5、ひなたの場合
自警団を振り切ったそらたちは、隣町で一度、休憩を挟み、高速道路の高架へ上った。休憩の時、ちあやがバイクのメンテナンスも行ったため、運転手を交替し、今はあいと、あすかがそれぞれのバイクを運転している。
山と山を結ぶように、谷間に架けられた高架橋の道路は、ゆるいカーブを描きながら、谷あいの街の上を、東に伸びていく。
道路上には、打ち捨てられた車があり、ちらほらと中で生活している人の姿も見えた。彼らは、聞き慣れないバイクのエンジン音に身体を起こし、そらたちを無感情な目で見つめた。
「ちょっと不気味」
ドラム缶に焚かれた火に集まって談笑していた、幾人かの住人が、会話をやめて、そらたちにじっと注目する。
「なるべく、止まらないようにしよう」
四人を乗せたバイクは、ひび割れたアスファルトの道を走っていく。
短いトンネルを三つほど抜けると、道路の左わきに看板が見えた。
「サービスエリアまで、あと七キロだって」
「寄らないからね」
というそらと、あすかの問答に笑みをこぼし、ちあやが空を見上げる。
「空が明るくなってきたね」
月が西へ後退し、開けた空の色が、深い青から白っぽいオレンジ色に変わっていた。
だが、光の形はまだ表れていない。ただ、明るさが光の先触れのように空に浮かんでいる。
サービスエリアが近付いてくると、道端の車が増えてきた。人の顔色も、心持ち、先ほどより明るい。
「人が集まってるみたいだね」
辺りを見回し、そらが言う。
「サービスエリアに何かあるのかもしれないね」
とちあや。
「人が多い分、トラブルも多いってことでしょう」
「あいは、またそういうことを言う」
と否定的なあいの言葉を、あすかがたしなめた。
少し進むと、四人は、目の前に飛び出してきた二人の男に、止められた。
彼らは四人をじろじろと眺め、
「ガソリンエンジンなんて珍しい」
「まだ走るんだな」
と聞こえるか、聞こえないか、という声で呟いた。
「あなたたち、誰?」
冷たい目で男を見据え、あいが挑発的な声を出す。
あいの冷淡な態度に、男たちも態度を硬化させ、睨み付けるようにあいを見る。
「お前たちこそ、誰だよ。どこから来た」
「そんなこと、どうしてあなたたちに教えなきゃいけない訳?」
わー、わー、と慌てふためいたあすかが、あいを止めに入る。
「は? 何?」
あいは、ついにあすかにまで喧嘩腰で向かい合う。
「お前ら、仲間割れするのも勝手だが、とにかく、どこから来たのか、言え。何が目的だ」
と、あいと男たちが口論していると、男たちの背後で、一台の自転車がブレーキを鳴らして、停まった。
「何かトラブル?」
揺れたポニーテールが、男の背中を叩いた。気付いた彼は、はっとして、佇まいを直した。
「おー、動くんだ、これ。誰が直したの?」
「次から次に……誰?」
あい、とそらが静かに注意すると、彼女は眉を下げ、口をつぐんだ。
「私は如月。この先の集まりで、一応リーダーみたいなことしてる。で、君たち、名前を聞いてもいいかな?」
四人は顔を見合わせる。
「言わないのも自由だけど、君たち、ここを通って、どこかに行く途中でしょう。通さないってこともできるけど?」
仕方なく、彼女たちは名前を名乗った。そして、少し逡巡したのちに、太陽を見に行くという話を告げた。
「ふーん、そう。面白そうな旅をしてるね。で、これは少し話しにくいことなんだけど、これから先の道は、ちょっと通れないかな」
「……どういうこと?」
「そんな怒らなくたって……。べつに、通さないって話じゃなくてさ、サービスエリアの向こうにつり橋があるんだけど、それが二十五年前の砲撃戦で落っこちてね。道が途切れてるんだよ」
立ち話もあれだから、ちょっと付いてきてよ、と言い、如月は自転車の向きを変えた。
空は、淡いオレンジに染まっている。
