第28話 気づきと非効率な行動
「味方…?」狩谷さんの顔が青ざめる。「えっ、えっ、どういう意味?」
「部長が話してた内容を思い出したんだ。『生徒に手は出さない。消すのはあずさと、忠道だけだ。』って部長は言ってた。でも、俺達は以前、無差別攻撃に遭ってる。」
「おう。苦無がいっぱい降って来たぞ。」田口が頷いた。「生徒に手出しまくりだ。」
「ただ、思い出して。田口は思い出したくないかもだけど…一回狩谷さんがパチンコで応戦したら、撤退したよね。でも、そのあと一人が襲ってきて、田口が怪我をした。」
「おう。」
「でも、その苦無は田口を狙ったものじゃない。」
「…?まあ、俺が勝手にかばおうとして―」そこで田口が気付いた。「そっか。あの最後の一人だけは、俺達じゃなくて狩谷さんだけ狙ったのか!」
「別に、俺達はあの時油断しきってたから、そこに一斉攻撃したっていいだろ。田口が怪我をした後も、周りの俺達にいくらでも攻撃出来たし。」
「つまり…最初の敵は隈家だけど、二回目の敵は、ハッシーの言う『二つ目の勢力』ですか。」
宮川のまとめに俺は頷いた。
「その二つ目って、木菟家じゃないの?」狩谷さんがうろたえた声で言う。「だって、三ツ輪さんもそう名乗ってたし……。」
「多分、木菟家ではあると思う。でも、その首謀者は木菟の人間じゃない。野摺さんはそれに気付いたから、単独で動き始めたんだ。」
俺は校内ハザードマップを見た。…これを見て気づくべきだったのだ。
「教室棟には特に護衛の人数を割いたのに、その目をかいくぐって宮川も田口もマークされた。かいくぐったんじゃなくて、機能してなかったんだ。」
「機能してない?」狩谷さんが聞き返す。「それはないって!だって、一番危ないからってあそこには登尾さんが―」
全員が押し黙った。俺はゆっくり頷いた。
「そうだよ。木菟たちの指揮をとっているのは登尾さんだ。」
野摺さんの暗号。「敵は仏法僧を着たスカベンジャー」の意味。仏法僧と言うのはおそらく木菟家の事だ。コノハズクの事を、「声のブッポウソウ」って呼んだりするから。そして、スカベンジャーというのは腐肉食動物の事。つまり、主に動物の死体をエサにする生き物の事。カラスなんかがそうだ。そして、日本にする猛禽類―鳶もまた、死骸やごみを漁る生き物である。
「野摺さんは単独で登尾さんを止めに行っているんですよね。」宮川の顔が青ざめている。「………!」
狩谷さんがいきなりステージにかけ上がった。
「狩谷さん!?」
慌てて追いかけると、狩谷さんはステージ袖の階段を上がり、照明室へ。そしてさらにその脇から伸びる階段を上った。急な上に屈まないと上がれないような階段を進むと、急に辺りが明るくなる。
「ここ、ドームの天井です。」宮川が言った。「本来ドームには大きな窓が付いていて、外の光が入るようになっているのです。」
だが、演劇部としては劇中真っ暗にしないといけないので、いつも締め切ったうえで段ボールで覆ってあるそうだ。狩谷さんはその窓をこじ開け、顔を外に出す。
「狩谷さん!?」俺は下から叫ぶ。「何してるの!?」
「お兄ちゃんと、お父さん探すの!」声が降って来る。「これだけ高ければ―」
狩谷さんは窓から体を出し、とうとう窓枠に足をかけてドームの外へ出てしまった。
「ちょ、危ないよ!」
と後に続いてみたものの、ドームの外なんだから当然屋根は丸くカーブしている。足元が悪すぎて、俺は滑り落ちそうになった。
「は、ハシビロ君大丈夫!?」
こっちのセリフ…と言いたかったけどガクガク頷くことしか出来なかった。忘れてたけど、俺は高所恐怖症。
「うお高いなー!って橋本大丈夫か?」
「まさかここに出てくることになるとは…。あ、ハッシー手を貸しますね。」
