戦士と狐耳奴隷の幸せ


 カエデとの間に二人目の娘が生まれた。


 エルと名付けたこの子は、クララと違いやんちゃでとにかく落ち着きがない。

 野菜、特にニンジンとピーマンが大嫌いらしく、食事の際はオレンジと緑の塊を皿の隅に移動させ、肉を出せとテーブルを叩いて催促する。

 エイバン家二十三番目の子供とあって兄や姉から甘やかされて大きくなった影響だろうか。それとも俺がことある度に母親達の目を盗んで美味いものを買い与えていたことが原因か。あー、うん。両方だな。


 エルの一つ下にはフラウとの間にできた息子がいる。名前はフェネス。

 フラウには他に二人の娘がいるのだが、そっちは母親に似て声が大きくよく喋り常になにかしら面白いものを探して屋敷や庭を飛び回っている。反対にフェネスは大人しくあまり活動的ではない。エルとは気が合うのは常に共に行動し、頭の上に張り付いて行動している光景を多々目撃する。


「ただいま。今回は割と良い物が手に入ったよ」


 屋敷に戻って早々に俺は遺物が入った袋をカエデに渡す。 


 南方大陸の調査を開始してすでに数年、団の規模も拠点もさらに拡大し、俺がいなくとも安定して遺物収集が行えている。すでに書類に印さえ押していれば寝ていても豊かな生活を送ることができる状態だ。ただ、その書類が大嫌いなのであえて最前線へと飛び込んでいる。


「いつも通り隠し金庫に入れておきますね。食事はいかがなさいますか?」

「食べるよ。朝から何も食べてなくてさ」

「それは大変。すぐに用意していただきますね」

「ありがとう。けど、凝ったものじゃなくていいからさ」


 二人で会話をしながら廊下を歩く。

 すれ違うのは家族の他に使用人やゴーレムだ。


 空へと旅立ったご先祖達は旧型の彼らを全て置いて行ってしまった。


 超高性能な新型が開発されたとかなんとかで旅路には同行できなかったのだ。

 古都にそのままってのも可哀想なのでまとめてウチで引き取った形となる。今では子供のお守り役などやってくれているので正直拝んでも良いくらいありがたーい存在になっている。


 ちなみにネーゼばあちゃんは最新式の話を聞いてしばらく寝込んだ。あれだけ超高性能と自慢していただけに旧型にランク落ちしたのはそうとう堪えたようだ。


「だからそろそろ帰ってよ。おじいちゃんには大事な仕事があるでしょ」

「いやじゃ! わしはここに住むんじゃ! シェリスちゃんもそう思うじゃろ!?」

「ひいおじいちゃんもう帰っちゃうの?」

「ほれ! シェリスちゃんもこう言っておるぞ!」

「おじいちゃん!!」


 ピオーネとムゲンのじいさんが揉めていた。

 二人の間には娘のシェリスが、じいさんから貰ったのであろうぬいぐるみを両手で抱え不思議そうに眺めていた。


 また来てるのかよ。シェリスが生まれてから週一で顔を出しているようだがよく続くものだ。魔族領で英雄と称えられている重鎮なだけにいつだって仕事は山積みのはずだが。


 無視することもできず声をかけることにした。


「また土産をどっさり持ってきたのか」

「トール! 帰ってきたの!?」

「おお、トール君じゃないか。良いところに来てくれた」


 うわっ、何度聞いても鳥肌が立つ。子供が生まれてから”君”を付けて俺を呼ぶようになったのだ。

孫がなかなか曾孫に会わせてくれないもんだから、旦那を味方につけようって方針に切り替えたらしい。


「パパ!」

「ただいま」


 駆け寄ってきたシェリスを抱き上げ数日ぶりの再会を喜び合う。


 シェリスは愛らしい容姿に加え、ピオーネとよく似た角を頭部に生やしている可愛い我が娘だ。性格も少しぼんやりしているところはあるものの素直で甘え上手な良い子だ。


「わしはシェリスちゃんに会いたい一心で仕事を片付け、老体に鞭打って長い長い旅を経てやっとの思いでここまできたんじゃ。それをこのピオーネは無情にも足蹴をするように追い出そうとする。こんな非道が許されていいのか。否、許されるべきではない」