「サービスエリアは、旧軍の中継地でね、この辺りの配給を担当してたんだ。私の父は脱走兵で、旧軍が逃げ出した後、まともな退却もできず、置いていかれた物資の管理を始めたの。その縁で、私も一応リーダーってことになってる。SAに併設されたガソリンスタンドの貯蔵タンクが、いっぱいだったのも運が良かったね。食べるものには苦労せずに済んでる」
道中、如月は身の上話をとめどなく、話した。
北東の山を指差して、
「あれが戦争の名残。地形が、丸く抉れてるでしょ」
弾着の跡なのか、山の頂点が三日月形に削られ、周りと比べても、ひときわ高かったであろう峰は、抉られた部分だけ、空が広かった。
如月の指は、中空を経由して、西の尾根に立つ電波塔をなぞった。
「あの穴から、電波塔に光が差すんだ。朝の十五分くらいかな」
ここからだとひと山、ふた山、越える必要があるけど、と説明して、彼女は四人を見た。
「案内してあげようか?」
飛びつきかけたそらを制止して、ちあやが尋ねる。
「条件は?」
「君が、バイクを直した子?」
いや、誰だっていいんだけど、と呟いて、如月は続ける。
「直してほしいものがあるんだよね。ちなみに、電波塔までは農道や私道を通るから、私みたいに顔が利く人がいると、助かると思うんだ」
「それだけですか?」
「……疑ってるね。いいと思うよ、その警戒心。じゃあ、これは約束しよう。確約だ。君たちの荷物、バイクには手を出さない。結局、電波塔に行くには、置いていってもらうことになるし」
にっこりと笑った如月に、あいが口をはさむ。
「めちゃくちゃ優しいですね」
「あはは、この子、毒が強くない? 嫌いじゃないけど。で、どうする? 行くの?」
黙る四人。その中で、そらが一番に口を開いた。
「理由を聞いてもいいですか?」
「あー、理由? そうだなあ、君たちの旅はここで終わりじゃない気がするんだ。まだまだ続いていく予感っていうのかな、私の中の言葉でいうと、君たちに期待してるの。分かるかな、このワクワク感」
結局、そらたちは如月に案内人を依頼することにした。つり橋云々を嘘とすることもできたが、行って戻って、再び旅立つガソリンの余裕はなかった。
だが、そうと決まれば、出発は早かった。サービスエリアに着き、食事を済ませると、そらたちはすぐに建物を出た。
小暗い農道を通り、倒木を迂回した。一気に山の斜面を駆け上がる坂道を越えて、同じ山の影の、同様に急な下り坂を下りていく。かつては畑だったであろう、叢の獣道を掻き分け、道なき杉林を昇る。電波塔の管理道のアスファルトを踏んだ時、四人は、地面に身体を投げ出して、倒れ込んだ。
「いいね、ここで休憩にしよう」
と言う如月も、息が切れていた。
「どうせ、今、電波塔に昇っても、朝まで待たないといけないし」
あいがバックパックから水筒を取り出し、回し飲みをする。一巡すると、あいは水筒の口を固く締めた。そらが、不満を言うのを、帰りもあるから、とたしなめるのは、あすかだった。
「で、君たちさ、どうして太陽なんて見たいの? あんなの見たって楽しくないよ。街からも見えなかった?」
「実は……」
そらは口にしかけて、一度、止まった。三人の顔を見て、それから、再び話し始める。
「友だちとの約束なんです」
そらは、ひなたとの話を含めて、全てを如月に話した。
「そっか、友だちのメッセージがね」
銀のイルカを掲げて、如月は感慨深げに呟いた。ひとしきりキーホルダーを眺めると、彼女は、ありがとう、と言って、イルカをそらに返す。
「でも、そのひなたって子、とんでもないクズだね」
あははは、と如月は大口を開けて、笑った。あすかが、ちょっと、と顔をしかめる。
「すごい気遣い屋なんだろうけどさ、そんなの直接、言えって感じじゃない?」
あすかは、他の三人の顔を見て、口をつぐむ。そらも、あいも、ちあやも呆れた笑い顔で、如月の話に頷いていた。
「こんな苦労をかけてさせてさ、しょうもない話だったら、絶対ゆるさないね」
月の海に浮かんだ、青白い噴射光に手を振って、おーい、見えてるかー、と如月は叫んだ。
「で、そんな頑張ってる君たちに、ごほうびがあるんだが……」
彼女が、自分の荷物から取り出したのは、桃の缶詰だった。