田口、宮川も俺の後ろから出てきた。赤ちゃんのハイハイ歩きみたいな状態でてっぺんに来た時、俺は教室棟の屋上に人影があるのに気付いた。あそこは立ち入り禁止の筈だ。
「狩谷さん、あそこ…。」
「え?……!」
顔が青ざめる。それを見れば、何が見えたかは聞くまでも無い。ところが
「おい見ろ!」田口が叫んだ。「特別棟!野摺さん!」
振り返ると、確かに、特別棟の三階を野摺さんが疾走している。それを追いかけるのは、三ツ輪部長を含めた木菟家たちだ。登尾さんに接触しようとする野摺さんを止めに来たんだ。
「狩谷さん、行こうぜ、早くしないと―」
「………。」
「どうしました、狩谷さん?」
「屋上に…お父さんが……。」
完全に狼狽してしまっている。どちらに行くべきか、どちらにも行かない方がいいのか。でもどちらにも駆け付けたい。狩谷さんがショートしてしまった。
「狩谷さん、そこから空飛んで!」
俺はそう言って自分の着ていたスタジャンを脱いだ。「俺がパチンコで登尾さんに奇襲をかけるから。」
「えっ…でも」
「野摺さんは、こちらで助けます。」宮川が言う。
「さっき橋本達に救助頼んだからな、次俺達の番。」
田口もそう答えると、窓から「鳥かご」の中へ戻って行く。「登尾さんが敵の頭なんだろ?だったら先にマークするべきは頭の方だ!そっちを倒せば、敵は倒れる!」
「くれぐれも気を付けてください。」宮川はそう言って俺の手をにぎり、そして狩谷さんの手もにぎった。「……大丈夫、こちらは任せてください。」
そう言って素早く窓から下りた。狩谷さんはそれをしばらく見つめていた。まだ、ふんぎりがつかない。当然だ、木菟の人間と一対一で戦っている野摺さんが心配だし、そこに加勢する、鷹野家でも何でもない友達二人も心配だ。
「大丈夫。」
俺はそう言う事しか出来ない。全く根拠もない。それでも、今までここまで食らいついて来た。「行こう!俺達が止めないと、無駄になる。」
「……ハシビロ君そこに座って。」
言われた通り、俺は屋根のふちに座り、狩谷さんが足でその肩を掴んだ。俺は足と自分の肩をスタジャンで括りつける。手にはパチンコをスタンバイ。
「……行くよ!」
体が前に倒れ、がくっと落ち、浮上。顔に当たる風がすぐに強くなった。前空を一緒に飛んだ時より、加速度が上がっている。練習の成果だ。
深呼吸だ。狙いを外してはいけない。徐々に屋上が近づいて来た。人影がくっきりしてくる。一人は忠道さん、一人は登尾さんだ。登尾さんの手がしなると、忠道さんが飛びのく。忠道さんが間合いを詰めようと走ると、登尾さんの手が再び動く。
「!狩谷さんしっかりして。」
「ふえっ!?」
「ブレてる、体。落ち着いて、難しいかもだけど。」
父親が、父親を殺そうとしている人と戦っているのだ、落ち着くはずもない。そうした心情が飛んでいる姿勢に如実に表れる。でも、それで墜落しては意味が無い。
「絶対、登尾さんの頭に命中させるから。」
「……。」
「ただ、見つかったら撃墜される。死角…登尾さんの背中側へ回り込もう、気づかれる前に、一気に。」
「分かった。」狩谷さんの声は力強かった。「速度上げるからね!」
体がぐわあん、と揺れた。パチンコを持つ手が揺れる。俺の方こそ、落ち着かなくては。狩谷さんが『鳥のかご』からこちらを把握できたのだ。つまり、登尾さんの目が補足できるエリアに俺達はいる。今は目の前の忠道さんの方を見ていて、こちらを振り向く気配はない。狩谷さんは高度を上げながら、登尾さんのほぼ真上に位置付ける。ギリギリ、パチンコが届く範囲だ。俺はスタジャンをぎゅっと引っ張り直し、パチンコを構えた。狙いを定め、ギリギリっとゴムを引っ張る。相手は背中を向けている。その頭に、向けて。
バチィン!
