第27話 地下迷宮と暗号

 狩谷さんはお父さんに電話をかけたが、繋がらない。この文化祭の雑踏に、通知音など掻き消えているだろう。かといってやみくもに探しても時間がかかる。

「…ピロティに先生っぽい人いる?」

 先ほどの偽ラインが上手くいっていれば、田口を狙う隈家はここに来ずにコンビニに行っているはずなのだが。

「……大丈夫みたい。」

「分かった。じゃあピロティから出て、体育館近くの駐輪場へ行くよ。」

「どうして?」

「マンホールに潜って、とりあえずその服何とかしよう。」

 狩谷さんのお化け衣装を指さしながら俺は言う。既に正体がバレているなら、この服に固執する必要は無い。むしろ武器を入れるポケットもないし、白地に赤い血のりは悪目立ちする衣装だ。

「分かった。」

 狩谷さんが頷いた。手をつなぎ、人混みをかき分けて疾走する。体育館周辺は主に運動部の食品ブースが並び、まだまだ多くのお客さんでにぎわっている。身動きが取れなくなりそうになりつつ、何とか駐輪場へ来た。ただ、ここは人がまばらなうえ、運動場が近い。素早くマンホールのふたを開け、先に狩谷さんを入らせた後、俺も潜って蓋を閉じる。

「でも、ここでどうやって―」

「二十面相に教わったんだ。」

 俺はそう言ってスマホのライトを使って迷いなく進む。十分ほどして、別のマンホールに続くはしごが見えてきた。そこには、周りの風景に溶け込むグレーのずだ袋。

「はい、これ上から着て。こっちは俺が着るから。」

 江戸川乱歩が生んだ名探偵明智小五郎のライバル、怪人二十面相。変装の名人で神出鬼没の彼(で、いいのかな?)が使ったのが、マンホール。逃げ道として使う際、ここに変装道具を隠しておき、いざという時にはそれに着替えて別のマンホールから何食わぬ顔で出てくるのだ。俺達もそれに倣い、秘密道具をいくつも地下に隠しておいた。中には変装用の服、予備のパチンコと弾。救急道具に充電バッテリーに懐中電灯、非常食。

「着替えたよー!」

 狩谷さんの返事に振り返ると、だぶっとしたパーカーに足首まであるスカートをはいた狩谷さんがいた。パーカーについたフードを被って、さらに小さな顔にそぐわない太い黒縁メガネをかけているから、ぱっと見誰か分からない。俺は俺で、キャップにスタジャン、ちょっとすそを引きずるほどのジャージを着て、グラサンまでかけてる。レンズの色が薄めだから、暗いこの地下でも何とか目が効く。

「おお、ハシビロ君誰か分かんない。」

「我ながら、話しかけづらい雰囲気の格好だなとは思うよ。」

 今の自分を想像するのは恥ずかしいので、俺は頭を切り替える。「じゃ、学校に戻ろう。そうだな、今度は北玄関のマンホールから出るよ。」

「教室棟の裏にあるとこね。分かった。」

 マンホールの下は迷宮の様だ。電気を通すケーブルと思しき管が壁をはいずり回り、俺達が走る通路の脇を水が激しく流れる。下水で無いのが幸い。俺は狩谷さんの手を引っ張り、スタミナ切れにならないよう小走りで目的地を目指す。

「空を飛んだことはたくさんあるけど、地下潜ったの初めてだー。」と狩谷さん。「しかもマンホールの下!わくわくするー!」

「一応、逃避行中だからね?」そう言いつつも、声のトーンが上がってしまうのを抑えられない。我ながらちょっと危機感なさすぎだ。命の危機が迫りすぎて、振り切れちゃったのかもしれない。あるいは逆に、狩谷さんがいるから振り切って発狂すること無く、心に余裕が持てているのかもしれない。

「というか…お化け屋敷は駄目だけどここは大丈夫なんだ?」

「大丈夫!暗いだけでおばけ出ないし…出ないよね?」

 それは分からない、と言いかけたが、それで歩みが止まってはまずいので出ないよと答えておいた。

「よし、ここを曲がったら、あとは真っ直ぐだ。」

「……待ってハシビロ君!」

 急に狩谷さんが止まり、そして目を閉じた。そのまま右を向いたり、少し左に傾けたり。

「……田口君!」

「え?!」

「田口君が、追われてる!この先!」

 全身からどっと汗が出た。田口がまだ地下にいて、しかも追われてる?