「一緒にどう?」
一番に反応したのは、ちあやだった。
「そ、それ見せて」
身を乗り出して、如月の手から、缶詰を奪うと、抱えるようにそれを両手で包み込み、缶詰の表記をじっと見つめた。
「わ、私にも見せてください」
とあすかが続き、匂いがするはずもないのに、受け取った缶詰を鼻に寄せた。
「何、バカなことやってるの」
と注意するあいも、どこかそわそわしているように見えた。
「これ……こんな、いいんですか?」
「私も、いつ食べようか、悩んでたんだ。あそこじゃ全員に行き渡らないし」
「早く開けましょう」
あすかから缶詰を受け取ると、如月は器用に缶切りを使い、ふたを開けた。中のシロップが揺れて、こぼれ、甘ったるい香りを辺りに振りまく。
「うわ……」
手に付いたシロップを舐め、如月が声を漏らす。
「すごいよ、これ」
「誰からにする?」
じゃんけんしよう、とそらが言い、全員が即座に頷いた。
結局、あい、ちあや、あすか、そら、の順になり、その前に、持ち主である如月が、桃を一切れかじった。
じゅるり、と音を立て、如月はかぶりついた桃の汁を吸った。
「あ、甘ー!」
はぐ、と二口目に続き、缶詰を傾け、シロップを口に含む。
「……ん、くぅー」
食べきると、最後に特大の溜め息を吐いて、如月は宙を眺めた。
「も、もらってもいい、ですか?」
と思わず、あいまでが敬語になった。
「待って。もう少し余韻に浸っていたい」
その言葉に、全員が、ごくりとつばを飲み込んだ。
「そ、それじゃあ、いただきます」
ぱくり、とひかえめに一口食べたあいの顔がとろけ、子どもみたいな笑顔が浮かんだ。彼女は、無言のまま、二口、三口、と食べ進め、ついに一言も発さないまま、桃を食べきった。
「おいしい……」
ほら、シロップも、と如月に促されて、あいは缶詰に口を付ける。
「ん、少し鉄っぽいかな」
「次、私」
ちあやは缶詰を奪い取るようにして、あいから缶詰を受け取った。中から取り出した桃の半切れを、大口を開けて、ぐわぁっつ、と一口で食べた。
「んーーーーーー!!!!!!」
両手で口を抑えて、悲鳴をあげるちあや。ばたばたと足を動かし、騒々しいことこの上ない。
そんなちあやの影で、あすかが小さく、桃をかじる。すぐに二口目に移り、はぐ、はぐ、と休みなく、食べきってしまった。
そこに獣のように目を光らせたちあやが飛びついて、缶詰のシロップを喉を鳴らして、飲み下す。
「ちょっと、ちあやさん!」
三人がかりで、ちあやを引き剥がすと、底には桃が一切れと、わずかなシロップしか残っていなかった。
「じゃあ、そら」
恭しく渡される、桃の缶詰。それをそっと受け取って、
「これ、食べなきゃダメかな?」
とそらは言った。
いらないなら私が、と暴走するちあやをあすかが引き留める。
「どういうこと?」
「……何だか、もったいないね」
「そら、食べちゃいなさいよ。どうせ、今しか食べられないだし。それに、食べさせたい相手は、今いないんだから」
そらは、うん、と小さく頷いた。
桃をそっと噛みしめると、そらの瞳から涙がこぼれた。風のない山の中で、音にならない喧騒が、遠い耳鳴りのように鳴っていた。
「朝まで、一眠りしようか」
如月が告げると、四人は肩を寄せ合って、横になった。空になった缶詰が、からからと音を立てて、斜面を下っていく。
「ああ、言い忘れたけど、電波塔に昇れるのは、二人までなんだ。誰が昇るのか、決めておいてね」
そう言って、如月はそらたちに背を向けるように、横になった。
「そら、は決まりね」
あすかがまず口火を切った。
「え、でも」
「でも、じゃないでしょ。それは決まり。決定事項」
「あと一人は誰にする?」
とあいが尋ねると、ちあやが、私は辞退する、と手を上げた。
「元々、そらの付き合いだし、これ以上、ひなたに振り回されるのは、ね?」
「なら、私もやめとく。そらとあいが、昇ればいいよ」
そらは無言だった。あいが、
「本当にいいの?」
とだけ言い、ちあやとあすかは、黙って頷いた。