ゴムが俺の手を離れ、弾が飛んでいき、目で見えないほどの豆粒になっていく。と、同時に
「揺れるよハシビロ君!」
狩谷さんがそう言うが早いか大きく体が左に振れた。ズボンのすそを苦無がかすめていく。こんな高度まで投げつけてくるって、怖い通り越して腹立ってくる!
「とっ、っとお!」
狩谷さんが右に左にと飛ぶ。俺は体を振り子のように揺られながら、二発目を構えた。登尾さんは忠道さんの攻撃をかわしながら、徐々に屋上のへりに向かっている。…飛んでこっちに来る気だ!パチンコを続けて放つが、当たっている気配がない。もうすぐ弾切れ。どうする…?そうしている間も相手の猛攻をよけるせいで狩谷さんの飛び方は安定しない。俺の体はどんどん揺れてブランコで立ちこぎしたみたいに、前後に九十度以上振れている。
「……狩谷さん、俺をもっと揺らして!」
「えっ!?」
「いいから!それで、登尾さんの斜め上に陣取って!」
おそらく何を言っているんだと思われているだろうが、狩谷さんは進路を取り直し、出来るだけ登尾さんの上に陣取りながら敵の攻撃を避ける。俺の体はその間にも振れていく。体の遠心力を確認しながら、俺はスタジャンをにぎった。
「ストップ!」
「うえっ!?」
びっくりして止まる狩谷さん。と、俺は同時に、スタジャンの結びを解いた。体がぶおーんっと前に放り出される。
「ハシビロ君!?」
俺は両手両足をめいっぱい広げ、頭を下にする。体の落下速度が増す。―初めて狩谷さんに空へ連れ去られた時より、風景が近づくのが速い。登尾さんが左手に苦無を構えたまま、ぎょっとした顔で俺を見ているのが見えた。
「でええええええええええええええええええええええええええっ!」
そして、俺はその上に覆いかぶさるように落っこちた。登尾さんがクッションにこそなったものの、全身を激しく打った。痛い!だが、うめいている暇はない!
「とうっ!」
登尾さんの顔面に、最後のこやしつぶてを押し当てた。
「………!!!!??????@@@@~~~っっ!!!!!!」
声にならない苦悶の声を上げる登尾さん。そこへぬらっと影が現れ、登尾さんの頭を思いっきりビンタした。
「おじさん……!」狩谷さんだった。「絶対に、許さないからね!!!!」
そうして、あろうことか口の中にこやしつぶてをぶっこんだ。登尾さんは、今度こそ声も上げずに失神した。
「……。」
鼻で荒く息をしながらそれを見下ろす狩谷さん。不意に俺を見た。ざっ、と髪の毛がまっすぐになるほど素早くしゃがみ、俺を見た。
「………。」
「えと、狩谷さん…?」
「馬鹿ッ!」
猛烈な往復ビンタを食らった。俺は声も上げられず後ろに倒れ―そうになるのを狩谷さんが受け止め、今度はそのまま肩に頭突きをくらった。
「ヴっ。」
「なんであんな無茶したの!死んじゃうかと思ったじゃんか!」
「……と、登尾さん止めないと、狩谷さんが落ちちゃうって…。」
「それで、ハシビロ君が死んじゃっだらだめじゃんかあああああっ!」
狩谷さんの声が、肩が震えだす。俺にこぶしを打ち付けながらむせび泣く。
「ごめん……。」
思えば、成功率の低い、非効率でちっともエコじゃない方法だった。ハシビロコウらしくない、無茶苦茶な方法。最大の問題点は、狩谷さんを泣かせてしまう事。
「馬鹿!馬鹿!ばかぁああああ……。」
「……。」
馬鹿、という言葉の輪郭がぼけていく。打ち付けるこぶしの力は弱く、回数が減っていく。こぶしがほどけ、俺の肩をつかむ。顔をぴったり俺の胸にくっつけて、むせび泣きが号泣に変わっていく。
「ごめん。ありがとう…。」
泣く狩谷さんの背中を、俺はそっと撫でながらつぶやいた。
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