七夕のメッセージ

くるくま

2020年7月7日20:35

 みれいさん、お久しぶりです。今日は七夕ですね。今年は織姫と彦星は会えるでしょうか。僕は二人が会えるように祈っています。

さて、クラウドの資料の件ですが……


「うーん…」

スマホを片手にひとりつぶやく。サークルの先輩に送るメッセージの文面を考え始めてもう1時間になる。本題はただの事務的な連絡である。昨夜みれいさんから全部員に送られた、クラウド上に保管してある資料について本当にすべてが必要なものかどうか、一部削除や圧縮を考えているが残しておきたいものはないかという提案への返事である。

しかし、ただの事務連絡と言っても適当に書いた文章を送るわけにはいかない。なにか思いのこもった文章を送りたい。なぜなら、僕はみれいさんに絶賛片思い中だからだ。


このサークルで先輩からの提案に対して意見を求められることは少なくないし、上下に関係なく話し合って物事を決める文化があるから部員間のやり取りはほかのサークルに比べても多い方だと思う。しかし、普段から物静かで、裏方に徹することが多いみれいさんが何かを提案することは珍しい。大学が立ち入り禁止になってサークルの活動がほとんど行えていない今、この機会を逃したらみれいさんに連絡する機会はもうやってこないかもしれない。そう考えると、ついついオンライン授業の課題があるのも忘れて文案づくりに夢中になってしまった。




どうして普通にサークルが活動できていたころにもっと声をかけておかなかったのだろう。いまさら後悔してももう取り返しはつかないのだが、活動ができなくなってからはずっとこのことばかり考えている。

もともと引っ込み思案で女の人に話しかけることなんて慣れていない。これまで19年間真面目に生き、勉強にも精一杯取り組んできたてきたつもりなのだがだれも女の人を口説く方法など教えてくれなかった。文芸系のサークルということで女子の比率が高いのだが、2年生になった今でも女の子への苦手意識は抜けない。

それに、言い訳をすればみれいさんのことが気になり始めたのはつい最近のことなのだ。まだ半年もたっていない。あれはまだ飲み会ができる雰囲気が残っていた、2月中旬のことだった。そのとき僕は1年生の終わり掛けで、みれいさんもまだ2年生だった。新入生歓迎会の時期にサークルで発行する文集の打ち合わせのあと、流れで飲み会に行くことになった。普段はにぎやかな3年生がみな就活で忙しく、飲み会に来たのは1年と2年の合わせて5人だけだった。その席で、いつもは端っこで静かに日本酒を飲みながら周りの人の話を聞いているみれいさんが珍しく自分のことを話した。酔って目をとろんとさせ、すこし舌足らず気味にみれいさんが話す姿は、ちょうど席が隣りだったこともあって深く印象に残っている。そう、あのとろんとした目が僕の目と一瞬合った時、あの時僕は恋に落ちたのだ。


みれいさんはそのときサークルの活動の中でも特に新歓の文集の制作が気に入っていると話していた。正直なところ、この文集も含めて僕は新歓関係の活動にはあまりやる気が出ずにいたのだが、みれいさんの思いを聞いてからはとてもやる気が出てきて、全身全霊を傾けて自分に振り分けられた作業に取り組んだ。しかし、それから1ヶ月もしないうちにサークルの活動ができなくなり、新歓活動もあっさり中止になった。


それからもう3ヶ月、ずっとみれいさんに会えていない。はじめは学生会館の閉鎖は2週間だけということだったので2週間会えなくなるのか、少し寂しいなとただ思っていたのだが、閉鎖期間がずるずると伸びるにつれていったいいつになったらまたサークル活動ができるのだろう、またみれいさんに会うことができるのだろうという不安にさいなまれるようになっていった。サークル全体でのやり取りは何回かあったが、みれいさんが発言することはなく、今どのように過ごしているのか、そもそもこの状況の中で健やかに過ごせているのかまったくわからない。もうみれいさんには会えないのかもしれない、ふと頭をよぎったそんな考えに胸がつぶれそうなほど苦しんでいた時、みれいさんから全体に連絡があった。


もともと資料については考えていることがあった。考えを全体に送ることもできるが、個人的に連絡してくれても構わないということだったのでみれいさんだけにメッセージを送ることにした。


さて、どうするか。七夕のくだりはとても気に入っている。この暗い状況の中で、かすかに光っているひとかけらの希望を表すのにぴったりの表現だと思う。みれいさんなら、この言葉の意図に気付いてくれるかもしれない。しかし、それはそれで恥ずかしい。いきなり後輩にそんなことを言われても、戸惑うだけだろう。そう考えながらこの部分を書いては消し、書いては消ししていた。しかし、もう時間がない。このままうだうだ考えていては日付が変わってしまう。一日遅れで今日は七夕ですねと言われても言われた人は気味が悪いだろう。それでも、すこしでもいいから会いたいという気持ちを込めたい。


結局、今日は七夕ですねという文章だけを残して送信ボタンを押した。



みれいさん、お久しぶりです。今日は七夕ですね。

さて、クラウドの資料の件ですが……

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