「起きてー! 朝だよー!」
如月の号令に、四人は飛び起きた。如月が指差す方を見ると、朝日を受けた電波塔が、その錆びた鉄身を橙色に染めていた。
「さあ、誰が昇るの?」
電波塔の根元に立つと、その高さが、より実感されるようだった。上を見上げたそらとあいが、不安そうな顔を突き合わせる。
「老朽化してるから、足元には注意してね」
如月がフックを使い、電波塔のはしごを下ろす。
「そら、私が先に行くから」
「待って」
そらは、あいを止めた。
「大丈夫だから」
あいは頷いて、先を譲る。そらは、はしごに足をかけ、上を見上げた。電波塔のパラボラに紅の曙光が当たり、輝く鉄骨に、目が痛んだ。
はしごには錆が浮き、触れた先から、ぽろぽろとこぼれる。
「あい、気を付けてね」
電波塔は、三階層に分かれ、それぞれがはしごで結ばれている。足場は老朽化が進み、崩れている箇所もある。そらとあいは、足運びを慎重に、しかし、なめらかに電波塔を上っていく。
最後のはしごを上っている途中、伸ばしたそらの手が、日差しに触れた。じんわりと熱が乗り移り、冷えきった鉄棒を掴み続け、冷たくなった指が、あたたかくほぐれる。
一段、一段、上る毎に、そらの身体は陽光に包まれる。周りの鉄骨は、光の差し込む水面のように、無数の手裏剣状の反射に溢れ、そらの目を刺す。
「そら、もうすぐだよ」
「うん!」
そらは、最後の勇気を振り絞り、手を伸ばした。
「直接、光を見ないように」
そらとあいは太陽に背を向け、最高層の足場に座り込んだ。足を空に投げ出すと、宙ぶらりんの爪先に、ちあやたちの姿が見えた。
そらは、ポケットから銀のイルカを取り出し、光の中に掲げる。塗装の剥げたプラスティックのキーホルダーは、その身体に鈍く、光の滴をたくわえた。
「……」
「……」
「これ、スピーカーとか必要なんじゃ……」
とあいが言いかけた時、ザザ……、とノイズが走った。
「……える?聞こえる?」
あー、よし。大丈夫、とひなたの声がした。
「これを聞いているってことは、私はもうこの世にいないってことになるのかな。みんな、元気にしてる?ところで、誰が聞いてるの?そらとちあやと……まあ、二人だけ?」
私は無視か、とあいが毒づくと、
「そら、あいには聞かせちゃダメだよ」
と狙いすましたように、ひなたは言った。バカ、とあいは囁く。
「そらは、ちあやに全部、聞いたあとかな。一応、私はこれを聞くタイミングを二つ、想定しているんだけど……まあ、どっちにしても、そらたちは、私が何をしたのか、しようとしてるのか、気になってるんじゃないかな。特に、こんなメッセージまで残した理由を」
そこで、ひなたの声が一旦、途切れる。彼女がマイクから離れ、呼吸を整える気配が、わずかに記録されていた。
そらは、声が途切れたタイミングで、目尻に浮かんだ涙を拭う。
「やっと、ここまで来れた。追い付いたよ、ひなた」
だが、そらのそんな感傷は、ひなたの次の言葉でかき消された。
「私たち、宇宙船のクルーは、月表面の割れ目から、内部に侵入し、量子エンジンのオーバードライブを利用し、月を破砕することに決めました」
銀のイルカを掲げたそらの手に、あいの手が重なり、支える。
「結局、神様気取りか……」
「計算上では、私たちが太陽系外の居住可能な惑星を発見し、入植に成功する可能性よりは、ずっと確かな方法です。砕けた月が、地上に無数の流れ星となって、落ちるけれど、それでも何もしないよりは被害が抑えられます。これはクルー全員で何度も議論し、最終的には、満場一致で決めたことです。月のない空を、私も一度、見てみたかった」
後悔はない、言葉にしなくとも、雄弁な沈黙がそう物語っていた。
「そら、私がいない世界の歩き方、少しは上手くなった?」
規定時間の船外活動を終えて、ようやく眠りに就けると自室に戻りかけた時、同室のリリが私の名前を呼んだ。
「地上で、何か光ってるんだ」
リリが指差すモニターには、私の故郷が写っており、確かにそこでは、一定の周期で、街が明滅を繰り返していた。
