再び高原ホテル
俺たちは、森さんの車で高原ホテルに向かった。
彼がとても運転などできる状態ではなさそうなので、不本意ながら俺がハンドルを握った。事故ったらどうしよう、保険きかないよな……などと考えつつも、俺たちは無事にホテルに到着した。
移動の間、森さんは助手席で、じっと口をつぐんでいた。
「着いたっすよ」
「……」
森さんは黙ったまま車を降り、ホテルの方にどんどん歩いていく。俺は車から懐中電灯を取りだし、慌ててその後を追った。
もう夜の11時を過ぎていた。むっとする暑さが立ち込め、辺りには肝試しの連中も、ねぐらを探すホームレスもいなかった。俺たちが草を踏みしだきながら歩く音だけが響く。
「あぶねっすよ!」
「ああ……うん、悪い」
ライトの輪の中で、森さんが振り返ってうなずく。その顔を見て、俺はぎょっとした。
まるで幽霊じゃないか。
俺たちはロビーに入った。森さんは脇目も振らず、鉄の扉を開けて地下に下りようとする。
(全然遊びがないんだけど……芝居だったらやべーなこれ。真に迫りすぎ)
とにかく、森さんを追いかけるしかない。ジャリジャリという音をたて、俺たちは階段を下りた。
森さんは、明るい場所を歩くみたいにスタスタと進んでいく。その姿を懐中電灯の光の輪から出さないように、俺はなるべく急いでついていった。
階段を下りきる。そこに例のツナギのオブジェがあるはずだ。俺は懐中電灯を下から前方へと向けた。
違う。
裾の広いドレスを着た、ほっそりとした影が、背の高いツナギの横に立っている。
それはウエディングドレスだった。
肩に多く膨らんだ袖をつけ、長袖の腕を体の前でちょこんと揃え、白いボールのようなブーケを持っていた。無理やりツナギの横に押し込んだらしく、大きく広がった裾の中に、ツナギの脚が埋もれていた。同様に首がなく、襟首の上に長いベールが置かれている。
俺の口から漏れたのは、笑い声だった。
「はは……」
やっぱり同じようなオブジェじゃないか。前と同じく、これは仕込みだったのだ。こんなものを作る酔狂な暇人が他にいてたまるか。まったく森さんときたら、アカデミー賞ものの演技じゃないか。俺のかいた冷や汗を返してくれ。
森さんを見ると、彼は両腕をだらりと体の横に垂らし、懐中電灯の輪の中にいる奇妙なオブジェのカップルを見つめていた。
耳が痛いくらいの静寂が地下に満ちている。
と、突然彼は叫び始めた。
「あー! あー! あー!」
恐怖以外の感情が欠落してしまったような顔に、懐中電灯の光がほの暗く当たった。何か恐ろしいことが起こっているという確信が俺を襲った。
「森さん!」
俺は体当たりする勢いで、彼の肩を思い切り叩いた。
「何やってんすか! 冗談ならいい加減に」
「知らない! 俺じゃない! 誰だ! 誰だよあの女! 誰なんだ! どうして俺の家に来るんだ!」
叫びながら、森さんはウエディングドレスのオブジェに向かって突進した。
俺はそのとき、首のない花嫁が足元にブーケを落とし、駆け寄った森さんの背中に両腕を回すのを見た。
俺の手から懐中電灯が墜ちた。ガン! という音が地下に響く。そのとき、白いドレスが身じろぎした。
顔のない女が、確かに俺を見た。
ここで逃げなければ二度と帰れないという恐怖が、俺の本能にのしかかってきた。頭が真っ白になった。
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