恩返しは続くよどこまでも

「マフィン、本当にマフィンなんだね! もう、なんで連絡してくれなかったのさ。たくさん心配したんだよ!」

「ごめんね、遅くなって。こっちも色々立て込んでたんだよ」

 謝りながら、頭を撫でてくるマフィン。ふふ、こんな感じのスキンシップも久しぶり。だけど、そんな至福の時間は長くは続かなかった。

「二人ともくっつきすぎ、もっと離れて。それと猫井、君には言わなきゃならない事がある」

 眉をつり上げて、低い声を出す土方くん。も、もしかして怒ってる?

「あの日、君とはパフェの散歩に行く前に約束してたよね。五条を危険な目にあわせたりしないって。なのにあんな目にあわせて、それなのによく、顔を出せたもんだね」

 ジロリと鋭い目を、マフィンに向ける。そういえばあの時、そんな話してたっけ。

「ち、違うの。マフィンはちゃんと止めたんだけど、私が無理言って……」

「五条は黙ってて! 猫井、何か言う事は?」

 かばおうとしたのに、見事にさえぎられた。マフィンは一瞬、気まずそうな顔をしたけど、すぐに土方くんを見つめ返す。

「それに関しては、本当に悪いと思ってる。約束したのに守れないなんて、自分でも最低だって分かってるよ。許せないなら、殴っても構わない」

「マフィン⁉」

 この前あんなに殴られたのに、これ以上まだ殴られるつもりなの⁉ って、土方くんもなに手をグーにしちゃってるの⁉ まさか、本当に殴る気?

 だけどそれは思い過ごしだったみたいで、にぎられた手は振り上げられなかった。

「五条を危険な目にあわせたことは許せない。だけど君のおかげで、晴は助かったって聞いてるよ。ありがとう、妹を助けてくれて」

 怒っていると思いきや、いきなり頭を下げてきた。これにはマフィンも驚いた様子で目を丸くしてるけど、良かった。せっかく事件が解決したのに、ケンカになったら悲しいもんね。

 そうしていると、遊んでいた晴ちゃんとパフェが、こっちに気付いてかけてくる。

「ああっ、猫井先輩! 来てたんですね!」

『マフィンくーん、久しぶりー!』

 二人ともあれから、姿を消していたマフィンの事を気にしてたから、再会できてとっても嬉しそう。よーし、それじゃあ。

「ねえ、この後何か予定ある? 無いならマフィンも、一緒に遊んでいこうよ。晴ちゃんもパフェも、ずっとマフィンと会いたがっていたんだから」

「ボクと? うーん。それじゃあ、ちょっとだけ」

 照れたように頷くマフィンを見て、自然と笑顔になってくる。晴ちゃんもパフェも、もちろん私も、それにきっと土方くんだって、本当は凄く喜んでいると思う。

 それからみんなしてフリスビーを投げたり、走るパフェを追いかけたりして遊んでたけど、土方くんと晴ちゃんが少し離れたタイミングで、こっそりマフィンに話しかけてみた。

「マフィン、この前はありがとうね、助けてくれて。マフィンがいなかったら、どうなってたか分かんないよ。良かった、戻ってきてくれて。本当にサヨナラする前に、これだけはちゃんと言っておきたかったの」

 やっぱり最後に、お礼と挨拶はしておきたいものね。だけどマフィンは何故か、キョトンとした顔で私を見る。

「さっきも思ったけど、サヨナラって何? ボクは別に、どこかに行ったりはしないけど」

「え、でももう、恩返しはもう終わっちゃったし」

「終わったって……ああ、そういうことか」

 え、どういうこと? マフィンは納得したように頷いてるけど、全然分かんないよ。

「さては勘違いしてるでしょ。ハルを助けたのは、アミを紹介してくれたパフェへの恩返しだよ。アミへの恩返しは、まだこれっぽっちもできちゃいないって」

 ええっ、そうなの⁉ てっきりもうサヨナラだと思ってたのに、女の勘大ハズレだよ。で、でもあの時、私も助けてもらったわけだし、それは恩返しにならないのかなあ?

「助けられたのは、ボクだって同じだもの。むしろあれで、ますます返さなくちゃならない恩が増えちゃったくらい。これは恩返しが終わるのは、当分先になるかもねえ」

「いや、でも私、足引っ張っちゃってたし。恩返しなんていいよ。もう十分、返してもらったもん。これ以上はもう、貰いすぎになっちゃうよ」

「ああ、もう。返すったら返すの! それともアミは、そんなにボクと一緒にいるのが嫌なの? 早くどこかに行ってほしい?」

 悲しそうな目で見つめられて、胸の奥がギュっとにぎられたみたいになる。どこかに行ってほしいだなんて、そんなこと……。

「ううん、行っちゃヤダ! せっかく転校までしてきたんだもの。また一緒に学校に行きたいし、たくさん遊びたいよ!」

「だったら、問題ないね。ボクだって、アミともっと仲良く……」

 え、なに? 声が小さくて、よく聞こえないや。顔を赤くして、プイってそっぽ向いちゃった。でもそのしぐさが、何だか可愛い。

「そういやさ、君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

「謝るって、何かあったっけ?」

「うん。あの時、犯人からボクを助けてくれたり、肩を貸してくれたりしたじゃない。なのに、酷いこと言っちゃったから。『アミなんて嫌いだ』って」

 ああ、そういえばそんなこともあったっけ。別に気にしなくてもいいのに。

「あれ、嘘だから。あの時は、ボクのために体を張ってくれてありがとう。これだけは、どうしても言いたかった」

 するとマフィンはぴょこぴょこと耳を動かしながら、そっと顔を近づけてきて。肩に頭を乗っけるくらいまで接近すると、耳に吐息を掛けてくる。

「本当はね、アミのこと大好きだよ」

 ふぎゃぁぁぁぁぁ!

 ボッと火が出たみたいに、顔が熱くなっちゃう。耳元でささやかれる甘い声と、暖かな体温。だからマフィンー、その姿でのスキンシップはダメだってばー!

「ちょっと、何くっついてるの!」

 私達の様子に気づいた土方くんが慌てたようにやって来て、引きはがしてくる。

 た、助かったー。決して嫌なわけじゃないんだけど、やっぱりちょっと恥ずかしいなあ。

「猫井、晴のことは感謝してるよ。けど、五条のことは別だから。譲る気なんてないからね」

「分かってるよ。けど、ボクも負けないから。ゴメンね、前にアミとはそういうんじゃないって言ったけど、アレは取り消してもいいかな?」

「ああ、何となく、そうなる気はしてたよ。別にいいよ、勝てばいいだけの話だし」

 あ、あれ? 両サイドから私の腕をつかんで、じっと目を合わせるマフィンと土方くん。何だか二人の間に、バチバチと火花が散っているみたいに見えるのは、気のせいかなあ。それに勝てばいいって、どういう事?

 あ、もしかして、バスケの話をしているのかなあ。お互いのことをライバルって思っているのかも。ふふふ、いいなあ男の子って。ちょっと羨ましいや。

「二人とも、仲良しだね」

「「良くない‼」」

 またまたー、息ぴったりじゃない。二人とまた学校に通えるって思うと、嬉しさが込み上げてくる。


 小学校六年、五条亜美。動物と話せることと、素敵な友達がいることが自慢の女の子。

 明日からまた、賑やかで楽しい毎日が始まりそうです!

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猫の王子様の恩返し 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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