猫の王子様とエピローグ
もう会えない気がする
六月に入ったばかりの日曜日。私は土方くんと晴ちゃん、それにパフェと一緒に、近くの河原にお散歩に来ていた。
「ほらパフェ―、取ってきてー!」
『待て待てー!』
楽しそうにフリスビーを追いかけ回すパフェを見ながら、笑っている晴ちゃん。
あの誘拐事件から、もう二週間。事件の直後はやっぱりショックだったみたいで、三日くらい外には出なかった晴ちゃんだったけど、今ではすっかり元気を取り戻している。
「晴、あんまり遠くにいくんじゃないぞ」
「分かってるって。彗兄は心配性だなー」
「やれやれ。アイツ事件のこと、忘れてるんじゃないだろうなあ?」
元気よく手をふる晴ちゃんを見て、ため息をつく土方くん。あんな事があったっていうのに、元気だよね。だけどふさぎこんでいるより、ずっといいじゃない。
「お兄ちゃんも大変だねえ」
「まったくだよ。何せ手のかかる妹と、無茶ばかりする幼馴染がいるからねえ」
ジトッとした目を向けられて、思わず身を縮める。うう、そんな目で見ないでよ。もうたくさん叱られたんだからさあ。
あの事件のあった日、犯人達の手から逃れた私は、そのまま警察に保護してもらった。犯人達も無事に逮捕されたけど、大変だったのはその後。パパやママ、それに土方くんにも、こっぴどく怒られちゃったよ。
土方くん、晴ちゃんが帰ってきた事には喜んでいたけど、そこに私が絡んでいたって聞いたら顔色を変えて、「どうしてそんな無茶をしたんだ、バカなの⁉」って言われちゃった。
幸い、今はもう落ち着いているけどね。ただ一つ、事件が起きる前と違うのは……。
「そういえば、猫井から何か連絡はあった?」
不意にたずねられて、ドキって心臓が跳ね上がる。マフィン……マフィンかあ。
「ううん、あれから一度も会ってない。今ごろ、どこで何をしているんだろうね」
「そっか。一番仲が良かった五条でも知らないってなると、また先生に聞いてみるか」
土方くんはそう言ったけど、先生でも知っているかどうか。あの誘拐事件があった日から、マフィンは私達の前から、姿を消しちゃっていた。
前田さん達の記憶を消した後、隠れ家から逃げ出してきた私達だったけど、傷を負っていたマフィンはすぐに、病院に連れて行かれちゃった。マフィンは「嫌だ、アミの側にいる」って駄々をこねてたけど。
診せるのが、獣医さんじゃなくて大丈夫かなって思ったけど、とにかく治療が最優先。
車に乗せられて運ばれて行くマフィンを見送ったけど、まさかこんなに長いこと会えなくなるだなんて。
パフェに聞いても、どこにいるかは分からなかったし、学校もずっと休んでる。
「あいつ、来週には登校してくるかな?」
「さあ、どうだろう。もしかしたら、もう帰ってこないのかも」
女の勘っていうのかな。もうマフィンとは、二度と会えないような気がしてならない。
元々、鈴を見つけてくれた恩を返すって言って、やって来たんだもの。だから晴ちゃんを助けて恩返しが終わった今、戻ってくる理由は無いものね。だけど、だけどさあ。
「また会いたいよ。言いたいこと、たくさんあるのに」
じわじわと涙が溢れてくる。会えなくなるにしても、ちゃんとお別れは言いたかったのに。
土方くんはそんな私の肩に手を置いて、慰めるみたいに抱き寄せてくれたけど、切なさは止まらない。もう、会えないのかなあ。ありがとうって、言いたかったのに……。
「あー、盛り上がってるところ悪いけどさ。ボクはどこにも行ったりしないから」
……へ?
土方くん共々そろって振り返って、二人とも目を丸くする。土手の上に立ちながら、焦げ茶色の髪を風で揺らして、そんな髪の間から見えるのは、二つの猫の耳。マ、マフィンだ!
「こんにちはアミ。スイも久しぶり」
ニコッと笑いながら、土手をかけ下りてくるマフィン。久しぶりって、二週間ぶりの再会なのに、あっさりしすぎだよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます