正しい歴史の私とアイツ
放課後の教室、男子と二人きり。
──そう聞いて、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろうか?
窓から差す斜陽に、橙に染まる室内。掃除や学級日誌の記入なんかをする音だけが響く、妙に静かな空間。互いが互いを意識しているのは分かるのに、「それ以上」へ進むきっかけがどうしても見つからないというジレンマと緊張感、そして少しの背徳感。
そんな、いかにも青春真っ只中なワンシーン――普通は、そういうのが思い浮かぶんじゃないだろうか。
少なくとも私はそうだ。もしかすると、やたらフィクションを好むという私の趣味――ドラマや漫画、なんだかアニメや恋愛シュミレーションゲームまで含まれていたような気もする――も影響しているのかもしれないが、それでも、多くの女子高生は似たような光景を思い浮かべるに違いない。
だが、いま私が置かれている現状は――そんな状況とは、あまりにもかけ離れたものだった。
「ねぇ紺野さん。もうちょっと作業早くならない? 僕、早く帰りたいんだけど」
「あんたねぇ! あんたが雑な掃除するから先生にやり直しって言われてんだし、そもそも罰掃させられるようなことしなきゃいいんじゃない!」
やる気なさげに箒を動かすこの少年は、星宮雫という名のクラスメイトだ。中性的な名前と見た目、ふわふわした雰囲気を持っており、その名前と見た目通り内気で気弱な男子だ──が、なぜか全てを見透かしたようなところがあり、「斟酌」や「忖度」といった言葉から最も遠く離れたところに住まい遠慮というものを知らない奴のような気もする。
「僕はほら、この間ちょっと授業中に寝ちゃった分の罰掃だよ。紺野さんみたいに授業中に本読んでたわけじゃないの」
「あんたが授業中に寝るなんて珍しいね。……てか、なんで私が本読んでたって知ってるのよ」
「だって僕、紺野さんより席後ろだから見えてたし」
「それもそうか……」
私の深いため息が、人のいない教室に響く。
「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。掃除も終わったし帰ろうか」
一人でさっさと教室を後にする星宮を、鞄を背負って慌てて追いかける。
ふと見ると、色素の薄い星宮の髪が廊下に差し込む西日に透けて──何だかとても、綺麗だった。
◇
――外に出ると冷たい空気が肌を刺すのを感じ、思わず身震いをする。夜はもっと冷えそうだ。もうすっかり冬が近づいている。秋の日は釣瓶落としと言うし、早く帰ろう――そう思って歩調を早めると、後ろから星宮の声が追いかけてきた。
「ねぇ、待ってよ紺野さん」
呼ばれて振り返ると、いつの間に装着したのか、手袋・マフラー・ダッフルコートと冬の三大防寒具をばっちり装備した星宮が陽だまりの猫のような微笑みを浮かべていた。
ちなみに手袋は、五本指ではなくミトンである。女子か。
「なに? あんまり学校の近くで一緒にいるのはやめようって話だったじゃない」
「いや、もう皆帰っただろうし。別に付き合ってるって噂されても紺野さん……天が僕を好きな女子たちから悪口言われるだけだしどうでもいいかなって」
「さては最低か……!」
思わずかじかむ手で拳を固めて気色ばむと、星宮は「冗談だよ」おどけて両手を肩の上まで上げる。
はてさて学年の女子達は、一体この男の何がいいと言うのだろう。私にはこの整った顔立ちの裏側に、人をおちょくって楽しむ根性の曲がった男の姿しか見えないのだが。
「それにさぁ、……僕、本当なら学年中の皆に自慢して回りたいくらいなんだよ。天と付き合ってるのは僕なんだって」
「き、急に恥ずかしいこと言わないで、雫」
私たちの間を、一陣の風が通り抜ける。その中に『青春』の気配を確かに感じて、心が浮き足立つ。
「じゃ、行こっか。いつものファミレス」
「そうだね」
私と雫はいつも通り、近くのファミレスへと向かったのだった。
後悔の消し方、教えます 木染維月 @tomoneko
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