第29話 不穏の終わりと効率的な方法

 狩谷さんが泣き止むころには、屋上に田口、宮川、そして野摺さんもかけつけてくれていた。既に校内にいた木菟の一味は全て捕まえたそうだ。

「隈家の方は?」

「ああ、それは大丈夫だよ。」忠道さんが言った。「さっき連絡があった。隈家の方も校内にいた連中は全て捕まった。」

「なんつーか、意外とあっけねえっすね…。」田口が言うと、野摺さんが答える。

「隈家の方が家としての力は強いのですが、実際に作戦を指揮していたのは木菟―登尾さんだったようです。リーダーが消えて、統率が取れなくなったのでしょう。」

「こう言っては何だが、隈家は忍びとしては力任せで頭を使わない。数撃てば当たる戦法ばかり取るから、一揆にも負けるし、木菟にも利用されるのだよ。」

「ぎょおおおおお部長!?」

 俺は悲鳴に近い叫びをあげた。何と、野摺さんの後ろから来たのは三ツ輪部長。だが、俺に構うことなく三ツ輪部長は忠道さんの元に来て、すっとひざまずいた。

「ご無事でなによりです、忠道殿。」

「娘の前でそれは恥ずかしいね。」苦笑する忠道さん。……え?まさか

「三ツ輪さんは、味方だったみたいです。」野摺さんが小さな声で言った。「あんな、いかにも自分が怪しいですって口ぶりだったのに…。木菟家の当主だなんて名乗って。」

「私は木菟の当主だとも。もっとも、便宜上母の旧姓を使っているだけだ。」

 三ツ輪部長は悪びれる様子も無く答えた。

「……お前に裏切られるとはな。」

 目が覚めたらしい登尾さんが、うめくように三ツ輪部長に言った。「婆さんのひでえ仕打ちに遭ってるお前は、誰よりも鷹野家の滅亡を望んでいると思ったが。」

 鷹野家の滅亡?え、当主の座を狙って、狩谷さん達を襲ったわけじゃなかったの?

「本家の命令一つで、分家の人生をあっさり狂わす。そんな家がある限り、俺も、俺の子孫も自由にならない。…こんな家、俺は娘に残したくない。」

「……。」野摺さんがうつむく。

「隈家を焚きつけるのは簡単だ。元々火種はあったしな。本家と隈家が壊れれば、あとの家は自壊していく。弱いからな。一度、まっさらにしないといけないんだ。あの一家は…。」

「駄目だよ、おじさん。」登尾さんに、狩谷さんが言った。

「私も、鷹野家の事は嫌い。でも…おじさんの方法じゃ、今を生きてるおじさん達の人生は?…おじさんは、結局自由になれないまま死んじゃうよ。」

「それは、わがままがまだ言える奴の考え方だ。」登尾さんの目は虚ろだった。「わがままを言える……忠道、あずさ、お前らが羨ましいよ。」

 それは、極悪非道な暗殺者の声でなく、身動きが取れずに疲れ切り、翼をもがれた男の声だった。

 隈家と木菟家の騒動があったので、文化祭は再び中止の危機にさらされたが、結局三日間しっかり開催された。もう護衛の必要は無いが「北高の生徒なのだから」と忠道さんに命じられ、野摺さんも俺達と一緒にしっかり文化祭を満喫出来た。

「鷹野家の方には、親父さんが話をつけてくれたみたいです。僕は卒業まで、引き続きこちらでお世話になります。」

「やったー!」狩谷さんが嬉しそうに声を上げた。ただし、もう護衛でも何でもないので、狩谷さんの家を出て一人暮らしをするそうだ。野摺さん曰く「親父さんが怖いから」とのこと。……年頃の娘がいるお父さんは、危険だ。

本家の当主候補を殺そうとした登尾さんには、当然本家からの処罰があるはずだ。ところがなんと、忠道さんが本家に乗り込み、減刑を頼んだらしい。そのまま当主にされやしないかとヒヤヒヤしたが、それはなかった…という話を部長から聞いた。

「登尾家から謀反が出たのはさすがに本家もショックだったようだ。気持ちとしては、忠道殿の姉―つまり、本家の人間だが飛べない人に、当主を譲る考えに傾いている。」

「えっ。じゃあ狩谷さん達は」

「本家に縛られずに済むねえ。反対派も、大半はこの騒動で皆処罰されたから。財産没収とか、京都からの永久追放。勿論死罪もいるが。」

「そこは、時代遅れのままか…。」

「だが、分家はもう、謀反する余力はないし、逆に本家を支えるパワーも削がれた。」

部長はそこで静かに呟いた。「登尾が願った通り、このまま滅ぶかもしれない。あるいはここまで計算の上かもねえ。……勝則殿は切れ者だから。」

 真意を知る術は、もう俺達には無かった。


 文化祭を無事終え、土曜日の休日。まだ文化祭の疲れが体に残っているが、俺は電車に乗って駅の前にあるベンチへ。街路樹の色は深くなり、朽葉色になって落ちていく。そろそろ寒くなるな、と空を見上げながらぼーっとしていたら

「しくったあああああーーーー!!」

「あ。」

 頭の上から、女の子の声と女の子が降ってきた。俺は場所を見定め、両手を構えたが…

「ふぇぶ!」

 失敗。女の子は俺の腹に落下し、俺は大の字で伸びる。

「………うわあああああごめんハシビロ君!!!!」

「だ、大丈夫…。」

 狩谷さんに抱き起してもらい、俺は立ち上がる。「わあ、落ち葉がいっぱいついた。」

「そうだ、あのね、空から見たらすっごい綺麗な紅葉見えたよ!あっちの方!」

「はいはい。」新しいおもちゃ見つけた子供みたいだ。目をキラキラさせながら、ぴょこぴょこ飛び跳ねる。「あとあと、田んぼもね、稲がまだ刈り取られてないとこがね」

「待った待った。まずは腹ごしらえしよう。コメダでいい?」

「うん!カツサンド食べよう!」

 そう言って、狩谷さんが手をこちらに差し出した。俺はその手を取る。「俺と歩くときは必ず手をつなぐ」という約束を俺は取り付けた。先に突っ走られると五秒で迷子になるからね。これなら心配がなく、何より―

「どしたの?」

「いや。」

 差し出された手を受け取ると、自分が大事にしている人が満面の笑みを浮かべる。俺にもっとも大きな平穏を与える、実に効率のいい方法だ。

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オオタカ女子とハシビロコウ男子 根古谷四郎人 @neko4610

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