。
前の会社の業績が傾いて危なくなったから、倒産する前に逃げた、という境遇が一緒で、木村の方が5歳年上だが、こうしてタメ口で会話しても怒られない程度には仲が良い。
インターネットが普及した昨今、各種携帯ゲーム機や据え置き機はもちろん、スマホやパソコンでも、「いつでも、どこでも、楽しめる」をコンセプトとしたゲームが大量に流通しているのは周知の事実だが、わが社が手掛けているのは、そうしたゲームのうち、スマホユーザー向けのものだ。
よくあるカードゲームの一種で、「美麗なイラスト、多彩なストーリー。あなただけの冒険を、気軽にいつでもどこまでも」みたいな、これまたよくあるキャッチコピーで売り出し、リリース直後の数年は、まずまずの評判だったらしい。
それが、担当者が変わるタイミングでシステムの改悪やトラブルが続発したため、徐々にユーザーが離れていき、いまや実稼働ユーザー数は全盛期の半数にも満たない。
もっとも、いまでは自社でのゲーム開発・運用はこのゲーム以外には行っておらず、専ら他社から委託されたゲームの管理・サポートを収入源としているので、廃れたとはいえ、細々と継続する程度の余裕はまだあるのだが。
ともあれ、現状にテコ入れすべく、社長の「ユーザーにストーリー制作を任せてみたら、盛り上がるんじゃないか」という発言を受けて発足したのが、いま木村が手掛けている企画だった。
「第1回 ストーリーテラー大賞」と題された企画は、ユーザーにゲーム内のキャラクターで自由に物語を作成してもらい、応募作品の中から優秀なものを公式ストーリーとして取り扱う、という内容になっている。
カードゲームという特性上、いまやゲーム内の総キャラクター数は500を遥かに超えているため、公式ストーリー上では発言が少ないキャラクターや、まったく出番のないキャラクターも多々存在する。
そうしたマイナーなキャラクターを好むユーザーが作品を仕上げ投稿してきたら、選考側としてはかなり困るのではないか、というのは企画発表前から危惧されていたことではある。
しかし、「予算の都合で公式ストーリー化以外の賞品がない以上、投稿者への魅力は少なく、応募が殺到することはまず想定できない」との判断の下、企画は実行に移された。
要するに、「マイナーキャラの作品でも、読み込む時間が十分あれば、選考に支障はない」と見なされたわけだ。
ちなみに、第2回が開催されるかどうかは、まったくもって不透明である。
「無理……。このポエミーなやつ無理……」
先程とは違う作品へ移ったのか、いよいよ机にべたっと突っ伏して動かなくなった木村にほのかに同情しつつ、自分の仕事を仕上げていく。
私も前述の社内判断に同意を示した一人ではあるが、ユーザー数が減少の一途を辿っているとはいえ、一定数の古参重課金者は残っているのだ。
全部でいくつの応募があったのかは知らないが、いくら社内の人手が足りないからといって、木村のみに選考作業を任せるのは、少し辛い仕打ちだったかもしれない。
(……とはいえ、手伝おうって気にはならないけどね。さて、やたらポエミーな文章って、いったいどんな、)
選考作業が相当辛いのか、いまだに突っ伏したままの木村の頭越しに、ディスプレイの文字を目で追っていった私は、あまりの驚きにぴしりと固まった。
この、見たことのある文章は、まさか……。
(な……、なんで私の二次創作サイトの作品が、こんな公式イベントに転載されてるわけ……?!サイトなんて五年前に閉めたし、そんなサイトを運営してたことすらすっかり忘れきってたのに……!)
力なく自席に座り直し、机に両肘をつき、組んだ両手に額を押し付ける。
黒歴史……。そう、あのサイトは間違いなく黒歴史だ。
ほんの出来心でダウンロードしたゲームのマイナーキャラが、あまりにもドストライクな顔だったから、つい妄想を爆発させて勢いで作ってしまった。正しく黒歴史だ。
既に全盛期が去った後だったため、訪問客はまばらで、ほぼ自分専用サイトだったが、そういえば自己満足でフリーリクエスト企画なんてものを開催した気もする。
なんだかやけに内容を覚えていると思ったら、私がリクエストに応えて創作した文章だ。
まさかとは思うが、誰かがサイトの閉鎖前に作品を保存していて、この機会に応募作品として投稿してきたってことか……?!