「どっち!?」

「あっちの方!反響するから距離がちょっと分かんないけど!」

 狩谷さんが指さした方を見て、俺は地図を確認。おかしい、「鳥かご」近くのマンホールからはかなり離れているはずだ。それに、宮川は一緒じゃないのか?

「いや、とにかく案内して!」

「分かった!」

 俺達は全力で走り出した。どれほど行けども変わり映えのしない風景に、焦りが募る。ちゃんと田口に近づいているのだろうか?無事だろうか?

「!見えた!」

 はるか向こうに、小さな白い光がスイングしているのが見える。その後ろから一回り大きな光がいくつも追いかけてくる。

「ハシビロ君ブザー!」

「ハイっ!」

 良く分からないまま返事をして狩谷さんに防犯ブザーを渡すと、狩谷さんはピンを引き抜いた。

ビいーーーーーーーーーーーーーー!

 そしてそれを、光の方へ向かって放り投げる。けたたましい音が反響してさらにやかましい。大きい方の光は乱れ、小さな光の方は一瞬止まっただけでこっちに近づいてくる。

「!田口、大丈夫か!」

「橋本っ!?なんでここ…。」

 そう言いながら、スマホの小さなライト片手に走ってきた田口が俺達の傍に倒れ込む。汗ぐっしょりだ。かなり長い時間逃げ回っていたのだろう。

「これ飲め!」俺は持って来た水を飲ませた。

「ハシビロ君手伝って。」狩谷さんがそう言って、二つ目のブザーを鳴らし始める。

ブーーーーーっ!ブーーーーーーッ!

 さらにやかましい音が響いて、大きなライトがさらに乱れた。それは隈家が額に付けたライトだった。反響した二つのブザー音に苦しむ彼らを見ながら、こやしつぶての外皮―つまりこやしの部分―を細かくちぎる構える狩谷さん。俺もそれを見て、自分のを準備した。

「ここで全員とっちめる!」

 そう言って相手の鼻と言う鼻にこやしを押し込む。阿鼻叫喚、阿鼻叫喚、阿鼻叫喚!

「せいっ!」

 起き上がりそうな敵にはパチンコで頭につぶてをぶつける。撃っておいてなんだけどちょっと吐きそうだ。隣りで狩谷さんは次々と相手の鼻や口(!)につぶてを押し込む、ぶつける。目にすりこまれた隈家もいた。悲鳴と断末魔がこだましていたが、ほどなくそれも止み、ついに誰一人声を上げなくなった。気絶したのだ。

「今更だけど、すげえもんを作っちまった……。」田口が引きつった顔をして言う。

「怪我無い!?田口君。」

「おう。俺はいいんだ、問題は宮川だ。」少し元気を取り戻したらしい田口が立ち上がる。

「なあ、『鳥かご』に二人で行ったんじゃないのか。」

「どうも地下はいる時に付けられたみたいなんだ。だから、俺は合流せずに出来るだけ学校から遠い所に―」

 田口は悔しそうに言う。「連絡したかったけど、余裕なくて…。地下だからスマホ動かねーし。」

「志保ちゃん…地下かな、それとも『鳥かご』?」

「分からない。でも、地下伝いに『鳥かご』に行こう。」俺は言った。「つぶても消費したし、武器を補給しながら学校に戻るんだ。それでもし足音がしたら、また狩谷さん教えて。」

 ついでに、倒した隈家の武器も全部取り上げて横の水路に流しておいた。俺が人数を数えると、十八人。屋外に配置されていたのは十五人だ。そこにピロティに行くはずだった二人を足しても、数が合わない。他の所から応援を呼んだのだろうか。