「なにが長旅だよ。魔族領から飛空艇で楽々飛んできただけじゃないか。知ってるんだよ。転移陣でショートカットして大幅に時間短縮してるの」

「ぬぐぐ、なぜそれを」


 孫娘の改心の一撃にじいさんは思わずひるんでしまう。


 話を聞いてなるほどと納得した。じいさんは飛空艇で転移陣のある場所まで飛び、転移した後、飛空艇のある最寄りの街に行くことで到着予定時刻を大幅に早めていたのだ。飛空艇と転移陣の合わせ技とは。面白い使い方をする。


 カエデも同じことを思ったのか感心しているようであった。


「南方大陸とこの島との間に転移陣があればもっと行き来が簡単になりますね。もっと言えば直接行き来できる転移陣とかあれば」

「ネーゼばあちゃんなら知識も技術もあると思うけど、直接つなぐのには反対かな。もし南方大陸側の出口を奪われるようなことになれば、島の安全が激しく脅かされることになる。造るにしてもしばらくは様子見だな」


 転移陣は諸刃の剣だ。使えば便利だが同時に大きな危険をはらむ代物でもある。向こう側から想定外の悪意がやってこないとも限らない。


「いい加減にしないと陛下に陳情するから」

「ま、待て。陛下はずるいぞ。逆らえんではないか」

「もう帰って。おじいちゃんがべたべたに甘やかすから、最近この子『ムゲンおじいちゃんはしてくれたよ?』って屁理屈を言うようになってきたの。毎回説得するの大変なんだから」

「嫌じゃ。わしは帰らんぞ」


 ピオーネに背中を押されながらじいさんは帰らないと訴え続けていた。


 うーん、あれだと今回も縄で縛って飛空艇で魔族領に送ることになりそうだな。

 魔族側からは暴れるから送ってこないでほしいとお願いされてはいるのだが。曾孫と別れた後のじいさんってすこぶる機嫌悪いからなぁ。


「パパはまたお仕事?」

「もう終わったよ。これからは皆とゆっくりする時間だ」

「じゃあ後で遊んでね。お部屋で待ってるから」


 シェリスを下ろすと、彼女は去り際にほっぺにキスして走って行った。

 娘の愛らしさには敵わないな。どんな我が儘だって聞いてやりたくなる。おかげで疲れも一瞬で吹き飛んだよ。


「・・・・・・・・・・・・」


 視線を感じ振り返る。

 ドアが僅かに開いており隙間からじっとこちらを見つめる目があった。


「エル。おいで」

「おとしゃま!」


 ドアを開けて出てきたのはまだまだ幼く小さい娘だ。

 くりっとした大きな目に目を引く白と黒の混じった髪の毛。頭部には小さな狐耳がぴこぴこ動いていた。


 びたん、と床へ顔面から転ぶ。

 お、おい、大丈夫か?


「えへへ」

「泣かないなんて偉いですね。お父様に褒めていただきましょうね」


 鼻を赤くし涙目で笑顔を作るエルは、再び立ち上がって俺の脚にしがみついた。

 俺は身をかがめて彼女を抱き上げる。


「頑張ったな。そういえばフェネスはどうした? 今日は一緒じゃないのか?」

「ぱんたと、ねてる」


 パン太と一緒に寝てるのか。


 エルは甘えるようにさらさらの頭を俺に擦り付けてくる。

 抱える腕にはふわふわの小さな尻尾が当たっていた。


「じゃあ食事をしながら冒険のお話をしようか」

「きょうは、おかあしゃまとあったときのはなし、ききたい」

「ちょっと長くなるぞ」

「ふふ、では私もお話ししないといけませんね」


 そう、これは絶望した戦士が死にかけていた奴隷に救われる話――。


 【了】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

経験値貯蓄でのんびり傷心旅行 ~勇者と恋人に追放された戦士の無自覚ざまぁ~ 徳川レモン @karaageremonn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