私たち

 気がつくと俺はホテルの外にいた。さっき自分が停めた車にもたれかかり、地べたに座り込んでいたのだ。

 どうやってホテルを出てきたのか覚えていなかった。むき出しの腕に、細かな傷がたくさんついている。

 森さんの姿はなかった。車の中にも、周囲にもいない。

「森さーん!」

 ホテルの方に向かって、大声で呼んでみた。そのとき、俺の尻ポケットが振動した。

 着信だ。画面を見ると、森さんからだった。

「もしもし! 森さん?」

『あっ、もしもし長尾?』

 意外なほど明るい声が聞こえた。『お前どこにいんの?』

「へ? 外の車のとこですけど……」

『あー、そう。じゃ俺もそっち行くわ』

 ぽかんとしていると、ホテルの壊れた扉の隙間から、森さんがぬっと出てきた。

「はー、疲れた。帰ろ帰ろ」

 さっきの気が狂ったような様子が嘘のような平静さで、森さんは運転席のドアを開けた。

「ん? 鍵がねーぞ」

「俺が持ってます。あのー、森さん、さっきの……」

 鍵を渡しながら、俺は遠慮がちに話しかけた。

「うん。悪い悪い。ラーメンおごるわ」

「えっ!? ヤラセなの!?」

 俺の驚きをよそに、森さんはさっさと運転席に乗り込んでエンジンをかける。俺は慌てて助手席に乗り込んだ。


 帰り道、俺たちはほとんど何も話さなかった。

 普段なら森さんが「お前、もっとビビれよ! 2体も作るの大変だったんだぞ」なんて言って笑うはずなのに、彼は黙って運転しているだけだった。

 わからなくなってきた。これもネタなのか? まだドッキリは続いているのか?

 ハンドルを握る森さんの横顔をチラチラ眺めていると、赤信号で止まった途端、彼がこちらをぱっと振り向き、何の前触れもなく歯を剥き出して笑った。

 骸骨のような顔だった。

「な、なんすか」

「なんでもないよ」

 信号が変わった。

 森さんはぱっと前を向いて、アクセルを踏んだ。俺はそれですっかり、彼を追及する気をなくしてしまった。

 ただ、早く車を降りたくて仕方なかった。


 結局、そのまま俺たちは街に戻ってきた。ラーメンは食わずに、俺は森さんのマンションからまっすぐ帰宅した。すでに日付が変わっていた。

 今日のことは一体何だったんだ……モヤモヤしたままでベッドに寝転んでいると、森さんから写真が送られてきた。

 ホテルの地下の廊下の写真だ。やはりナイトモードで撮ったのか、ツナギとウエディングドレスが並んでいるのがよく見える。その奥にある扉が半開きになっていて、扉の影から誰かが顔を覗かせていた。

 おそるおそる拡大してみると、森さんだった。表情のない顔を、暗がりからこちらに向けている。

「なんすかこれ」

 そう送ってみたが、返事はなかった。


 それから森さんと連絡がとれなくなった。

 大学に行っても姿を見ないし、マンションも引っ越してしまったらしい。

 彼に会うのを諦めかけていた頃、一枚の葉書が俺に届いた。

 フリー素材のような新郎新婦のイラストが印刷されたその葉書には、森さんのクセのある手書きの文字で、

「私たち結婚しました」

 と書かれていた。

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花嫁 尾八原ジュージ @zi-yon

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