「…いや、急ごう!」

 地図を片手に三人で走りだす。途中にあったずだ袋の変装服で、田口も変装してもらい、武器も補充。非常食のカロリーメイトをかじりながら、「鳥かご」近くのマンホールを目指す。時々足を止め、狩谷さんに周辺の音を探ってもらうが、誰かが来ることはついになかった。

「ここだ!上がるぞ。」

 田口がはしごに足をかけ、まず蓋をセンチ上げて周囲を確認。もう五センチ蓋を上げて上空も確認。俺達に向かって指で丸を作った。まず田口が外に出て、狩谷さんを引き上げ、最後に俺が出た。

「宮川は?」

「見当たらねえ。」田口が答えた。「『鳥かご』の中かも。」

 すぐに俺達は演劇部の部室までダッシュ。ところが、部室には鍵がかかっていた。演劇部の公演は明日なので、今日は開いていないが、部長である宮川は鍵を持っている。だから、何かあったらここに逃げ込み、籠城するというわけだ。武器や食料も既に持ち込んである。

「つまり、まだここには来てねえのか…。」田口が不安そうな声を出したところで、いきなり狩谷さんが窓にかけよった。

「狩谷さん?」

「隈家!志保ちゃんが!」

 俺達も窓の外を見た。宮川が教室棟方面から「鳥かご」に向かって走ってきている。その後ろから、上から隈家が追いかけてきている。かなり多い。

「宮川!」田口が叫ぶ。しかし、今からここを駆け下りたって間に合わない。さりとて、『鳥かご』の窓は小さいので、狩谷さんが空を飛んで駆け付ける事も出来ない。

「パチンコで!」

 狩谷さんがパチンコを窓から出して発射する。だが、敵の数が多すぎる。逐一狙って撃っていては間に合わない。もっと、一度に沢山倒さないと……。俺は周りを見回した。ハザードマップが目に入った。マップに示された、赤丸。

「―田口、手伝え!」

「うえっ!?」

 俺は返事も聞かずに、二階に駆け下り、そこにあった真っ赤なボタンを力いっぱい押した。

ジリリリリリリリリりりりりりいいいいいい!

 金属質でちょっと古臭いサイレン音。外にいた隈家がぎょっとするほどの大音量。田口は全てを理解してくれた。ボタンのすぐ下にある真っ赤な扉を開き、中身―大きくて太い金属製の管と、これまた太い布製の管を取り出して俺に渡す。布と言っても、安全ベルトみたいに固くて丈夫な白い布だ。俺はそれを持って階段をかけ上がりながら、金属の管を布の管に装着した。

「―よし、準備完了だ田口!」

「オッケー!」

 俺は金属の管―すなわち消火ホースの先を窓から出し、隈家に向けた。「放水開始!」

ぶしゃあああああああああああああ!

 三階の窓から発射された水が、下にいる隈家を次々と撃ち落とす。バルブを全開にして、上方向に二メートルまで届くほど水を噴き上げるほどの圧倒的水圧のあるそれを、下にいる人に向かって撃つ(?)んだから、いくら屈強な男性であっても耐えられない。そして、鷹野一族の羽は水に弱い。水圧に耐えられずよろける者、濡れた羽になすすべなく落ちる者。半数以上が撃墜した。しかし、それでも建物に侵入してくる者がいる。

「田口君上がって来て!」

 狩谷さんがパチンコを構えながら階段にスタンバイ。田口が上がってきた後ろから宮川、そして隈家。狩谷さんが三発同時に弾を撃つ。「熟成された香り」と断末魔の叫びが広がる。外の敵があらかた片付いた俺は、階段を上って来た相手にも放水。水圧で吹っ飛んだり、濡れた階段に足を滑らせたりして、全ての隈家が伸びた。

「……よし、もういないな。」

「うん、足音しない。」

 狩谷さんも頷いたので、俺は言ったん放水を止め、気絶している隈家たちに近づいた。ズボンをめくると、やはり苦無を巻き付けてある。狩谷さんが手際よく抜き、そのままポケットにしまった。