この会社に転職するにあたって、制作サイドでありながら非公式な創作をすることに罪悪感を覚えたから、潔くサイトを閉鎖して、いまでは跡形もなくなったというのに……!
昔のサイトの訪問者のマナーの悪さに頭を抱えていると、ようやく復活したのか、木村のデスクからガサガサ音がする。
菓子の包みを開けて口に放り込んだらしい木村が、もごもごとした発音で何事かを呟いた。
つい先程「ポエムが無理」とか呟いていたわけだから、若気の至りで挿入した詩のような部分に、悪態でも吐いているのだろうが。
体勢の関係もあり聞き取れず、気になった私が頭を上げて木村に向き直れば、木村はどこかキラキラした目で画面を見つめていた。
「木村?いまなんて?」
「採用」
「……あ?なに、えっ?さ、採用……?!それを?!」
つい先程まで、酷評しながら机に突っ伏していたのは、一体なんだったのか。
訳がわからず、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
私の叫びをどう捕らえたのか、木村は私の方へぐるりと首を向け、力の込められた声で熱演を始めた。
「高橋はこれを読んでないから、そんな余裕かましていられるんだ。いいか、読んだ後では苦情なんか出やしないからな」
(いや、読んだというか……、作ったの私だし、登場キャラもストーリー展開もオチも全部知ってるんだけど……)
真実を口にするわけにもいかず、「はぁ……」と生返事を返す。
なんというか、ものすごく居たたまれない。
早引けしてしまおうかと考えてしまうほど、一刻も早くこの場から去りたい。
私の心中を知る由もない木村は、拳さえ握りしめて、語るのを止めない。
「キャラクターこそ公式では出番のないマイナーキャラだが、だからこそメインキャラとの掛け合いが新鮮で楽しいし、何よりキャラが生き生きしてるのが良い」
(そりゃあ、そのキャラが好きだったから始めたサイトで、そのキャラが好きな訪問客から受けたリクエストで書いてるからね。当然だね……)
「特に後半の……瀕死の兵を庇って負傷するあたり……、公式のキャラ紹介の『部下思い』という単語から、こんなに熱い展開を描けるなんて……俺は……俺は、感動した!」
(そんな設定あったかな……?全然覚えてないんだけど)
「そして手負いの身でありながら奮戦し、それでいて最後はメインキャラに手柄を譲るところなんて……もう、……もう、言葉もねぇよ……。『あくまで脇役として描きつつも、キャラクターの個性を最大限に出す』っていう、作者の強い意志が伝わってくるようで……」
(……、いや、たぶん、当時の私はそんなこと考えてなかったぞ……。リクエストの指示に従って書いてたらそうなったってだけなんじゃあ……)
木村の熱弁に引きつつ、内心では滝のような汗を流しながらもツッコミを入れる。
「おいっ、聞いてんのかっ!?文中に織り混ぜられてるポエムなんか、故郷に残してきた想い人への愛情と、男としての約束を守ることとを天秤に掛けざるをえなかった葛藤が、絶妙に表現されていて……」という木村からの追い打ちの説明に、耳を塞ぎたくなる程度には現実逃避したいが、こんな状況下でもまだ救いなのは、作者が私だということがバレていないという点である。
熱弁を振るう木村には悪いが、古傷を抉じ開けられて塩を塗られている心地の私には、木村のテンションについていくことは出来ない。
だが、私の反応が乏しいことに苛立ちを覚えたらしい木村は、語るのを止めたかと思うとやおらに席を立ち、ちょうど給湯室から戻ってきたばかりの課長へと声を投げ掛けた。
「寒川さんっ!ちょっと来て下さいよ、これ読んで下さい!」
(ぎゃああああっ!!あの黒歴史を課長に読ませるとか苦行かよ!!)
いまさらカミングアウトすることもできず、私はせめてもの抵抗として、他部署へ用事がある振りをしてそっと席を後にした。
どうか……課長が採用却下の判断を下してくれますように……!
私が呪文のように念じた、ほんのささやかな願いが、非情な現実を前に打ち砕かれたことを知るのは、わずか30分後のことである。
となりあわせ 一白 @ninomae99
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