お疲れ様、そしてありがとう
気になっていた疑問を、一気にぶつけてみる。まあ何となーく想像はできたけど、やっぱり本人の口から、ちゃんと聞きたいもんね。
「まずは鈴だよ。マフィン、逃げるのに失敗した時、窓から落としたって言ってたよね?」
「うん、言ったよ。ごめん、あの時は邪魔が入って、最後まで話せていなかったね。実は小窓から外をのぞいた時、下にパフェがいるのが見えたんだ」
『ごめんなさい。一度は逃げたんだけど、やっぱり心配になって戻ってきたの。そしたら二階の窓から、マフィンくんが顔を出しているのが見えて。何してるんだろうって思ってたら、鈴を落としてきたの』
落としてきた。それって、間違って落としたんじゃなくて、わざとって事?
『それから鈴を拾って人間に変身して、お巡りさんを呼びに行ったんだけど……』
「ちょっ、ちょっと待って! なんて言ったの⁉」
今凄く重要な事を、さらっと流されたような。ええと、マフィンが鈴を落として、その鈴を拾ったパフェが何をしたって?
「変身したって、それじゃあやっぱりさっきの女の子は、パフェだったんだ。けど猫の王族じゃないと鈴があっても、簡単な魔法しか使えないんじゃなかったの?」
確か、そうだったはずだよね。だけどマフィンは、キョトンとした顔で答える。
「分かってるじゃないか。簡単な変身魔法だから、パフェだって使うことができたんだよ」
「変身魔法って、簡単な魔法だったの⁉ 初耳だよ!」
「あれ、言ってな……かったね。ごめん、言うタイミングを逃してた」
まさかパフェも鈴があれば、マフィンみたいに変身できるだなんて。まあでも、想像していた通りではあったかな。頭に犬耳の生えた女の子なんて、普通じゃありえないもんね。
そっか、警察に連絡してくれたのは、パフェだったんだ。どうしてパトカーが来たのか、ずっと不思議に思っていたけど、謎が解けたよ。
『交番にかけ込んで、パトカーに乗ってお巡りさんと一緒に来てたんだけど、ハルちゃんは逃げ出せたのに、アミちゃんはまた捕まっちゃったじゃない。心配だからこっそり、家の中に忍び込んだの』
ほえー、警察も見張っていただろうに、よく侵入できたね。だけどよくよく話を聞いてみると、忍び込んだ時は変身を解いて、犬の姿だったみたい。小さくてすばしっこいから、警察の目をかいくぐって、中に入ることができたんだって。
『台所で武器になりそうなフライパンを見つけて、二階に上がって、それからは二人の知っている通りかな』
なるほど、だいたい分かったよ。警察を呼んでくれて、ピンチにかけつけてくれて。もしもパフェがいなかったら、今頃どうなっていたことか。ふふふ、お手柄だね。
「それにしても変身したパフェ、可愛かったなあ。ねえ、今度また変身してみせてよ」
『うん、アタシも今度は町を歩いてみたいけど、マフィンくん良い?』
二人して目を輝かせながらマフィンを見たけど、何だか呆れたような顔をして私達を見ながら、ため息をついて一言。
「そういう話はまた後で。二人とも、状況分かってる? あんまりモタモタしてたら、この人達が起きちゃうかもしれないよ」
ハッ、そうだった! 足元には気絶している前田さん達が転がっているけど、いつ目を覚ましてもおかしくなかったんだ。
するとマフィンはおもむろにしゃがみ込んで、のびている前田さんの頭に手をかざした。
「何をしてるの?」
「ああ、ちょっと記憶操作の魔法をね。ボクもパフェも変身する所を見られちゃったから、この人達の記憶を消してしまわないと」
ええっ、記憶を消すって、そんな事もできるんだ! 前に言っていた催眠術みたいなもなのかな。あれ、でもそれじゃあ。
「そんな便利な魔法があるなら、もっと大胆に変身して戦ったら、晴ちゃんを助けられてたんじゃないの?」
「かもね。だけどそうしたらもしかすると、ハルの記憶まで消さなくちゃいけないかもしれないからねえ。実はこの魔法には、恐ろしい副作用があって。記憶を消された人は、ショックでIQが十分の一になっちゃうんだよね」
へ? IQって、頭のよさの点数みたいな、あのIQ?
「簡単な催眠術ならともかく、記憶操作となると負担が大きいからね。一週間くらいで、元に戻りはするけど。でもやっぱりハルをそんな目にあわせたくなかったから、気をつけていたんだよ」
うん、気をつけてくれてて良かった。せっかく誘拐犯から逃げられても、一週間も授業やテストについていけなくなったら、可哀想すぎるもん。前田さん達はこれからお巡りさんに捕まえてもらうけど、きっと事情聴取する人は苦労するんだろうなあ。
そんな事を考えている間に、マフィンは三人に魔法とやらを掛け終わった。特に何かするわけじゃなくて、手をかざすだけで終わったんだけどね。
「さあ、これでよし。三人とも、処理が完了したよ。後はこの人達が目を覚ます前に、ここから出て警察に……」
不意に、不自然に言葉が途切れたかと思うと、立ち上がろうとしていたマフィンの体がグラリと傾いた。ちょっ、危ない!
とっさに手を伸ばして、倒れてきた体を受け止める。
「——ッ! 大丈夫?」
「ごめん、ちょっとフラついた。けど、もう平気だから」
そうは言うけど、元気が無さそう。さっきから無茶の連続だったんだから、もしかして立っているのがやっとなんじゃ……よーし、それなら!
「ちょっと失礼」
「は? ちょっと、なに腕を肩に回してるの。何するつもり⁉」
何ってそりゃあ、これからダンスでも踊るわけじゃないし。
「運ぶんだよ。こうすれば、少しは楽になるかなって思って」
「冗談じゃない。女の子に支えられて脱出なんて、恥ずかしいマネできないよ!」
「そんなこと言ってる場合? いいから、モタモタしてちゃダメなんでしょ」
肩に重みを感じながら、足を引きずるようにして歩いて行く。
って、こらマフィン。そんなに暴れたら、運べないじゃない。
「もう。疲れてるんなら、大人しくしててよ」
「いいから放して! これくらいなんでも無いって。ちゃんと自分で歩けるってば」
「ダーメ。マフィンは放っておくと、無茶ばっかりするんだから」
「それはこっちのセリフだよ。もう、アミなんて嫌いだ―!」
ジタバタと暴れるマフィンをなだめながら、廊下に出て一段一段階段を下りて行く。
後ろからついてくるパフェが、『仲良しだー』って言ってるけど……ふふ、そうだったら嬉しいなあ。
晴ちゃんを助けられたのも、こうして誘拐犯から逃げられるのも、全部マフィンのおかげなんだよ。だからありがとうね、マフィン。
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