「たす、かった……。」

「!宮川、しっかりしろ!」

 田口がへたり込んだ宮川を支える。満身創痍、という言葉がぴったりだ。

「田口君、無事で、良かったです。」宮川は息も絶え絶えになりながらもほほ笑んだ。「合流場所にいないので、心配で……。」

「悪い。後をつけられちゃったんだ。それで、学校から離れて……。そしたら、橋本達に会って、助けてもらって。」

「志保ちゃあん…。」

 狩谷さんが涙をぶわあっと噴き出して抱きつく。宮川も涙を浮かべながら背中を撫でた。

「無事でよかったです…。電話で分かってはいても、やはり会わないと心配で……。」

「うう、怪我無い?」

「はい。」宮川が頷いた。「マンホールから出てきた直後は良かったのですが、特別棟の方にいた分家さん達に負けた隈家の残党に見つかりまして。」

「特別棟…。」

 つまり、部長が差し向けた人達か。残党であれだけの数が居るなんて。

「……待てよ。」

「橋本?」

 おかしい。何かひっかかった。小さな違和感が、俺の中で波紋のように広がっていく。

「!ハシビロ君、人がいっぱい来る。」

「えっ隈家?」

「違う。普通の人。」

 そうか、非常ベルを発動させてしまったから、先生たちが来るかもしれない。隈家の処理はお任せして、俺達はトンズラしよう。

「と、トンズラしちゃうの?」

「職員に変装した奴がいるって部長もいってたろ。」

 だがここは三階。下から来る先生を撒こうにも降りられない。

「部室に入ってください。」宮川がさっと鍵を開けた。でも、ここのドアはガラスだから中は丸見えなんじゃ?

「大丈夫。いい隠れ場所があります。…狩谷さん、皆を照明室へ。」

 言われるがまま、俺達は部室の中へ。宮川は一人外に出て先生に一芝居うつという。

「狩谷さん、照明室って……。」

「多分、ここの事だと思う。」

 ステージの脇、役者が待機するスペースの一角に、狭くて急な階段。上っていくと、俺の頭より二回りも大きいライトがいくつも並んでいた。

「これ、客席から見えてたライト。ほら、ステージの両脇にあったでしょ。」

「あ、ホントだ。」

 照明の隙間から、客席がうんと下に見える。体感的には二・五階ぐらいの高さ。足場が狭いからちょっと怖い。

「ここからなら、宮川が入って来た時分かるな。」田口が身をぐっと乗り出す。見ているこっちがひやひやした。

 ほどなくして、宮川が戻ってきたので、俺達は一旦照明室から戻る。

「不審者に襲われたので、消火栓で追い払いました、って言ったわ。」

「うそは言ってないな、確かに。」俺は苦笑いした。宮川渾身の涙の演技が同情を誘ったようで、先生たちが不審者を全て『鳥かご』の外につまみ出してくれた。そのうちの一人は野摺さんの仲間だったようで、隈家の処理を頼むことが出来た。

「ホント、隈家って手段選ばねーな。」田口の憤った声。「前襲われた時もさ、とにかく俺達四人に向かって苦無投げてきたじゃん。手数で勝負って感じで!」

「……四人に向かって?」

 俺の中の波紋が、一気に渦になって押し寄せる。

「ハシビロ君?」

「…ごめん狩谷さん。さっき野摺さんに言われたメッセージ見せて!」

「えっ。お父さんに送ったやつ?」

 戸惑いながらも俺にラインの画面を見せる。「敵は仏法僧を着たスカベンジャーだ」の文字。

「…そうか、スカベンジャーか。」

「橋本?なんだ?すられんじゃー?」

 汗がどっと吹き出してきた。心臓の音が早くなる。

「…狩谷さん、すぐにお父さんを探そう。相手は隈家だけじゃなかった。」

「え?!」狩谷さんだけじゃなく、田口も宮川も俺を振り返った。

「どゆことだよ橋本!?」

「狩谷さんを狙う勢力は二つあったんだ。」声が震えるのが自分でも分かった。「隈家ともう一つ。しかも、俺達の味方の中にいたんだ。」

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