「これ、何だろう」
ズームインすると、そこは果たして、私の住んでいた街の、すぐ近くだった。隣街を走る高速道路が画面上を蛇行し、動脈瘤のように、こぶになった場所が、光源であった。
「これだけの光量、どれだけ無茶してるんだか」
呆れたように言うリリを、尻目に、私にはこれが誰の仕業なのか、うっすらと分かり始めていた。
「リリ、これ、モールスだよ」
しかも、大激怒の叱責。言葉だけでも、殺されかねない。それくらいの巨大感情が、光に乗って、一天文単位に収まった私たちの距離を埋める。
言われなくたって、分かっていた。これは自己犠牲ではなく、自己憐憫なのだ。何十億、何百億という同胞を置き去りにして、私たちは生き長らえることを否定した。それはやさしさからの行動などではなく、臆病ゆえの逃避だった。
「うるさいなあ」
なんて嘯いて、私はモニターの前に座り、時間の許す限り、光の明滅を眺めていた。出来ることなら、その光がずっと絶えることのないように、と祈りながら。
ひなたのメッセージが途絶えてからも、そらはしばらく、座り込んでいた。銀のイルカは、あいが預かり、そっとそらの肩を抱いた。そうでもしないと、そらが飛び降りるのではないか、と気が気ではなかった。
「ひなたの嘘つき」
ひなたのうそつきー! とそらは立ち上がり、叫んだ。
「バカヤロー!」
くるり、と身をひるがえし、太陽を真正面に睨んで、手にした鍵を投げようと、振りかぶった所で、そらはバランスを崩した。
慌てたあいが、そらを抱き、電波塔の足場に押し倒す。
頬に流れる涙が、陽の光を受けて、きらきらと光る。二人は、固くまぶたを瞑り、疲れ切ったように、重なり、横になる。
「そらの、ばか」
息を切らし、あいは、そらの胸に顔を埋める。
「死んだら、どうするのよ」
「わ、私だって、誰かの代わりに死ねるなら、死んじゃいたいよ……! 死んじゃいたいんだよー!」
そらは逆ギレして、手足をばたばたさせ、暴れる。
「そ、そら。危ない!」
あいから軽い頭突きをくらって、そらは暴れるのをやめた。
鼻血が、たらりと垂れる。そらは、涙もろとも、鼻を啜り、手の甲で血を拭う。
「あいは、悔しくないの?」
「悔しいに決まってるでしょ。あのバカ!」
殺してやりたいくらい、と呟いて、あいは顔を背けた。
「あ……」
あいの囁きにつられ、そらも同じ方向へ顔を向ける。
そこには、真っ白な花弁を花開かせて、光の差し込む日向に、花の道ができていた。それは、日差しの限り、どこまでも続いていき、白花の道であるだけでなく、太陽の道でもあった。白い帯が、山頂に垂れかかる。
ふと目を移すと、電波塔に絡み付いた蔓も、錆をふくボルトの合間から、小ぶりな花を覗かせていた。
「ひなたにも見せてあげたい」
そらの口から、思わず、あふれた。
「……そんな思いが、これからは増えてく一方なのかも」
どちらともなく、二人は、帰ろっか、と囁き合った。
地上に降りると、ハイテンションの如月が二人を出迎えた。
「おかえりー!」
ぎゅっとハグされて、二人は目を白黒させる。
「早く帰ろう。この辺り、クマが出るんだって」
血の気の引いたあすかが、そそくさと荷物をまとめる。
「私は、戻ったら、すぐに一仕事だって」
とちあや。
「そういえば、修理してほしいものって?」
ハグから抜け出したあいが、首をさすりながら、如月に質問する。
「サービスエリアの発電機を、直してもらうつもり」
私、発電機が直ったら、やりたいことがある! とそらが手を上げる。
「ひなたに文句を言ってやるんだ」
いいね、それ、と全員が頷いた。
太陽は時の流れと共に翳り、次第に光は弱く、淡くなっていく。薄暗い林道に入った少女たちの足元には、ほのかな、けれど、しっかりとした影が落ちる。彼女たちの前に、道は真っ直ぐに続いていた。
世界は丘の向こう側 茜あゆむ @madderred
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